080.5 神様の探索診断
「ふう…………九階層でかなり危険な状態に陥りましたけど、十階層まで到達、攻略も完了して問題なく……いえ、問題は色々とありますが順調に迷宮攻略が進んでいるようですね」
スキルを管理する神、そのうえで天使であるアノーゼがぽつりと言葉を漏らす。
アノーゼはずっと迷宮で生まれた人の知識を持つスライム、アズラットを見守っている。
色々と事情はあるようだが彼女はそのスライムをずっと、ずっと、ずっと、見続けている。
アノーゼは本来スキルの神であり、スキル以外のことは本来関与しない。
しかし、アズラットのことに関しては少々別で彼女が干渉できるものとなっている。
そして、その中には未来の出来事……に関わることがありそうな迷宮の上方も存在する。
例えば九階層に関しての忠告をアノーゼはアズラットに対して行っていた。
それは別にアノーゼがアズラットの未来を知っていたから……ではない。
九階層にグリフォンの存在を知っていたからだ。
だからアズラットに対し注意していたが、だからと言って遭遇するかはわからない。
もちろん遭遇する可能性が高いとアノーゼが思っていたからこその忠告でもあるのだろう。
「しかし、迷宮もこれで半分ですか。もっとも、これから先は今までよりも過酷ですけど……あの人なら問題なくやってくれるでしょう。この先で気にかかるのは三か所ですね。事前の忠告はこれ以上はしない方がいいとは思いますが……あの人だけだとつらいですが、あの子がいますし。でも、あの子がいることでどうなるかもわかりませんね。特にあの階層は色々と難しいことになるでしょう……最後の相手もどうなることか。今の強さではまだまだです」
アノーゼの言うあの子。あの人がアズラットであるならば、あの子とはネーデの事だろう。
アズラットのことを寵愛を与えるほどに好きで愛している彼女にとってネーデは難しい存在だ。
自身が好いて愛する存在の側にいる女の影。普通ならば憎たらしいものだろう。
アノーゼにとってはそこまで極端に憎いものではないが、しかし複雑な想いはある。
自分だけを好いてくれるのならばどれだけいいか、自分だけが側にいられればいいのに。
アノーゼも女性である。そういった感情はある。
もっとも、アノーゼはそこまで他の女に関して問題視していない。
彼女にって重要なのは自分がアズラットと共にいられるか、だろう。
逆に言えばそれさえ叶うのならば他の女がどれだけいても構わない。
むしろアズラットが幸福になれるならたくさんの女を侍らせても構わない、と思うくらいだろう。
もちろんそういう可能性を考慮してもそれを推奨するわけではないのだが。
「でも、実力はともかく……心持は悪くありません。ふふ、助けられたことが大きいのでしょうけど、あの人のことをかなり信頼しています。まあ、仮にあの人の側にいるつもりなら並大抵の努力では届かないでしょうけど……新しい運命ですからどうなるかわからないのが厳しい所です。もっとも、そもそも現在攻略している迷宮も大きな部分ではわかっていますが、幾らかの拡張がなされている以上完全にどうなるかわかるともいえないのですが」
現在のネーデのアズラットに対する気持ちは好意のある信頼が強い。
師匠、先輩、尊敬する相手としての心情、相棒、相方、パートナーとしての心情。
恋愛感情は一切存在しないとだけ言っておくが、強い信頼を持っている。
ネーデはアズラットを裏切ることはない。契約とはまた違う。
「まー、運命なんて大きな形があっても世界でうまく働くものでもないわねー」
「っ……いきなり出てこないでください。今回私は特にミスの類は無かったと思いますけど?」
アノーゼの仕事での上司。アノーゼよりも上位の神が突然現れる。
大体の場合上司である神が現れるのはアノーゼに対し干渉する……つまりは罰するのがメインだ。
それをアノーゼは警戒している。前回も少しあってアズラットに関われない時間ができたゆえに。
「ああ、まあ、そうね。そっちに特に問題はなかったわね。ちょっとあれなことはあったけど……」
「強制進化ですか」
「ええ。それ自体は機能として仕方のない所ではあるからそっちの手を煩わせたのはむしろこちらの不手際でしょう。ごめんなさいね」
「いえ、こちらの役割ですから」
強制進化はアノーゼが必要に迫られて行ったことであり、勝手な行いではない。
暴走進化と強制進化は特殊な進化であるが、そもそもの性質が違う。
強制進化は本来進化するレベルを大幅に超えたため、進化せざるを得ないためそれを促すもの。
アノーゼが手を加えゴブリンたちに対する攻撃手段とした暴走進化とは全く別だ。
そしてそれは本来の進化のシステムに含まれるものであるため別に問題ない。
なのでアノーゼが罰されることはない。しかし、ならばなぜ彼女はこの場に訪れたのか。
「それで……なぜここに?」
「単に様子を見に来ただけ。なんだかんだで彼の行動はこっちにとっては退屈しのぎになるのよ? あなたはそれこそ趣味に等しい、むしろストーカー的に見てて興奮するくらいなんでしょうけど」
「それは少し表現がひどくありませんか?」
アノーゼの上司である彼女もアノーゼに対する認識はこんな感じ。まあ九割九分アノーゼが悪い。
「……ふうん。それなりに色々と経過しているけど、やはり変わらない出来事もあるわね」
「そう大きく変わるはずもないでしょう。迷宮は大幅に変化している部分もありますけど」
「そーね。重要点、中核の連続構造は変わりないけれど、幾らか割り入るように入り込んでいる。あくまで無理のないレベルでだけど。もっともそれ自体が探索に影響している様子は無し。運命的には大幅に変わることはない……唯一、あの子だけは謎だけど」
「…………」
「時間的なものかしら? それとも変わった影響か……ま、なんでもいいわね。似ているだけで同じではない。近しいだけで別物である。そもそも根本的に同じであっても形が違うもの、在り様が違うものはいくらでもあるわけだし」
「そうですね…………予定通りにいけばいいのですが」
「予定は未定とよく言ったものよ。運命はあれど、世界がどう働きどのような物語になるかわからない。結果は確定しているけれど、本当にその結果になることも確実なものではない。一応は覚悟しておきなさい。彼を失う危険があることも」
「それは……」
アズラットは無敵の存在ではない。なにやら神の側は彼の運命とやらを知っているらしい。
それによればアズラットは恐らくこの先色々な出来事を経験するが生き延びる、ようだ。
しかしそれは確実なものではない。運命とやらはあくまでそうなる既定路線であるというだけだ。
その既定路線も起きる出来事により変化すること、横道にそれることは珍しくない。
俗にいう歴史の修復力、みたいな形で多少ずれたところで戻されることは多い。
しかし、それでも全てがその通りになるわけでもない。ある世界では最終的な結果が変わった。
この世界でもそうなる可能性はあり得る。そもそもアズラットの運命とやらも確定してはいない。
特に今は大きく変動している。その傍にいる運命の不確定要素の存在もあって。
「ま、頑張りなさい。今度はなんとかなるといいわね」
「あ……好き勝手言って帰ってしまいましたか」
上司の姿はふっと消える。本当にただ様子を見に来ただけの様だ。神様も暇なのだろうか。
「はあ……まあ、彼女がいるかどうかは大局にどう影響するかはわかりません。ですが……悪い物ではないと思いたいところですね。しかし、必要な装備もなし、準備無しで先に特攻するのはどうなのでしょう? そもそもからして準備が足りていないのですが。ああ、そういえば対抗スキルをまだ入手していないはず……スキル構成自体も結構先に取得している物が多いです。進化とレベル、獲得できるスキル的に大丈夫でしょうか……」
アズラットとネーデの様子を見てアノーゼはそう呟く。
見ていることしかできないと言うのも中々につらい物だろう。




