239 迷宮無き地へ
「主様…………」
『(クルシェ、元気でな)』
「私は、私は主様と離れたくは……でも」
『(ネクロノシアのことも見届けないといけないしな。俺はどうしようもないが……クルシェなら、どうにかできるだろう。それに、それを決めたのはクルシェ自身なわけだしな)』
「はい…………」
アズラットとクルシェがまるで今生の別れのような会話をネクロノシアの都市の外で行っている。
今は夜、さすがに昼に外に出ることはできないのでその時間にアズラットが旅立つこととなった。
迷宮を作るためとはいえ、主と慕う相手と離れ離れになるのはクルシェとしてもつらい。
しかし、クルシェがついていくわけにもいかないだろう。
そもそもついていってなにができるということもない。
それにクルシェにはネクロノシアに関する事柄もある。
流石にまだ途中で放っておくことはできない。
「いずれ……いずれ、また会いに行きます」
『(…………ヴァンパイアだから、たぶん寿命はそこまで気にしなくてもいいだろうしな。迷宮ができたら……ネクロノシアのことも片付いたなら、会いに来てもいいぞ。まあいつになるかわからないが……それに、どこにいるかもわからないだろうし……)』
「そこは、たぶん大丈夫だと思います。主様と私は主従の契約にて繋がっていますから」
『(……まあ、そうだけど。それで判別するのは難しいだろう?)』
「必要ならば、手段を講じるだけです」
別に主従契約は二人の現在位置を知らせるために使われるものではない。
アズラットとネーデには契約関係があるが、それで二人の位置がわかっているわけではない。
アズラットとクルシェの契約は普通とは違う特殊なものだがやはり位置を知らせるものではない。
しかし、契約関係が残っている限りは相手が生きていることを示す。
そういう意味では役に立たないわけではない。
それに、<契約>による効果による称号の類であり、スキルにはそういったものを追う手段があるかもしれない。
アズラットもクルシェもそんなスキルがあるかどうかは知らないが、必要ならばそういったスキルを覚えればいい。
今はないスキルでも、将来は存在しているかもしれない。
そもそもスキルに関してどういう原理で発生しているかも謎だ。
ならばもしかしたらあるかもしれない……それか、あるいはスキルではなく、単純に迷宮を全部見つけ探しに行く、というだけかもしれない。
クルシェの主への想い……アズラットへの気持ちは本物である。いろいろな意味で重い。
ゆえに、クルシェならそれくらいやりかねない……アズラットはクルシェの様子を見てそう思っている。
「ところで、どこに行くかは決まっているのですか?」
『(どうだろうな……はっきり言えば、ちょっと決まってない。一応危険な所で迷宮を作る気はないし、あまり周囲に迷惑の掛からない、他の迷宮が少なく迷宮が作りやすい場所にするかな、とは思ってるけど。もしかしたら海の向こうの別の大陸にするかもしれないし……)』
「別の大陸ですか……そうなると私では探しにくいかも……」
『(流水がだめってわけじゃ……ないけど、海の旅となると時間がかかるか。日中は流石にヴァンパイアでは死ねるわな。海の上だと逃げ場もないだろうし……水中適性系のスキルでも覚えるとか? それでも水の中で日の光を浴びるか。まあ、俺のように海底を、ってわけにはいかないか……)』
流水の上を渡れない、というルールはクルシェなどこの世界のヴァンパイアにはない。
しかし、水中だろうと日光は日光であり、ヴァンパイアに対して影響をあたえるものとなっている。
そういうこともあって船旅、あるいは海を越えるための行程はヴァンパイアにとっては難事となっている。
もちろん対策はあるだろう。ただ、やはり面倒が多いのは事実。難破も怖いわけであるし。
「……進化があればいいのですが」
『(デイライトウォーカーの類か。ヴァンパイアの話で噂話ではあるようだが……)』
日の光で灰にならないヴァンパイア、というのが噂では存在する。
実在に関しては疑問視されているが。
これに関してはアズラットは自分自身が進化した経験があるため、ヴァンパイアの進化系列に存在しないとは断言できない。
ただ、やはりヴァンパイアの最大の弱点を克服するわけなので一度や二度の進化ではないだろう。
あるいは高レベルで進化するとかそういうものなのではないかと思われるものだ。
もちろん一番可能性が高いのはそのような進化先が存在しない可能性、そもそも進化しない可能性だが。
これに関してはあればいいな、程度に思っているに過ぎない。
まあ、進化できれば色々な意味で楽になる。
『(……ともかく、ずっと話をしているわけにもいかないだろ。まだ時間的には全然大丈夫だが、人に見つかる危険とかも考えるとのんびりはしていられないからな。そろそろ俺は行かせてもらうよ)』
「はい……いつか、会えることをお祈りしています。あるいは、あなたの帰還を……お待ちしております」
『(ああ、またいつかな)』
そうして、アズラットはネクロノシアから出て行った。迷宮を作り迷宮主となるために。
『帰還を待つ、と言っていたが迷宮主は迷宮の外に出られるのか?』
迷宮を作れる場所を探しつつアズラットが思ったのは最後にクルシェと会話した内容だった。
迷宮主となったアズラットが迷宮の外に出れなければ、まず帰還するということはできない。
そうなるとクルシェがアズラットと会うためには必ず迷宮を訪れる以外の手段がない。
まあ、探す手間を考えるとずっと迷宮にいてもらわないと手間だが、やはり自由に移動できる方が会いやすくはなるだろう。
『出られます』
『マジか……』
『マジです』
どうやら迷宮主は迷宮の外に出られるようだ。
『これは一応過去に迷宮主が迷宮の外に出た記録がありますので、実際大丈夫なのがわかっています』
『実際に出た迷宮主がいるのか』
『はい。当時はまだ迷宮というものに冒険者が挑むことの少ない時期でした。かなり世界としては生まれて最初の方でしょう。まあ、迷宮主もわざわざ迷宮の外に出る利点はあまりなかったりもします。迷宮にいる限りは迷宮で自分の望むように過ごせるわけですから』
『まあ、基本的に迷宮のボスなわけだから外に出ようと思わないのが普通か』
『ですが……迷宮主にもいろいろいます。迷宮の外に出る魔物がいるように、迷宮主でも外に出ることはあります。その当時の迷宮主は魔物の群れを連れて人間の国を襲い、滅亡させたり侵略したり……まあ、いろいろとあったみたいですね。ちなみに、迷宮と迷宮主は一応繋がりがありますが、生命に関しての繋がりはありません。迷宮主が死んだから迷宮が滅ぶことはなく、迷宮が滅んだからといって迷宮主が死ぬわけでもありません。お互いの生死は別々です。ですから外に出ても全く問題はありません。ただ、帰る迷宮がなくなる危険はありますけど』
『マジか』
迷宮主は迷宮を作る。そして、その迷宮を自分にとって住みよい場所にする。
その繋がりはそれなりに大きいものだ。
<ステータス>で見れば迷宮主であることは称号……業という形でわかるだろう。
しかし、つながりはあるがそれぞれが直に影響し合うわけではない。
言うなれば家に近いものだろう。
迷宮主は家主であり、家の環境を整えたりするが、家が壊れるからと言って壊れた時に家主が死ぬわけではない。
それは家である迷宮の方も同じで、家主が殺されたからと言って家が壊れるわけではないわけである。
まあ、家の倒壊に巻き込まれれば家主は死ぬし、家を壊す前に家主を先に殺すのが普通なわけである。基本的にはそうなるのが一般的だ。
『っていうことは自由に外に出られるんだな』
『はい……ただ、迷宮の一番下の階層から一番上まで進まないといけないわけです。最下層に戻る場合も一番上から下まで行かないといけません。冒険者がいるかもしれませんし、階層にいる魔物が迷宮主だからと言って通すとは限りません。手間も多いですし、面倒も多いですよ?』
『…………まあ、俺は迷宮に居座ることにはこだわらないからな。必要なければ捨ててもいい』
アズラットにとって迷宮の主となりそこに残ることはそれほど必要があることではない。
はっきり言って作った後は迷宮のことは完全に放置したところで全く構わないくらいである。
『そうですか。ともかく、まずは先に迷宮を作らないと話にはなりませんね』
『ああ、そうだな。さっさと場所を見つけないといけないか……でも、ここでアノーゼと話ができたのはいろいろと大きいと思うぞ? こっちもあまり気にする必要はなくなったしな』
迷宮に残るしかない場合、クルシェが来やすい迷宮を考えなければいけない。
まあ、そういうことは彼女の勝手なわけであるが、アズラットとしてはやはり気になるようだ。
迷宮の外に出られるならば、クルシェが来れるかどうかを気にする必要はなく、安全な場所に作っていい。
人が来れないような、山奥や高所、あるいはそれこそ深海でもいいかもしれない。
そのほうが安全性は高い。
まあ、迷宮を無理に残す必要性はないだろう。魔物が出てくる可能性がある。
そこは流石に考慮するべき点だ。
とはいえ、気にしたところで仕方がないことでもあるが。
ともかく、いろいろと考えながら、アズラットは迷宮を作る場所を探し進む。




