235 基本的な方針
アズラットとクルシェは残っていたこれ以上生かしておく意味のない者たちを殺し、都市庁舎の調査を再開する。
場所を移したので地下から出てきて下から、ではなくどちらかというと上の方から行うことに方向転換する。
まあ、上の方にはヴァンパイアの寝室には光のさす大穴が開いているので先にそれをどうにかする必要があるが。
そちらはどちらかというと今すぐどうにかする必要はないだろう。調査を後回しにしてもいい。
それとは別に、都市庁舎の実態、使われている状態の調査の方が先となる。
とはいっても、クルシェが見て回った結果、それほど大きく都市庁舎の状態は変わっていない。
基本的にヴァンパイアは都市運営を熱心に行っていたわけではない。
あくまで現状維持に近い形だったようだ。
ヴァンパイアにとっては都市を支配したのは別に都市運営をしたいからというわけではない。
餌場を作るのに近い目的があった。
血を求めるための餌場、あるいは兵士や従者を作るための工場、そんな役割がヴァンパイアがネクロノシアに求められた物だろう。
円滑な都市運営はあくまで自身に都合がいいようにするためであり、発展性は必要がない。
クルシェの両親や都市庁舎にいた住人をヴァンパイアにし、それらに現状の維持に近い形の体制を取らせた。
一応ネクロノシア自体からヴァンパイアの情報が外に漏れ出ないように注意はしたわけであるが。
それでも基本的にはあくまでネクロノシアの住人には日常的な活動を取らせていたわけである。
都市の封鎖による影響がなかったわけではない。
ネクロノシアの住人はそれなりに多く、生活上の問題はあっただろう。
しかし、それもある程度はヴァンパイアの手により解決してしまった。
人が少なくなり、アンデッドの力があること。
アンデッドは物を食べる必要がない。ヴァンパイアは血……つまり人を食事として必要とする。
また、それらを外に求め外へと向かわせたのも中にいる人が減った一因である。
中にいるヴァンパイアやアンデッドが減れば代わりを求めそれらを作り外に出す。
封鎖したとはいえ、完璧に外からの流入を断ったわけではない。
情報が外へと漏れ出ないための物である。
一応ネクロノシアに入り込んだ商人はいるわけである。
それらがすべて取引をしなかったわけではない。
また、そういった商人の犠牲もなかったわけではない。
ヴァンパイアの手によりそれらの商人の持ち物が奪われた。
そういった様々な要因により、ネクロノシアは一応の現状維持が成されていた……まあ、いずれは崩壊しただろうが。
その前にアズラットがヴァンパイアを殺したのが現在での話。
まあ、結局都市の状況はまだ変わっていないわけであるが。
『(外のアンデッドへの指示はできるか?)』
「……わかりません。私も一応ヴァンパイアですけど、そういったことは試したことがなくて……できるかどうかすら現時点では不明です」
『(そうか……あれがいなくなった以上、現状この都市に残っているヴァンパイアで最上位にあるのが誰かはわからないし、アンデッドの支配権がどうなっているかも不明だしな……指示に関してもいつまで有効か、どこまで有効かも不明だし……)』
「あの、他にもヴァンパイアはいるんですか?」
『(まず確実なのは……冒険者ギルドだな。まあ、あのヴァンパイアがいなくなった以上、自由に動けるようになってどう行動するかはわからない……指示、命令が有効な状態ならまだとどまっているかもしれないが……一応確認しておくか。それ以外にも、どこかにいるかもしれないっていうのはある。そもそも俺があいつらヴァンパイアやアンデッドに出会ったのはネクロノシアじゃない。ネクロノシアから見える山の向こうにある森、その先にある街道で旅の商人の馬車に乗っているときだ。そんな感じにヴァンパイアやアンデッドが街の外に出されていれば、恐らくはそのまま生き残っていると考えられる)』
「……っ!」
アズラットの言っていることはつまり未だにヴァンパイアやアンデッドの脅威は消えていないということである。
いや、ネクロノシアにおいてはアズラットがいるから何とかできる可能性はある……とクルシェは考えるが。
それ以外の場所で暴れられた場合、どうしても対応はできない。
そうなると……困るわけではないが、心苦しく思うわけである。
とはいえ、そもそもからしてクルシェやアズラットにはどうしようもない。
主であったヴァンパイアがすべて把握していた可能性はあるが、それが死んでいる以上どうしようもないわけである。
今更どうにかしようとしたところでそれらすべての把握はできないのだからどうしようもないとしか言えない。
『(……そういえば、蝙蝠が飛び交っていたか)』
「蝙蝠ですか?」
『(おそらくヴァンパイアの使い魔的な感じのものだったんだろうな。クルシェも使えると思うが……)』
「そうなんですか…………蝙蝠を使い魔に……できるでしょうか……?」
アズラットに訊ねるというよりは自問自答といったように自分自身に問いかけている言葉である。
二つの意味だ。
一つはそういった吸血鬼としての能力を扱えるようになるか。
もう一つは自分が蝙蝠を使えるかだ。
彼女は女性であり、虫よりはましだが蝙蝠とかちょっと怖がるような感じであるかもしれない、ということである。
実際に間近で見て、その生態を確認し、触れたりしてからの判断となる。
操作できるかどうかはまた別の話だ。
『(あれが飛び交っていたのは監視もあるが指示だしの意図もあるか……そうだよな、街中にはまだ巡回のアンデッドがいるわけだし、いくら何でもこの都市の外まで自由に指示が届くとは思えないし……まあ、その蝙蝠も今は使い魔ではなくなっているから、好き勝手にどこかに行ったかな?)』
ネクロノシア内部に飛んでいる蝙蝠もいるかもしれないが、大半は元々住んでいた所か近場でいい住処に移っているだろう。
とはいえ、その大半がヴァンパイアの使い魔とされていた頃のようにそこら中に飛び交っているということはない。
再度使い魔にするには結局の所クルシェ自身の尽力が必要になることだろう。
さて、それは現状重要ではなく。
話し合っていないで当面の問題の解決の方が先になるだろう。
『(……とりあえず、アンデッドのへの指示だしはクルシェが直接巡回している奴らに近づくしかないか)』
「え? えっと、今はちょっとまだ日の光があって無理なのですけど……」
『(わかってる。夜になってからだな)』
「……主様がやるのはダメなのですか?」
『(俺はアンデッドに指示を出せないが……)』
「いえ、そうではなくて……アンデッドを始末することです。彼らは最終的に殺すことになるのですよね?」
クルシェの言うことはつまり街中にいるアンデッドの始末をアズラットが行うこと、である。
実際始末するだけならばアズラットが行うことで十分と言える。ただ、それも色々な問題を含む。
『(それはできなくはないが……俺はあまりそういうところを見られたくないんだよな。一応見た目スライムだから討伐対象として見られると怖いし。それに、アンデッドを始末して街中で住民が自由に動き回ると事前にクルシェが自由に行動できるようにする準備ができなくなるかもしれないぞ? 今の所ヴァンパイアは生きている、と思わせておくことが必要だと思う)』
「……そうでしょうか? 出来れば早く皆を安心させたいと思いますが」
『(まあ、そうしたいというのはわからなくもないけど……クルシェもいきなり街を離れて生きる、なんてのは難しいんじゃないか? それにこの街の状況ができる限り今まで通り進むようにしておいた方がいいだろう? 別の所の誰かが勝手にこの都市の統治者になってもいいなら別にいいかもしれないが……)』
「それは……」
ネクロノシアの統治は人間に任せる。
これはアズラットとしても、元都市の統治側だったクルシェも同じ意見である。
クルシェがいつまでもネクロノシアの統治者として立つことはできない。
そもそも昼間に外に出れない時点で厳しい。
それに都市庁舎はヴァンパイアに掌握されていたのは知られているだろう。
クルシェだけが無事で残っていることは流石にあり得ない。
ゆえにクルシェが生き残っている場合、確実に魔物として扱われ追いやられることとなるだろう。
仮にそうでなかったとしても、ネクロノシアを欲しがる人間がそのような流言飛語で追いやる可能性は低くはないだろう。
ゆえに、出来る限りかつての統治体制を残しつつ、街の状況を維持しつつ、後に託すにはある程度の準備がいるわけであある。
そのためある程度ヴァンパイアが生きているよう見せかけながら準備をしなければいけない。
もっとも、いずれは知られてしまうだろうが。
「わかりました。そのあたりは私でもわからないことが多いので主様の知恵に頼りたいと思います」
『(ああ……俺も完全じゃないから、うまくいかない可能性も高いけどな)』
あくまでそういう方針で進める、というだけでやること自体はそこまで変わるわけでもない。
それにそれが本当にうまくいくか、アズラットも現状ではわからない。
だが、出来る限り思うようになるように頑張るしかないだろう。




