234 主従のこれから
『(なあ、主ってどういうことだ?)』
流石にいきなりの主呼びはアズラットとしてはかなり困惑した様子だった。
むしろそれを言い出したクルシェの方がおかしい。
「それが適切だと、私が感じたからそう呼ばせてもらっています。あなたが頭の上に来て、しっくり来たと言いますか……あなたが上で、私が下。上位の物を敬うのは当然でしょう?」
『(それが意味わからないんだよなあ……まあ、害がないならそれでいいんだけど……)
あまりにも唐突すぎて意味がわからないというのがアズラットの感想である。
できればそうなった理由が知りたい、理解が及ばないことは少々怖い、そう思う心情なのだろう。
実際の所、いろいろと理由はある。
それに関してアズラットは全く事前の知識がないので解答に至らないわけであるが。
それに関しては後々お互いがお互いのことを知った時にわかってくるだろう。
今はわからずとも仕方がない。
それよりも今は二人にとって重要なのは都市庁舎内の確認である。
ある程度のんびり話している余裕はあるが、いつまでものんびりとはしていられないだろう。
もっとも話しているからと言ってクルシェは足を止めていないので問題はない。
まず見て回ったのはクルシェのいた場所……つまりはアズラットが彼女を最初に見つけたあの部屋である。
ヴァンパイアの指示によりすべてのアンデッド、ヴァンパイアはアズラットに向かっていった。
そのおかげでその部屋にもほとんど残っていた存在はいない。
動けない、繋がれているなどの理由で残っている者はいるが。
そしてそれらはアンデッド、ヴァンパイア両方がいるが、残念ながら既に生きる意思は喪失したものである。
そもそもまだ生きる意思のある物はどちらかというとこの部屋には居なかったともいえる。
それこそクルシェのような特殊事例が少々例外なだけで、
そういった意志の強いものは有効的に使っていたわけである。
なのでこの場にあるのは死体と自分の意思のない生きる死者のみ。
「……………………」
その姿を見て、クルシェは自分の胸の部分に手をぎゅっと握り、当てる。流
石に思うところはある。
クルシェにとってはこの都市庁舎の人間は仲間、友人だった人間ばかりだ。
彼女の家は彼女が生まれる前からこの都市を治める立場であり、当然ここにいる人々とのつながりも深い。
それゆえに、それらすべての喪失、残った者もいるがそれすらももうそこにかつての心はない。
残ったのはほぼ自分自身だけ、そんな状態であるのだから。
『(大丈夫か?)』
「はい。私は、今、生きています……ヴァンパイアですけど。生きる意味が、あるんです。何かはわかりませんが」
『(……そうか)』
「それに……今は、私は一人ではありません。主様がいますから」
『(…………もしかしなくても、それは俺のことだよな?)』
「当然じゃないですか?」
『(どうしてこうなった!?)』
いろんな意味でアズラットは困惑している。
先ほどまでのしんみりとした、重苦しい雰囲気が払拭されるほどに。
よくよく考えれば、アズラットがクルシェに行ったのはかなり彼女の心に大きな影響を与える行いだろう。
地獄からの救済、ヴァンパイアやアンデッドとなった者に命の終りを与え、自分自身は苦境から救われた。
それを成した最低最悪の化け物もアズラットが倒し、復讐もすでに果たしたと言える。
言うなればアズラットは自分を助けてくれた英雄のような存在ということになる。
そこに懸想する要素があってもおかしくない。
とはいえ、彼女のそれは少々また違う方向性のような気がしないでもない。
どちらかというと彼女の言う言葉から考えるとアズラットを主、自分を従と考えるような行いである。
(いったい何でこうなった? 別に問題はない……多分問題はないが、理由があるはず。考えられるとしたら、ヴァンパイアを倒したことだが……それもちょっとなあ。でも、一番あり得るとしたらそれだ。種族は違うけど……統率系だから? リーダーってのは導師とかそういう系……導き手、だからとか? 可能性を考えても仕方ないんだが……)
この謎に関してアズラットが考えた答えはアズラットの種族と倒したヴァンパイアの立ち位置。
アズラットはスライムリーダー、と呼ばれる種族でありこれはスライム種の最上位である。
基本的に上位種というのは群れを統率する役割であることが多い。
分かりやすい例がゴブリンである。
それにリーダー以前の名前も、ボス、キング、エンペラー、カイザーなど種をまとめる立場の名称である事が多かった。
リーダー、というのもアズラットの知識ではまとめ役みたいな統率者的な立場である。
そしてアズラットが倒したヴァンパイアはクルシェを含めたヴァンパイアたちの主である。
主の立場である物を倒すことで主の立場を奪う、というのは少々考えすぎかもしれない。
しかし、アズラットの場合はリーダーというまとめ役ゆえに、主を倒すことでその従属の関係を奪うことができた可能性があると考えられる。
それとは別に事前に<契約>したことが大きいのかもしれない。
その<契約>の影響で主従の関係に発展したのかも、と。
まあ、そういったことをいくら考えたところで憶測にすぎないが。
「主様」
『(ん? どうした?)』
「彼らですが……殺してください」
『(……ああ、確かに始末する必要性はあるか。でも、もう少しまともな死なせ方でいいんじゃないか? こういうのは大抵火葬するものじゃないのか?)』
「特にアンデッドとなった人たちの殺し方は決まっていません。どんな形であれ、彼らはもう魔物ですから。一応街中である以上殺して放置ということはないでしょうけど……でも、街の墓地に埋葬される可能性は低いでしょう。どこかで燃やされて終わるだけだと思います」
それが決して悪いわけではない。自分も人間であったなら、少し心苦しくは思うがそうしていた。
今の彼女は魔物であるからこそ、死後の行方が気にかかるわけである。
仲間であったからこそ、正しく死なせてやりたい。
アズラットが殺すことが正しいとは言えないだろう。
しかし、彼女にとってはどれでも結局正しいものではない。
ならば、他の仲間と同じやり方を。自分が主として慕う者による慈悲を。
そう彼女は考えたわけである、
『(そうか。まあ、そういうなら……)』
アズラットはこの場所に残っていた者に近づき、それらを飲み込み消化する。
<圧縮>を使って殺すべきか、少し迷ったがそれはクルシェが止めた。
結末を最後まで見届けたいと。
それは自分自身がそうアズラットに頼んだからというのも理由にあるだろう。
同時に、やはり見届けたいという気持ちも強い物であるだろうけれど。
「うう……」
『(流石に消化されているところを見るのはグロいよな……)』
アズラットは自分自身がしていることだから気にしていないし、感覚的にはスライムだから気にしていない。
しかし、人が溶けていく様というのはとてもグロテスクである。
それを見ていたクルシェはとても気分が悪かったようである。
まずは残っていた一つの問題を片付けた二人であるが、当然それ以外にも問題は山積みである。
ヴァンパイアに支配されたまま、その後ヴァンパイアがいなくなったことが知られていない都市庁舎の扱いはどうなるのか?
街の中に残ったアンデッドは未だに命令を聞いたまま行動しているのか? 他にヴァンパイアが生き残っていたりしないのか?
また都市庁舎のヴァンパイアがいなくなったことが知られた後の人間の行動がどうなるのか?
様々な問題が残っており、それに対してクルシェがいろいろと先立って解決しておかなければならない点も多い。
なぜなら、彼女が生き残っていることがある意味一番の問題として捉えられる可能性が高いからである。
街の統治していた家の生き残りで支配していたヴァンパイアの代わりになり得るヴァンパイア。
ある意味、ネクロノシアに存在する最大の爆弾と言えるのではないだろうか。




