232.5 従者の行方
私が生まれた街、ネクロノシアは観光を主とした商業を中心とした都市。
私の家はその都市の管理人、国によっては領主ともいえるような立場に近いものでした。
もちろん私は貴族ではなく、あくまで普通の一般市民と言っていいものとなっています。
とはいえ都市を管理する立場である以上相応の義務や人付き合いなどいろいろとありましたけど。
恋愛に関しては自由恋愛推奨で、貴族のように堅苦しくないのは好ましい点ではあります。
縁はありませんでしたが。
仕事内容が街、都市に関すること、様々な部分に及び、その都合上忙しく大変で、苦労も多いものでした。
ですがその分暮らしぶりはよく、街の人たちもいい人が多く、付き合いのある人たちも悪い人は少なかったです。
まあ、悪い人が一切いないとは言いません。
立場的にどうしても後ろ暗い噂のある人との付き合いもできてしまいます。
私はその家の長女でした。
将来的には誰か好きになった相手に嫁に行くか、それとも婿を迎えるかだったと思います。
一応私の弟がいたので家の方は心配ありませんでした。
領主に近いとはいえ、別に私の家が維持される必然性もありませんし。
とはいえ、今まで十分私たちの家に対する否定的意見もなく順調にやっていけているので首を挿げ替えることはなかったと思います。
なので順調にいけば、問題なくいけば、私の弟が家を継ぎ次の代へとネクロノシアを繋いでいったでしょう。
私がどう扱われるかは実の所難しい問題でした。本来なら、私はそれほど重要視されません。
貴族のような体制をとっていない以上、政略結婚の類は一応ないものとなっています。
私自身は自由恋愛と言われてもちょっと相手が見つけられなくて、悪い相手でなければ政略結婚でもいいかなと思いましたけど。
私の問題は私の持っている称号です。
私は生まれつき、特殊な称号を持っていたようです。
実はこの称号をなぜ私が得たのか、いつ得たのか詳しいことは解らないんです。
私のようなある程度の立場のある家系に生まれた人間は自分の持つ能力を表す道具の使用を許可されます。
しかし、生まれてすぐそんなことをしたところであまり意味はありません。
なので多くの場合は冒険者登録で代用します。
本当は冒険者登録をそういう形で利用するのはあまりよくないのですが、まあそこは立場で無理やり、ということになります。
そこで私が得ていた称号……それは<スキル神の加護>。
よくわからないものですが、神の加護と書かれた称号です。
当然ながら、神の恩寵がある子ということで我が家では大騒ぎになりました。
とはいえ、そもそもこういった情報は隠すのが普通です。
誰かに見せるようなものでは元々ないわけですし。
そのため、私のこの称号に関しては誰かに伝えることはなく隠され、私は普通の生活を送ることになりました。
神などと言った話になるといろいろと面倒になることがつきものです。
変にお家騒動にするよりはいいですから。
それに神の加護と言っても詳しい内容は解りません。
内容からすれば恐らくはスキルに関することで何かある物だと思いますが。
実際の所私はそれを実感したことはありません。
それにスキルも一般市民である私が覚える必然性もありません。
将来的にスキルはあったほうがいいのかもしれませんが……急いで何もかも決める必要はないでしょう。
そういうことで、私たちはネクロノシアで普通に過ごしていたわけでした。あの日までは。
その日、ネクロノシアにある存在が来ました。
ヴァンパイア、吸血鬼とも呼ばれる迷宮の怪物。
彼らは本来迷宮に存在するものでありその外であるこの世界には殆ど残る者ではありません。
そもそも彼らは日の光に滅法弱く、そのせいで外に出ても長くは生きられない。
冒険者なども彼らの存在を探知できるものは多く、外では敵も数多く死ぬ危険も高く、そんなところに出る意味は本来ありません。
ですが、たまに、彼らの存在が大きな街や都市の危機、場合によっては国の危機となることもある、というのは歴史が証明しています。
かつて彼らが迷宮から現れ、その結果アンデッドやヴァンパイアによって壊滅的な危機をもたらされたことがある。
当時は冒険者がまだ少ない時代であり、迷宮の多くがあまり発見されず未探索であった時代だったそうです。
まだ冒険者も今ほど実力のある人も少なく、そういった危機への対処もし辛かったのでしょう。
それくらいヴァンパイアと呼ばれる存在は強く、恐ろしく、危険な存在です。
それがネクロノシアに来たのです。
ヴァンパイアは魔物ですが、高い知性を持ち、場合によっては人間と変わらないくらいの知能を有します。
理由は知りませんが、迷宮に来た人間を支配しその知識を取り入れたのかもしれません。
ともかく、ヴァンパイアはネクロノシアにきて、ネクロノシアを支配する動きをとりました。
やり方は単純です。都市を人と同じように見立て、その頭を支配し、後は手や足を頭からの命令で制御する。
頭とはつまり私たち、都市を治める者たちを支配すること。
ヴァンパイアの吸血による同族化、アンデッドの作成でした。
不幸にも、あるいは幸運にも、私はヴァンパイアになれる素質があったためか、ヴァンパイアになりました。
もっともヴァンパイアが吸血により作成する仲間のヴァンパイアはすべて作成者を主とする従者、奴隷のようなものですが。
父と母も同じようにヴァンパイアにされましたが、弟はアンデッドとなってしまいました。
もっともそれはネクロノシアに来たヴァンパイアにとっては重要ではありません。
現状街を治める父母を支配下に入れられたことの方が重要でしょう。
そして、その後は都市庁舎にいた人間をヴァンパイアかアンデッドにし、父母を利用し街を支配し自分の都合が良いように。
冒険者ギルドはその動きに対し、調査をする様子がありましたがそれにヴァンパイアが急ぎ対応、上を抑えこれ以上の行動を封じました。
単純に命令による抑えだけではなく、ヴァンパイアの持つ能力である魅了による精神干渉なども利用したようです。
私はヴァンパイアとなりましたが、そういったことはまだ詳しくわかりません。
私も使えるのかもしれませんが、今は意味がないでしょう。
そもそも私たちは主であるヴァンパイアによりその意思を、行動を抑えられています。自由は許されませんでした。
そして、私や母を含め、いえ、都市庁舎にいた人間、そしてネクロノシアの住人にとっては悲惨な未来が待っていました。
ヴァンパイアとなった私や母、他の多くの都市庁舎にいた人間、後から加えられたネクロノシアの住人。
私たちに対し主のヴァンパイアは拷問、凌辱など猟奇的な行いを好み加えるようになったのです。
私も初めてを奪われ、何度も杭や剣、槍などで体を突き刺されたり……それだけではなく複数のアンデッドに……いえ、何でもありません。
私自身だけではなく、友人が凌辱される光景を見せられたり、仕事仲間が殺される光景を見せられたり。
一番私にとって辛かったのは、母が凌辱されるのを目の前で見せられた上に、その母を殺されたことでしょう。
他にも父が死体を相手にさせられたり、また父の相手をさせられたり、拷問を無理やりさせられたり。
目の前でヴァンパイアが日の光で灰にさせられるのを見せられたこともありました。
あれが私たちの未来だと言うように。
ただの人間、死体となった人々、アンデッド、行動の自由のないヴァンパイア、それらを使い様々なことをあのヴァンパイアはしました。
もっとも私は、少しヴァンパイアでも特殊な在り方であったようです。
私はヴァンパイアになった当初から、ある程度は主に逆らう、反発することができました。
とはいえ、それは命令に対しある程度行動しなくてもいい、程度の物でしかありません。
命令そのものには逆らえません。
理由が何かは知りません。
可能性があるとすればあの称号ですが、それは少し違うのではとも思いました。
理由は結局わかりません。ですが、それが要因なのでしょう。
私はあのヴァンパイアに面白がられ、生かされています。
そのせいで様々なことをやらされたり、やられたりしたのは本当に苦痛で辛く絶望的な物でした。
それでも……私の中で囁く誰かがいるのです。いつか必ず助けるから、と。
ゆえに私は死ぬつもりはありませんでした。
かなり心が絶望に侵食されていましたが、それでも最後まで、本当に私が終わり消えるまで諦めはしませんでした。
もっとも、もっと時間が過ぎればいずれは諦めたでしょうけど。
そして、そのヴァンパイアの支配が終わる日が来ました。
突然発されるヴァンパイアからの命令。
侵入者への対処、ということですべてのヴァンパイア、アンデッドに出された指示ですが、私は参加できません。
私は基本的に壁につながれて自由に行動できないようにされています。
ほかにも同じように……私とは別の理由で繋がれている人もいますが。
私は主の命令に反抗できる、行動の自由は奪えても、意思が残っている問題があるゆえに本当に自由にできないようにしているのでしょう。
それゆえに私は行動できませんでした。
しかし、しばらくするとあのヴァンパイアは私を連れ……引っ張りどこかへ向かいました。
その場所は地下、あのヴァンパイアが無理やり作らせた地下道です。私も参加しました。
アンデッドは疲れもなく無茶な労働ができますし、ヴァンパイアは力があります。
ゆえに労働力としてはかなりいいのでしょう。
何かあった時に逃げるために、という理由で作ったそれを使うということは、つまり何か大きな出来事があったということです。
本当は私はついていきたくありませんでした。
ですが、何か起こったのならば私も危険なのは理解できます。
しかし、本当にそれが私にとって危険なのか。
それもわからない。そもそも何が起きたのかも不明な状態です。
いろいろと考えることはありますが、どちらにしても肉体の自由な行動を奪われている以上、引っ張られ連れていかれるしかありません。
そして地下に入り、ある程度落ち着いたようにヴァンパイアは止まりました。
そもそも昼間だったので逃げるとしても外に逃げるのは困難が大きい。
ゆえにそこで止まるしかなかったのでしょう。
ですが、そこにある存在が来ました。スライムです。
こんな地下になぜスライムが? そもそもスライムは弱いものです。
しかし、ヴァンパイアはそう考えなかった。いえ、私も弱いなどとは考えませんでした。
私はそのスライムから感じる気配があったのです。
それゆえに、私はそのスライムをただのスライムとは思いませんでした。
ヴァンパイアは私に命令をし、スライムを倒すように言いました。
もっともそれができると思っていたとは思えません。
そもそも自分を守るための肉壁として利用する相手に倒せというのもおかしな話です。
なぜなら私よりも主であるヴァンパイアの方が強い。倒せる相手なら自分で倒せばいい。
もしかしたら私でどうしようもない相手だったなら逃げるか、それとも私を食わせ満足してもらうつもりだったのか。
理由は知りません。知る必要もありません。どうでもいいことです。
私はすぐには行動しませんでした。
命令は受けますが、しかしその命令を即行動にする必要はありません。
本能的に、相手の強さ、危険性、そして感じる何かの違和感、雰囲気、様々な理由で手を出すことに躊躇があったからです。
実際命令は相手を倒すことなのですが、それを成立させる条件を準備するのも必要と行動をとらない理由を作ることもできます。
それで私は攻撃準備はしますが、攻撃はせず膠着状態にしました。
そんな中、私に声が届きました。
その声の主は目の前のスライムだそうです。
まさかスライムが、と思いましたがそういうこともあるかもしれません。
感じる雰囲気などそういったことがあってもおかしくないという下地はあったのですから。
なにより重要なことは、彼は私に対しどうにかしてくれる意思があるということ。
主を倒すつもりがあるということ。
そもそも主をどうにかするつもりで襲ってきたからこの状況になっているのでしょう。
命令はどうしようもありません。私がどうにかできるものではない。そう伝えました。
そうするとスライムは<契約>をしよう、と。
<契約>が何かは解りません。ですがそれが悪いものとは思いませんでした。
私の中にいる誰かが囁くのです。それを受け入れることが最良であると。
スライムが話したその内容は私にとって悪いことではありません。
お互いに危害を加えない、敵対しない。
<契約>が主の命令とどうかかわるのかはわかりません。どういう意味があるかもわかりません。
しかし、<契約>が成立すればそれを成すことができないのであれば、あのスライムを私が害することはない。
そしてスライムも私を害することがない。それならば別に特に問題はないでしょう。
<契約>を結び、すぐにスライムは行動しました。
私の頭の上を飛び越えて、その姿を変えたのです。
あまり広くない地下道を満たすほどに、その身体は大きく広がったのです。
主であるヴァンパイアもひとたまりもありませんでした。
私の周りには、スライムは全く来ませんでした。
そこだけなぜか避けるようにスライムがいなくなっている。
先ほどの<契約>の影響でしょう。
それにより私に対し危害を加えない、広がる体に包まない。
おそらくは最初からこうするつもりだったということです。
私を生かすため、スライムは<契約>をした。
理由は解りません。
何か意味があるのかもしれませんが、それを私が知ることはできないでしょう。
そのまま広がったスライムのは戻りました。
主であるヴァンパイアをとりこんだまま。彼がどうなったのかは言わずともいいでしょう。
潰され、スライムの体の中に取り込まれ、主であるヴァンパイアは死んだ、消えた。
こうしてネクロノシアはヴァンパイアの支配から解き放たれた……のは、少し嬉しいことでした。
問題は私です。
いえ、他にも多く残っているかもしれないヴァンパイアやアンデッドの存在も重要です。
私や彼らが生きていること。
私たちは魔物であり、もしかしたらその掃討のための動きがあるかもしれない。
それを考えるといろいろと面倒で困った話になります。
ですが、考えないわけにもいかないでしょう。
そもそも私の家はヴァンパイアにより完全にダメにされました。
今後のネクロノシアの運営の問題も出てきます。
今更それを私が解決する必要性はないのかもしれませんが……やはり気になってしまいます。
とはいえ、まず重要なのは私が今後どうするか、でしょう。
まず、私を生かしたスライムとの話し合いになります。
私はどうしたいのか、それはまだ……わかりません。




