表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
スライムのしんせいかつ  作者: 蒼和考雪
五章 奇縁の道程
234/356

226 事前調査

 アズラットが入り込んだ家には誰もいない。人は既にそこに存在していない。

 それがはっきりとわかるのは何故か。家の中の状況を見ればすぐにわかる。

 家の中に壊れた椅子や机があった。ひっくり返った、既に乾いた古い料理があった。

 血が床と壁についていた。その量からして恐らく既にその血の主は死んでいる。

 そもそもその血自体完全に乾いて黒くなっており、大分薄れてきているように見える。

 それくらいにその家から人がいなくなったのは前の話だ。

 今も人が入っていないのは恐らく人がいなくなったことが知られていないからだろう。

 アズラットのような人を避けたい侵入者にとってはありがたいことかもしれないが、それはこの街の現状が垣間見える光景だった。


(……………………)


 その光景を見てアズラットは無言になる。

 アズラットはこの光景をもたらしたヴァンパイアを倒すことを焦るつもりがなかった。

 ゆっくりと準備し、確実に倒せるときを狙う。そのための準備を急ぐつもりがなかった。

 しかし、この状況、この光景を見てもそう思うものだろうか?

 放置すれば同じような被害が増えることがわかっているのに。

 アズラットはこの状況の中、落ちている物に目が行く。布のぬいぐるみ。

 彼の知る綿の入ったぬいぐるみではなく単純に布で形を作っただけのぬいぐるみ。

 それ自体が問題ではなく、それの持ち主が問題だ。

 この家の食料や家財道具から、三人一家。父母娘の三人。

 アズラットは魔物である。

 人ではなく、人の倫理に縛られる必要はなく、己の思うままに生きる存在である。

 しかし、アズラットはそうでありながら、善人に近い思考性を持つ。

 誰か困っている人がいれば助けたい、問題があればなんとか解決する手立てを打ちたい、窮地にある人を救いたい。

 既にこの家の住人はアンデッドになっているか、あの世に行っているかのどちらかだろう。

 その彼らを救うことはできない。だが彼らのためにできることはある。

 それを行った存在を倒す……すなわち代わりに復讐すること。

 別にそれをアズラットがする必要はない。

 急いでやる意味もなく、結果的にいずれは果たされるだろうことである。

 しかし、布のぬいぐるみを見てアズラットは思う。

 自分は少し他人事で考えすぎていた、と。

 実際他人事である。アノーゼに頼まれヴァンパイア退治を行うとはいえ、基本的に他人事である。

 ただ、被害者に子供の少女の存在がなかったならば、そうだっただろう。

 アズラットは自分を抱えていた子供、シエラのことを思い出す。

 彼女もまたこの家の娘のように……アンデッドたちに殺されていたかもしれない。

 彼女は無事だったがこの家の子は死んだ。

 子供だから、大人だからと年齢を理由に語るつもりはないが、それでもやはり無垢な子供が殺されるのには怒りが湧く。

 そういう性質だからこそ、アズラットは改めてヴァンパイア退治を決意する。


(はあ……少し落ち着こう)


 改めて決意したとは言っても、急いだところで仕方がない話である。

 逃がせば元も子もないし、倒せないと意味がない。

 適当に突っ込んで満月の夜、相手が強くなるかもしれない時に戦うのはよくないし、アンデッドに囲まれると危険があるかもしれない。

 あらゆる可能性を想定し、さまざまな相手の調査を行ったうえで、出来る限り不意打ちで相手に不利な状況を作り戦う。

 決してアズラットは弱くないが、相手を逃がさず確実に倒しこの世から消し去るためにあらゆる手を打つ。


(とりえあず、ここが使われることはなさそうだ。しばらくいろいろと調査を……まずは相手のいるところ、相手の行動、アンデッドの総数をできれば。あと、被害者側の生き残りの問題もあるか……別に全部殺し尽くす必要はないんだろうけど、中にはヴァンパイアに心から従っている奴がいるかもしれない。そうでなくとも従属ヴァンパイアになった時点で扱いは魔物だからな……まあ、殺さなければいけないってことはないだろうけど。アンデッドの生き残り……はどうしよう? 流石に外にいるアンデッドまで全滅させるのは大変だろうしな……)


 アズラットでもすべてに対処することは難しい。

 ヴァンパイアだけならばさほど困難ではないにしても、アンデッドの全滅は難しい。

 ヴァンパイアを倒した後のアンデッドの行動の問題から、人間側がヴァンパイアを倒されたときにどう動くかも不明。

 魅了などの精神操作による支配を受けているだろう人間に関してもどうなるかわからない。

 ヴァンパイアとなった冒険者ギルドの人間は? 兵士に紛れているアンデッドは?

 全てを考えて行動したくとも、全てを考えると先のことを考えすぎて何もできなくなるし必要な情報が多すぎる。

 アズラットがするべきことは最終的にはヴァンパイアを倒すこと。

 できればその被害者の救済。場合によっては殺害。

 その程度でしかない。その程度しかできない。ただのスライムであるがゆえに。






 調査には日数がかかった。いや、かかる。

 調査はある程度行われたが、まだ継続状態である。

 まずその原因の一環として、そもそもヴァンパイア自体に動く様子が見られないということだ。

 ヴァンパイアのいる場所はこの都市の都市長……とでもいう存在がいるだろう都市庁舎のような場所であるのがわかっている。

 ただ、それは一応あくまで推定になる。

 流石にいきなり都市庁舎に入るのは無理だ。

 そもそも入口が兵士で固められているので簡単には入れない。

 ただ、入って調査をする必要性があるのは感じている。

 ヴァンパイアは基本的に動かないが……満月の夜に外に出てくることは判明している。

 これが判明するまでそれなりに時間がかかった。

 もっとも、出てくるからなんだという話になるわけであるが。

 その間はヴァンパイアが中にいないので調査がしやすいというのはあるかもしれない。


(まあ、侵入口なんて考慮しなければ色々あるけど……問題は侵入を感知された場合だな。流石にそれを感知してくるとは思えないが……そもそもヴァンパイアがどの程度スキルを獲得できるのかもわからん。っていうか、満月に元気になるヴァンパイアって? いや、月と魔の関係とかいろいろなことを考えれば有り得なくはないのか? 満月だけなら狼男とかそっちと混じっているんじゃ……まあ、そもそもこの世界のヴァンパイアがどういう性質なのかとか、俺の知っているヴァンパイアとの違い、伝説の混同によるヴァンパイアという存在の性質の変化……この世界に生きているヴァンパイアには関係のない話か)


 アズラットの知るヴァンパイアはこの世界のヴァンパイアではなく、あくまで前世と思われる知識の中のヴァンパイア。

 ゆえにこの世界のヴァンパイアがその知識の存在と同性質であるとは限らない。

 アノーゼに聞ければ一番であるが、聞けば教えてくれるようなことは考えた時点でアノーゼから勝手に教えてくれるだろう。

 そもそも彼女から頼んできたことである。必要な情報は十分与えてくれるはずだ。

 それを与えないということは、与える権限がないということである。

 もしくは知らないという可能性もあるが。

 まあ、もともとアノーゼに対しては過度な期待は抱いていない。

 ある意味仕方がないことであると思っている。


(できればいないときに侵入したい……一番はあれが眠る場所を調べられれば。眠っている最中なら不意打ちは完璧にできる。真上に穴を開けられれば一番だが……あの建物の一番上で眠っているものかね。自分を偉い存在だと思っている奴は建物の一番上を好む性質がある、みたいな感じだが……一応光がダメなんだから光の入りそうにない場所にいるべきだよな、地下室とか。いや、<知覚>で地下があるのは知っているが……あれってたぶんいざという時の逃走経路だよな)


 通じている先は不明であるがアズラットは最近作られただろう都市庁舎の地下通路の存在を<知覚>で把握している。

 光の入らないそれは恐らくヴァンパイアがいざという時に逃げるために作られたものだろう。

 アズラットは用意周到な、と思いつつ、同時にそれだけのことを考えられるヴァンパイアのことを厄介に思っている。

 いざという時は逃げる。それはつまり倒せず逃げられる危険性があるということなのだから。

 それを知ったからこそ、余計に事前調査と事前準備が必要だ。

 だからこそ、今すぐ急いで倒すことはしない。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ