023 数の脅威、武器の脅威
急速に移動してきた魔狼たちの行動。
アズラットはスライムであり、どうしても初動は遅い。
事前にどうするかを判断できていればともかく、突然の行動に対応がしづらい。
魔狼が襲ってくる、それをきちんと先に認識していればアズラットも行動できないわけではなかった。
だが、実際には魔狼の突然の行動に攻撃の対応も逃亡の対応も取れなかった。
そして複数の魔狼に襲われ攻撃を受けてしまう状況になったのである。
(ぬおっ!? くっ、いきなり襲ってくるとか! いや、大丈夫? すぐに危険はないけども!)
しかし、襲われたアズラットはそこまで大きな問題にはならなかった。
(周りにグルグル回ってるけど、流石に全員は襲ってこないか)
まず、魔狼たちはアズラットに襲い掛かってくるが、アズラットの大きさが問題になってくる。
魔狼の最大のアドバンテージとも言える数はアズラットが小さいゆえにそれを生かせていない。
アズラットに一度に襲い掛かれる狼は一体、上手く囲んでも二体がいいところだろう。
囲むだけなら周りを囲めるが、噛みつくのはどうしてもアズラットが小さいので難しいのである。
ならば爪などで攻撃しようにも、やはりアズラットの小ささがネックとなる。
(だけど、くっ、逃げづらい!)
しかし、相手側の有利が無くなったとはいえアズラット側が有利になったわけではない。
事実として周りを囲まれているし、アズラットが一方的な攻撃を受けていることには変わりない。
アズラットは体の総量がその大きさに見合わない大きさと量であるゆえに、見た目の液状にそぐわない防御力になっている。
その防御力のおかげで魔狼に噛みつかれてもすぐに核を砕かれることにはならない。
しかし、いくら防御力が高くとも無敵と言うわけではない。
このままの状態が続けばいずれ削られ核を噛み砕かれることになる。
(<圧縮>を解除!)
そこでアズラットは自身の<圧縮>による体の大きさを小さくする圧縮状態を解除する。
魔狼に噛まれている状態で。
そうするとどうなるのかと言うと、当然元の体の大きさに戻る。狼の口の中で。
「グォッ!?」
膨れ上がるように、スライムの体が大きくなる。噛みついている狼の口も、それに合わせ広がる。
アズラットの体の大きさは明らかに口が開く大きさを超えている。
それゆえに、狼の口は途中で開放の限界を迎え……その大きさを超えてスライムが押し広げた。
肉を引き千切る嫌な音共に、狼の口が真っ二つに引き裂かれる。そのまま大きくなったスライムが周りの狼へと延びる。
「グァオッ!?」
周りを囲う狼のうち一体がそのスライムの広がりを避けることができずに飲まれる。
スライムに呑まれてもすぐに死に至るわけではないが、液状の体に呑まれじたばたとするしかできない魔狼。
そのまま呼吸もできず、抜け出せないまま徐々に弱り、最終的に死に至る。
「グルル…………」
二体の狼、片方を殺し片方を飲み込んだ謎の巨大で強大なスライム。それを魔狼は危険視する。
最初は周りを囲むようにしながら様子を見ていたが、二体減ったという点はかなり厳しいものである。
「グルォッ!」
「グァッ!」
「グオンッ!」
一体が吠え、それに他の二匹が応える。そして三体の魔狼はその場から去っていった。
三体でアズラットに挑むのは不利と考えたのだろう。
仮に勝てても数は減るし、そもそもスライムはあまり糧にはならない。
襲うだけのメリットがそれほどないと魔狼たちは思ったのだろう。
最初に襲ったのは弱い相手を見つけたことの条件反射に近い。
(…………逃げてったか。まさか仲間を呼ぶ、とかはないよな? それがあると危険だな。すぐにこれ全部を何とか消化、して、いけるか? 近づいてくるのを探知するとして、できるだけ全部を食べる。駄目そうなら残してすぐにスライム穴へと逃亡……うん、それだな。いきなり襲われた時はどうなるかと思ったけど、一応はなんとかなった。でも、こっちも咄嗟の行動は出来なかったな……そこは要注意だな)
三階層に来ての初めての戦闘はアズラット側の勝利に終わった。
しかし、同時にいくつも課題の見つかる勝利だったと言えた。
三階層に来てアズラットが味わった最初の脅威は魔狼による数の脅威である。
もっとも、それはあまり実感はなかった。
数の脅威と言ってもアズラットが味わったのはせいぜいが周りを囲まれうまく逃げられない状況くらいだろう。
それ以前に噛みつかれ逃げられなかったし、そもそも逃げる行動をとる前に襲われたのであまり意味はなかったと言える。
むしろ数が多いだけならばアズラットにとっては脅威になりづらいことが分かったともいえるかもしれない。
だが、次に発見した魔物。
それはアズラットにとっては脅威になりえるかもしれないものが存在していた。
(武器持ち……だと……!?)
魔狼たちの群れの次に発見したのはスケルトンである。
しかし、そのスケルトンは二階層にいたものとは違っていた。
武器と防具。武器はボロボロで錆びているとはいえ、金属製の剣を装備している。
防具も同じようにボロボロであるが、こちらは武器とは違い木製の装備だ。
スケルトンとはいえ、武器と防具があるというだけで全くと言っていいほど強さは違ってくる。
そもそも二階層のスケルトンは素手であったこともあって基本的に全然脅威にはならない。
骨の体で素手で襲われてもどの程度のダメージを負うだろう。
アズラットにとっては零といってもいいくらいに危険はなかった。
しかし、三階層に出てくるスケルトンは武器を持つ。それも金属の武器を。
(……流石に戦って防御力を試すのは危険か)
アズラットの体はスライムの液状質の体である。
本来の大きさから圧縮され、見た目よりも、本来のスライムよりも防御力が高い。
だが、性質として液状の防御能力は打撃には強くとも刺突には弱い。
斬撃は刺突よりはマシだが打撃よりは危険度が高い。
そして、重いものほど、硬いものほどその防御を突破できる可能性は高い。
金属はその二つが木製よりも高いだろう。
剣ではなく棍棒のようなものなら、少し不安になるがまだ大丈夫だろうとアズラットは思ったはずだ。
しかし、錆びてボロボロとはいえ金属の剣だとアズラットにとっては脅威である……かもしれない。
それは実際に受けてみればわかるだろう。
しかし、実際に受けて駄目だった場合、下手をすればその体が切り裂かれ核を破壊される。
そうなることはアズラットとしては認めがたい。
ゆえにスケルトンを相手に試すと言うわけにもいかない。
(厄介だな。まあ、スケルトンだから……動かなければ襲われることは基本的に回避できる。振動感知でも把握できるし、一応安全と言えば安全だな)
スケルトンに対してはうまくやればちゃんと危険を回避できるというのがアズラットの感想であった。
その後、スケルトンや魔狼の群れ、そして狼が食するメインの餌である大鼠などと出会う。
そしてまたここでもスケルトンと同じく出会う敵。
(……ゴブリンも出てくるのか。しかも武器持ちで)
スケルトンと同じように今度は武器と防具を装備した姿でゴブリンが三階層には存在していた。
ただ、いくらか出会い観察していく中、ゴブリンはスケルトンと違う幾らかの点が判明する。
(群れたり武器や防具に違いがあったり……なんでだろうな?)
ゴブリンが群れるのは習性としてある。
この階にいる魔狼に対抗するためか、集団行動の知性があるのかそこは不明だ。
共食いしないだけの食料があるから、と言うのもあるのかもしれないが、それ以上に奇妙なのは武器の違い防具の違いだ。
それぞれのゴブリンで装備している武器や防具に差異が見られる。
良い装備だったり良くない装備だったり。
(木製武器を装備しているのはかなりありがたいが……スケルトンよりもいい金属武器のもいるからな。あまりゴブリン相手には近寄りたくない気分だ)
場合によってはゴブリンはスケルトンの装備する錆びたボロボロの金属武器よりも明らかに良いと思えるものを装備している。
他にも装備も明らかに一部金属製や革製の装備をつけていたりする。
ただ、ゴブリンの体には見合わない物であることが多いが。
(冒険者から奪って装備しているのか? でも流石にゴブリンに負ける冒険者は……いないとは言えないか。ここはそれなりに危険が多いし。それに魔狼に襲われた死体から回収、と言うこともあり得るな。そうなるとここのゴブリンは結構厄介になる場合もあるか)
魔狼も含め、群れをつくることでの数の脅威、そして武器や防具などの攻撃力防御力を高める装備の脅威。
アズラットにとってはその中でも最も厄介と言えるのは武器の脅威だろう。
(攻略難易度が上がったな。でも、だからこそやりがいがあると言うべきか?)
本来の目的を忘れ迷宮攻略を楽しもうとするアズラット。
この後、生き残る事を最優先にとアノーゼに怒られるのであった。