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スライムのしんせいかつ  作者: 蒼和考雪
五章 奇縁の道程
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221 お別れ

 アンデッドたちの司令塔となっていたヴァンパイアを倒し、それによりアンデッドが弱体化した。

 そのアンデッドたちを冒険者が倒し、今回のアンデッドの襲撃の問題は解決した。

 それで今回の出来事が終結した……わけではない。


(さて…………流石にこれは戻れないよな)


 アズラットは馬車の方を見ながらそう思っていた。

 アズラットは最後にヴァンパイアを食らった場所から動かない。

 そんなアズラットに対し、馬車から下りた旅商人やアンデッドたちを倒した冒険者たちが見つめている。

 彼らはアズラットのことを警戒していた。それもそのはず。

 アズラットはアンデッドたちを一瞬で倒せる魔物なのだから。

 アズラットは本来ならばシエラによって従えられていた魔物と考えられていた。

 だからこそ旅商人は渋々ながらも馬車に乗せることは許しているし、シエラのペットとしての扱いを認めている。

 冒険者たちもアズラットがただの大人しいスライムの従魔だから安心していた。

 しかし実態は違った。アズラットはシエラの言うことを聞くこともなく、アンデッドたちに襲い掛かった。

 そしてアンデッドたちを一瞬で始末し、その明らかに異常な戦闘能力を見せた。

 冒険者たちと比べ圧倒的に強いのは結果からして明らかだ。

 そんなアズラットの存在を警戒せずにいられるはずがない。


(せっかく助けたのに、と言いたいところだけど……まあしかたがないか)


 アズラットの行動は冒険者たちにとって窮地を救う行動だったはずだ。

 だが、結果的にそうだとしても素直にそれを受け入れるかはまた別の話だろう。

 仮にアズラットに助ける意図があったといっても、そもそもなぜそれをしたのかも疑問だ。

 シエラのペットとして生活していた、シエラを助けるため、そういうことが考えに浮かんでも、実際には認めづらい。

 なぜならアズラットは魔物、スライムだから。それが思考の根底にある。

 魔物とてすべてが人の敵ではないし、知性がないわけではない。

 だが、魔物とはやはり基本的には敵なのである。

 エルフや人魚みたいに対話できる魔物もいるが、あれらはそもそも魔物として認識されていない傾向にある。

 ゆえに、アズラットの存在、行動を認めることはできていない。

 だから今、アズラットの行動を、次の動きを見極めんと彼らは見つめている。

 いざというとき逃げるために、行動するために。


 そんな行動をしているがゆえに、ある一人の行動を見逃してしまった。


「すらむー!」

「っ! シエラ!?」

「あっ!」


 旅商人、冒険者、それらが行動に気づかず、すり抜けさせ、幼い子供がアズラットへと近づいていった。

 止めることはできず、シエラはアズラットの近くに到達する。


<すらむー、戻ろ?>


 シエラはアズラットに<従魔>のスキルでそう話しかける。

 それを聞き、アズラットは嬉しく思う。

 彼女はアズラットに対して恐れを抱いていない。

 無知ゆえに、というのもあるがそれだけアズラットに信頼を抱いているのもある。

 それに、行動だけを見ればアズラットは彼女たちを助けた。

 他の人間のように魔物への偏見がないゆえにそれを認められる。

 それを嬉しく思うものの、そんな彼女に対してアズラットは無情な言葉を告げなければならない。


『(シエラ)』

<え? すらむー?>

『(俺はシエラと一緒にはいけない。馬車に戻ることはできないよ)』

<なんで?>


 アズラットの言葉に、とても悲しそうな顔をして、その言葉の意味をシエラは訊ねる。


『(もう、シエラとは一緒に行けない。それが許されない。俺はシエラと一緒にいることはできない。ここでお別れだ)』

<なんで!>「なんで!」


 スキルによる言葉と、シエラの声が被る。

 今の彼女は感情によりスキルの制御ができていない状態だろう。

 彼女に従えられている魔物が……いない状態だからこそ、まだその影響は少なく済む。

 その言葉を聞くのはアズラットだけだ。

 もっとも、その言葉を発したことによる声は他の者にも聞こえているだろう。


『(今の俺は彼らにとって脅威だから。シエラの家族や、一緒に進む冒険者たちにとって。皆を助けたとはいえ、それだけの力を有する魔物と一緒にいることは普通の人間にはできない)』

<すらむーは悪くない! 一緒に戻ろうよ!>「すらむーは悪くない! 一緒に戻ろうよ!」

『(できない。シエラとはここでお別れだ…………ごめん)』

<やだ! やだ! すらむー、一緒にいてよ!>「やだ! やだ! すらむー、一緒にいてよ!」


 子供ゆえの我が儘、幼い心にとって大切に思う物を離したくないという気持ち。

 それゆえに、シエラはアズラットの言葉を認めない。

 もとより自分と一緒にいた……友達とも、家族とも言えるような存在と好んで別れたい子供はいないだろう。

 何も悪いことをしていないというのが余計にそれを拒む。

 一緒にいてほしい、シエラがアズラットに望むのはそれだけだ。

 彼女の傍にいてくれるのはアズラットだけだったがゆえに。

 家族とは仲が悪い……ちょっと距離が開いている状態で、そこにアズラットが入り込み、その位置に入ってしまった。

 今アズラットがいなくなればシエラはどのような行動をとるかわからない。

 だが、アズラットはそれを理解していても、シエラから離れざるを得ない。

 今回の襲撃がなければまだ一緒にいれたかもしれないが、その力を見せた以上、もう一緒にはいられない。

 シエラの言葉は冒険者や彼女の家族にも届いているが……彼女の願いが叶い、一緒にいられたとして、果たして平常心でいられるだろうか。

 彼女の事を思えばできればその願いはかなえてやりたいところかもしれないが、アズラットの危険性を考えれば認めることはできない。


(このまま別れるしかない、けど………………)


 アズラットへの依存を残したまま、去るわけにはいかない。

 もしかしたらアズラットを追いかけてくるかもしれない。

 そうなった場合、アズラットに彼女を守ることはできない。

 そもそも気が付かず追いつけず、途中で命を落とす可能性も高い。

 このまま別れるのはシエラのためには得策ではない。

 ではどうすればいいか、それを考える必要があった。


『(シエラ、君にこれを)』

<…………これは?>


 アズラットは己が<同化>で自身に保持していた指輪をシエラに渡す。

 己が受け取った、幽霊からもらった指輪を。

 渡せるもの他にもたくさんある。深海の財宝から手に入れたお宝はいろいろとある。

 だが、それを渡すのは何か違うと感じていた。

 アズラットが渡すべきものは、心に残るもの、思い出であるべきだ。

 決して財宝のようなただ価値がある物ではない。

 ならば何を渡せばいいのか、と考え思いついたのが人を助けた時に……人の心を助けた時に受け取った指輪だ。

 自分が彼女の心を助けた時のように、この指輪がシエラの心を助けますように。

 そんな想いがあったのかもしれない。


『(これを俺だと思って大事にしてほしい)』

<……すらむー?>

『(そう……っと、そういえば、シエラには俺の名前も教えておこうと思う。すらむーって名付けてくれたことが嫌ってわけじゃないんだけど、俺の本来の名前は別にあるからな)』

<すらむーはすらむーじゃない?>

『(すらむーでもあるし、別の名前もまた俺の名前だよ。俺はアズラットだ。覚えていてほしい)』

<アズラット>


 アズラットからシエラは指輪を受け取り、そのおかげか心はだいぶ落ち着いて、言葉はスキルのみに乗せられている。

 周りから見ればいきなりスライムが指環を取り出し、それをシエラに渡したかのようにしか見えない。

 不気味であり、そもそも指輪を渡すという好意に下手な人間は嫌な意味合いでの物を考えるだろう。

 魔物から贈られた指輪は将来彼女をもらい受けるという魔物の意思かもしれない、など。

 本人たちにとってはそういった意味合いで贈った贈られたものではないのだが、周りから見ればそう取られかねないということだ。

 もっとも、周りから見た物事は本人たちのやり取りには関係ない。


『(俺はもう行くよ。シエラ、俺がいなくとも……精一杯、一生懸命生きてほしい。それを大事にして、シエラが望むように)』

<すらむー!>


 最後にシエラがアズラットにかけることのできた言葉は、いつも彼女がアズラットを呼ぶ呼び方だった。

 アズラットの名前を教えてもらったとはいえ、それをすぐに自分の中で置き換えるのは難しい。

 シエラは去っていくアズラットの姿を見送ることしかできなかった。受け取った指輪を残して。

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