220.5 記録Ⅲ
私が手に入れた……捕まえた、いや、掴まえたかな? そんなスライムとの生活。
別に生活って程のことはしていないけど、その時はずっと、そのスライムと一緒だった。
寝るときも起きているときも片時も離さず……もしかしたらちょっと離してたかも?
多分スライムの方が私から離れないでいてくれたんだろうな、と後で思った。
そんなふうに私は家族に愛されない……弟の方が優先されてる中スライムを癒しに過ごしていた。
ただ、そんな日もそこまで長くはなかった。大陸を渡った先のある場所での出来事。
その時のことが原因で私が一緒にいたスライムの状況は一変する。
その出来事自体は噂で幾らか怪しい雰囲気があったという事実はわかっている。
私の持つ記録にも、その時聞いたことはいくらか残っている。
アンデッドの出現、その出来事に関して。
別に私に関係のあることではなかったから特に気にしなかった。私が気にしても仕方がない。
馬車には冒険者の人が守りについている。
私は何ができるわけでもないし、スライムを抱きしめているだけだ。
まあ、それでも話自体は聞いていたから覚えている。詳しくは知らないけど。
その日も私たちは普通に馬車で移動していた。
だけど、森の暗い所を抜けるとき、馬車を塞ぐように現れたらしい。
前も後ろもアンデッドに塞がれて、馬車は立ち往生。
そして横合いからもアンデッドが襲ってくる。
数が多いし、アンデッドはなんか兵士みたいな装備もしているらしく強かったらしい。
黒いローブの誰かがいてそれが他のアンデッドを操っていた。
たぶんスキルか何かで操っていたんじゃないかって。
そのせいで冒険者もアンデッドを倒せなくて、外では争っている喧噪がしてた。
私はスライムを抱え、馬車の中にいるお父さんたちと一緒に怯えていた。
そして、私は自分の抱えるスライムに対し、スキルを使いながら言葉をかける。
そのことに私は何か意図があってやったわけじゃない。
ただ、怖かったから声をかけただけだと思う。
それをきっかけにしたんだと思う……多分、そうだと思う。
私の抱えるスライムは、その時私から離れた。
スライムは大きくなった。私の子供の力で抱きかかえていることができないほどに。
後でスライムの行動について聞いた限りでは、スライムは馬車くらいは平気で飲み込めるくらいに大きくなったらしい。
当然そんな大きさのものが私の腕で抱え込めるはずがない。
広がる力で腕が広げられ、スライムは逃げて行った。
ううん、逃げて行ったわけじゃない。スライムは、アンデッドたちとの戦いに行った。
私はそれを追ったけど、さすがにアンデッド相手に突っ込んでいけるはずもなくて、馬車から下りても何もできなかった。
スライムはまず後ろのアンデッドを一瞬で倒した。
その後、馬車を飛び越えて前のアンデッドを倒した。
それからは冒険者たちのことは無視し、アンデッドが強かった原因の黒いローブの人に襲い掛かった。
他のアンデッドと同じであっさりと黒いローブの人を倒し、その結果アンデッドは弱くなる。
そして冒険者たちがアンデッドを倒し、私たちを襲っていた脅威は排除された。
その時私はこれでもう大丈夫、問題ないと思っていたんじゃないかなと思う。
たぶんそう思ってたはず。だけど、実はそうじゃない。
この出来事は、私とスライムにとっては大きな問題だった。
想像してみればわかる。アンデッドを一瞬で倒せるスライムが、私の手の中にいたという事実を。
でも私は別にあのスライムのことを気にすることはなかった。
だって、あのスライムは私にとって信頼できる相手だったから。
<従魔>のスキルは私は実際に持っていたし、それでスライムと会話をした。
スライムの心、気持ちはわかっていた。
もちろんスライムのすべてを理解していたわけではないけど、それでもあのスライムが悪い心を持っていたわけじゃないのは知っている。
あの時の声を思い出せば、助けてくれるつもりで動いたというのは理解できる。
だけど、それはスライムの声、意思がわかる<従魔>のスキルを持っていた私だけ。
他の人が、スライムのことをどう見ているか、どう見えたか。それを考える必要があった。
私はスライムの所に走った。私たちを助けてくれた、救世主……は言い過ぎだけど、勇者だった。
それも言い過ぎ? 冒険者の人や、お父さんは私を止めようとしたけど、止められなかった。
私の行動が早かったからだと思う。近づいてまで引き戻そうとはしなかった。
たぶん私がスライムの方に行っちゃったからだと思う。
お父さんたちや冒険者はたぶんスライムのことが怖かったんだと思う。
まあ、アンデッドを一瞬で倒したしね。
近づいて、スライムと一緒に戻ろうと私はした。だけど、戻れなかった。
その時、私は正式に、きちんと、ちゃんとしたお話をスライムとすることになった。
<従魔>のスキルでスライムとお話しできるのはあまり詳しい内容じゃない。一言くらいで短い。
だけど、スライムの方から……あれは<念話>らしいけど、それでお話をした。
一緒には居られない、と。どうしてとその時は思ったけど、スライムも理解していたのだと思う。
あのスライムが私たちにとってどれほどの脅威なのか、自分自身で理解していたんだと思う。
一緒についていくことはできない。ついていってもいい未来はない。むしろ命を失う危険がある。
<従魔>のスキルで操られていない、意思を持つスライムという特異性。
どれほどの危険性を持つか、今ならわかる。
私は納得しなかった。でも、スライムを捕まえることもできない。
だって掴まえていたって大きくなったら抱きしめられないし。
そもそも、あれだけ早く移動できるのだから逃げることだって簡単なはず。
ぴょん、と跳ぶだけでもう追いかけられない。
もしかしたらあの時の私はちょっと逃げられたくらいだったら追いかけたかもしれない。
それくらい、その時の私はあのスライムのことを想っていた……それは今もだけど、いちばんはあの時だろう。
じゃなきゃ私の基本となった『私』が今の私の状態になるわけがない。
ともかく私はその時スライムに留まってほしい、残ってほしい、一緒にいてほしいと思っていた。
スライムはそれをできないとばいばいと手を振ってお別れしようとした……けど、それだけじゃない。
その時、スライムは私に残してくれたものがある。
まず名前。私はスライムにすらむーって名付けていた。
とっても安直だと今は思うけど、その時の私は子供だから仕方がない。
だけど、私はスライムの本当の名前を教えてもらった。
アズラット。それがあのスライムの名前。
なんでアズラットっていう名前なのか、どういう理由でつけたのかは知らないけど。
それと、私はスライムから指輪をもらった。
謂れも知らない、どこから取り出したのかもわからない指輪。
それに関しては取り上げかけられたけど、私は絶対離す気はなかったし、たぶん取られたら子供心ながら殺すくらいはしてたと思う。
だって私とスライムの唯一のつながりで、私に残された唯一の思い出。
それを取り上げるなら、誰だって許さない。
その結果今も私はその指輪を持ち続けている。
でも、それはいつかスライムに返すつもりであるらしいけど。
そんな日は多分来ない、来れない。別れたスライムと何時になったら出会えるのかわからない。
それに、私だってそんなことばかりしているわけにはいかない。
今の私……『私』は商人なのだから。
だから私は『私』の代わりに、私に残された思い出を、『私』の想いを叶える。
『私』の心残り、それを私は私に残す。『私』の想いを、『私』の願いを果たすために。




