218 嫌な予感ほど当たるもの
旅商人の馬車は冒険者を乗せ、特に予定を変えることなく道を進む。
アンデッドの噂があれどもつれていく冒険者の数は変えることはない。
これに関しては変えられないということでもある。
旅商人はいつも同じ道、同じ村を通り、出来る限り同じ商品を仕入れて同じ経路を回っている。
当然ながら連れていく冒険者もできれば毎回同じにしておいた方が都合がいい。
これに関しては冒険者の仕事に対する信頼、冒険者をいつも雇っているという信頼、双方の信頼にも関わる。
いつもちゃんと仕事をする冒険者ならば問題なくきちんと仕事をしてくれる。
いつもちゃんと旅商人はこの時期に自分たちを雇ってくれる。
そういう二者の信頼があるというのが重要なのである。
別にそれで他の冒険者を連れていけないということでもないが。
しかし、予定と違うことをするといろいろと手間がかかる。
新しい冒険者の準備、冒険者のための準備など様々な形で。
アンデッドの出現というリスクがある以上そういった事前の危険に対する対処はあるべきだろう。
希望的観測で出ないと決めつけて行動するのはどう考えても悪手だ。
しかし、旅商人はそれを選べなかった。
結局のところいつも通りに荷を運ぶ、ということ優先した結果、いつも通りの冒険者たちで行くこととなった。
「……………………」
「……………………」
ゆえに馬車の中にはどうしても沈黙が満ちる。
アンデッド出現に関しての話は冒険者たちも知っている。
あくまで噂ではあるが、しかし実害があったという話もある以上その存在は確実なものだ。
それが出るかもしれないとなると冒険者でも不安はあるだろう。
もちろん彼らも相応に実力があるわけだが。
しかし、アンデッドとなると普通の魔物とは少し話が違う。
魔物の強さという点ではアンデッドは強さとしてはあまり然程ではない。
しかし、厄介さという点では話が違ってくる。
アンデッドは名前の通り、不死の性質を持つ魔物。
厳密には一度死んでしまったためそれ以上殺せない魔物というべきか。
死んだあと、何らかの要素……例えばスキルなどにより動かされた生きた死体。それがアンデッドである。
すでに生命活動を終え死亡しているがゆえに、心臓を破壊したり脳を破壊した程度では死なないことも多い。
四肢を切断し行動を不能にするか、身体に命令を与えている部分を破壊し命令を停止させるか、炎で灰にするか。
そういった方法を使わないとアンデッドは殺し尽くせない。
また、厄介さはそれだけではない。アンデッドは普通の魔物ではないというのは生命的にもそうだが発生としてもそうだ。
当然だが、生きていない魔物が普通に発生することはあまりない。
迷宮においてはゾンビやゴーストが出現することはあるが地上ではほとんどない。
それはそもそもそういった生まれる要因がなければ生まれない魔物だからである。
アズラットは実際にその原因に出会っているが、リッチなどのゾンビを作る魔物がいなければゾンビは生まれない。
迷宮のゾンビは特殊例であり、地上ではそういった手法を用いないとアンデッドの魔物は生まれない。
つまりアンデッドが出るということはその原因となる何かが存在するということである。
場合によってはそれと戦わなければアンデッドの猛攻を止めることができない可能性がある。
それゆえに厄介なのである。大抵のアンデッドを生み出す魔物というのは厄介な魔物が多いゆえに。
「特に問題はなさそうですか?」
「今のところはな。魔物の気配とかそういうものは特に感じていない。だよな?」
「ああ」
現状魔物が出てくる様子はない。だからこそ、彼らは問題なく進めるかもと思っている。
しかし、不安があることに変わりはない。まだ行程としては半分に差し掛かるといったくらい。
アンデッドが出てくる可能性が高いと考えられている森もまだ半分ほどである。
「何もなければいいんだが……」
「そうですね。もし出た場合ですが……」
「逃げるのが一番だな。アンデッドは基本的に足が遅いから」
「はい。それが一番ですね」
アンデッドは不死の生物。
しかし、無敵の生物というわけでも、元々の肉体の状態を維持されているわけでもない。
ゾンビやリッチの例でわかるが、死体や骨などの生物から外れた魔物である。
その歩みは彼らの特徴ゆえに遅くならざるを得ない。
ゆえにアンデッドからは逃げるのが一番得策であるとされることは多い。もちろん例外はあるが。
ところで、このアンデッドたちを相手にして帰ってこない冒険者、商人の存在があることを忘れてはいけない。
彼らとてアンデッドの脅威に関して理解しているはずだ。しかし、それらの被害を受けた。
それが一体何を意味するのか……彼らはこの時点で詳しく考えてはいなかった。
(うーん、逃げればいいって言うのは確かにそうなんだろうが……)
アズラットは会話を聞き、いろいろと考えている。
逃げられるならば今まで被害を受けていないのでは、と思うところだ。
もちろん倒せると考え挑んだ結果襲われ死んだ、敗北したというのは可能性としてはあり得る。
しかし、本当にそうだろうか。それ以外の可能性ももちろんいろいろとあり得る。
(例えばアニマルゾンビ、動物系の足の速いゾンビがいる場合とか。あとは……アンデッドは基本的に本能的、頭が悪い魔物だが、司令塔が存在する場合は話は別だ。行き先にゾンビ類を配置し逃亡を阻害する、とか? まあいろいろと考えられることはあるわな。そもそもアンデッドの数も種類も分かっていないのに安直に大丈夫だと思う理由もないだろうし。やばい可能性があるとすれば……ゾンビパニックとか?)
別にゾンビである必要性はないが、アンデッドの代表的な事例なのでゾンビとしているだけである。
そもそもアンデッドに区分される魔物にはデュラハンなどの魔物もいるためそういう魔物ならば動きが早いだろう。
まあ、そういう足の速いアンデッドの存在はともかく、重要なのはそちらよりも司令塔の方。
そして、何よりも数の問題もあるだろう。
司令塔がいる場合、逃げ道にアンデッドを配置することで逃げることを防ぐことができる。
またアンデッドたちを効果的に使い冒険者に対し有利に行動することができるかもしれない。
そして、数。数は多くの場合のそれそのものが脅威である。
羽虫が無数にいたところでそこまで大きな脅威とはならないかもしれないが、甲虫がたくさんいれば危険である。
ゾンビは確かに雑魚であるが、それは他の魔物に比べて。
最弱の魔物スライムならばともかく、ゾンビはそれなりに強い。
耐久力があり殺しにくく厄介であり、それが数をそろえてくるのならばかなりの脅威となる。
(……流石に数が多いのを隠しきるのは無理だと思うから多分ないかな? まあ、司令塔の存在にしろ、足の速いアンデッドの存在にしろ厄介なことには変わりないか)
流石にアンデッドの数が多いのならばそれがわかっているはず。隠しきるのは難しいはずだ。
であれば、司令塔か足の速い魔物という想定になる。
そしてどちらにしても厄介なことには変わりない。
さらに言えば、両方という可能性もあり得なくはないのだから。
(……っ、これは)
そんなことを考えていたアズラットが、<知覚>や己の振動感知能力により魔物の存在を感知する。
それは数が多い、移動が速い。森の中から一直線に旅商人の馬車を目指している。
(本当にアンデッドが来た……まあ、そんな予感はしていたけどさ……)
アンデッドの来訪。それが旅商人の馬車を襲った。




