215.5 記録Ⅱ
スライムと言えども魔物は魔物。
捕まえて連れ帰った私は両親……お母さんはともかくお父さんの方から大目玉を食らう。
でも、当時の私はお父さんとお母さんとは仲が悪かった。
だからそんなふうに文句を言われても全く気にしなかった。
私から奪うな、絶対に離さない、もし奪うつもりなら一生許さない。
そんな事を思いながら離さずその手に抱え、だれにも渡さないと強い意志を周りに向けて。
魔物の脅威は理解できる。
当時は全くと言っていいほどわからなかったけど、今はもう知っている。
スライム一匹でもその時の私だったら下手をすれば死んでいたということくらいもう知っている。
でも、そのスライムが特殊で特別だったから私は無事で、そのスライムと一緒の時間を作ることができた。
お父さん、両親としては私に対して負い目を感じていたのもあるかもしれない。
スライムの大人しさ、冒険者の人の執り成し、私への負い目、そういった様々な事情がスライムを連れての旅を許す結果になった。
それに関しては私としてはありがたかったし、とある出来事からも悪いことではなかった。
他にもいろんな理由でそれにはいい点が多かった。
冒険者の人にはいろいろ迷惑をかけたと思うけど。
そういえば、このことがきっかけで私は<従魔>のスキルを手に入れた。
当時は全く理解できていなかったけど。
この<従魔>の取得の最大の要因は冒険者の人。
あの時私が<従魔>について教えられなかったら、手に入れていなかったと思う。
スライムは<従魔>で従えたわけではなく、最初から動かなかったから私で抱えることができた。
他のスライムに<従魔>を使って後で理解したけど、普通はスライムはそこまで高度な意思は持たない。
一応<従魔>のスキルで命令には従ってくる、支配されてくれる、言葉を返してくれる。
それはないわけではない。でも、それは本当に大まかな、大雑把な意思だけ。
私の質問に対し考えて言葉を返すなんて真似は難しい。
ましてや私やその関係者、両親、人間の気持ちを考慮した返答とかそんなことをしてくれるわけがない。
この時私が抱えていたスライムは本当に特別だった。何よりも、誰よりも。
そんなことをこの時の私は理解できていないけど、理解しなくても私には特別だった。
ずっと側にいればいいのに、一緒にいられればいいのに。そんなことを考えて。
その時の私にはそのスライムだけだった。両親に無視されて。
でも、諭されちゃったから少し心持は変わったけど。
『すらむー』……そういえば私はその時そのスライムをそんなふうに呼んでいた。
とっても極めて単純な名前。
種族名を文字っただけの……単純な名前過ぎてもうちょっと捻ったらと今では思う。
子供の私にそんなことを言った所で仕方ないけど。後々で別の名前がわかったし。
そういえばスライムとの会話は基本的に<従魔>のスキルを通してだった。
魔物との会話、というのは本来あり得ない。
<従魔>のスキルは意思の伝達による命令と支配が主。
言葉を返すことはできるけど、その言葉を返すということ自体普通の魔物はなかなか考えつかない。
本能的に言葉を返すことはあるらしいけど。
そういえばそれとは別に、ちょっと変わったこともあった。
一度だけ、<従魔>での言葉の返しがなかった、違う返しがあった。
後でこの時のそれは<念話>というスキルによるものだったと思う。
ちなみに普通の魔物はスキルを持たない。
そういう意味ではやっぱりあのスライムは特殊で特別。
まあ、私にとってはスキルの有無は関係がないけど。
旅の途中、スライムを有効利用しようという動きが出た。私は正直気に入らなかったけど。
なんで私のスライムをあなたたちに使わせないといけないの? 私の物なんだよ?
そんな感じに思ったんだと思う。実に傲慢な話。
それ以前にスライムの意思を確認してからそういうのを言いなさい、って言われそう。
実際<従魔>で聞いたらスライムは軽く容認してくれた。あっさりしすぎでどうかと思う。
この時の私はただスライムに物を食べさせる、という意味合いでしか理解できていない。
一応ゴミ処理的な意味合いであるというのはまだ理解の範疇だったけど……それも深くは考えてない。
今ではその当時のスライムに対する認識と、私のスキルの有無の確認をしたかったのだと理解が及ぶ。
そもそも私が<従魔>のスキルを持っていない前提を考えて調べたのだろう。
まあ、実際スキルは後で手に入れたんだし。
ただ、私がスキルを使ってスライムに命令をした……ように見えたから問題にはならなかった。
どっちかっていうと物を食べて成長するスライムの処理の方が問題としては大きい問題だったかもしれない。
普通はスライムは食べれば大きくなる、大きくなれば増える、そんな特徴がある。
スライムが物を食べる、というのは増える可能性があるということ。
大きくなる可能性があるということ。
それに何かを食べられるということは私たちに対する危害を加えることが可能であるということでもある。
そういう意味合いでは食べるということを行うことが危険の有無を確認することに繋がっている。
まあ、それ以上の問題にはこの時は気づかなかったんだけど。誰も。
スライムは食べれば大きくなる。それはわかっていたのに。
誰もスライムの大きさには気を払っていない。
私はずっとスライムを抱いていた。
私はずっと同じようにスライムを抱きしめることができていた。
それはつまりスライムは一切大きくなっていなかったということを意味する。
それに関して、当時は誰も理解していなかった。
私が『私』の記憶を記録として管理し整理してからようやくそれを理解できた。
つまりスライムは成長していなかった。しかし、スライムは物を食べていた。
物を食べているのにスライムは成長しない。それは有り得ないこと。
ならばなぜ大きくならなかったのか?
成長する要素がなかった。もしくは大きさの制限がかかっていた。
種族的な意味合いでそれ以上成長しないということはある。
まあ、スライムの場合成長要素がなくとも体積増加はあるみたいだけど。
ではなぜ? つまりは大きさの制限、増加の制御が行われていたということ。
後から考えると、大きさを一定にしていたと考えられる。
私がそうしたわけじゃない。元々から、つまりはスライムがそのようにしていたということ。
先にも言ったけど、普通の魔物はスキルを持たない。
<念話>のことも含めれば、二つ以上のスキルを有することになる。
普通の魔物でもスキルは持たない。持っても一つ、多くて二つ。
ありえないわけじゃないけどスライムではさすがに特殊すぎる例。
私はスライムを飼っていろいろと調べてみたけど、スキルを持った実例なんて一体もいない。
まあ、わからないだけという可能性はあるけど、それでもはっきり確認できる例はない。
それだけでもあのスライムはとても特殊だったということが理解できる。
そういえば、街の中に彼を連れて行くときはある意味一番大変だった。
私が離さないから余計に大変だったみたい。
私の冒険者登録すら考慮に入れていたかもしれないけど、まあいろいろとあって一応従魔扱いになった。
この従魔の扱いに関しては後に死亡で処理されている。
あの時のことはそういう扱いなのは仕方がない。死んでないけど。
あれだけ苦労させて死亡であっさり処理されるのはどうかと思うけど……変に面倒なことにならなくてよかったとも思ってる。
その時のことはまた後で思い出そう。
『私』が私を生み出した、最大の切っ掛け。
私の始まり。『私』の悔恨。
『私』は彼の想いを、選択を尊重した。
だからこそ、『私』はどうしようもなくなった。
私はその『私』の状態はあまり望ましいとは思えない。
だから、私は私の役目を果たす。




