214 スライム有効利用法
旅商人の馬車というのは基本的にあまり娯楽のない退屈な所である。
そもそも彼らは商売のために旅をしているのであり、どうしても娯楽は少なくなる。
前提としてそもそも娯楽を置くための場所が少なくなる。
冒険者も一緒なので馬車は複数あるが、それでも狭い。
運ぶ荷物、自分たちと所有品、冒険者とその持ち物。
それらを考えればどうしても持っていけるものは少なくなる。
とはいえ、全く娯楽がないわけではない。あまりに娯楽がないとそれはそれで旅が苦痛となる。
まあ、多くの場合は一緒に旅をする冒険者と近況を話し合ったりすることの方が多いのだが。
そんな旅商人の馬車であるが、旅の間の退屈は仕方のない所であるが、代わりに要所要所でしっかりと休息と気晴らしの時間を取る。
出来れば村などで荷物を下ろす際などに一緒に休みを取りたいが、馬の休息や馬車疲れの回避のために休みを取るのである。
シエラがアズラットを拾った時なんかはそんな気晴らしの時間の一つだったわけだ。
そのあたりを歩いてみて回ったり、ついでに周囲の様子を見て安全を確認したり、何かを狩りに行ってみたり。
冒険者らしくいろいろとやり、また思いっきり体を動かしたりなどをする時間。
「……………………」
<暇だね> <ひま?>
そんな時間でも、シエラは特に何をするでもなくアズラットを抱えてゆっくりしている。
まあ、シエラにとってはそんなアズラットと過ごす時間が癒しなのだろう。
馬車の中で自分に構わない家族と一緒にいる時とは違い、周りを気にせず開放的な場所でゆっくりとする。
そして自分はぷにぷにと弾力のある感触のいいスライム、アズラットを抱えその抱き心地を楽しむ。
<暇。何もできないし、することもないし。でも……すらむーと一緒だから楽しい> <たのしい?>
<うん、楽しい……かな。柔らかくて、気持ちいい> <たのしい>
(楽しいとはなんか違う気もするが、表現の仕方の問題かな。まあ、気が晴れるようなら何よりだが。そんなにスライムの感触っていいものかね?)
アズラットは自分の感触を楽しむなんてことはできない。
なのでシエラの感じている感触がわかるわけではない。
そもそもスライムの感触自体は本来そこまでいいものではない。
アズラットが<圧縮>している体だからこそ弾力があるのだ。
ゆえにこの感触を得られるのはアズラットのみであるというわけである。
「……………………」
アズラットの体の感触を癒しに、シエラはのんびり、ゆっくりと休みの時間を満喫していた。
そんな幼女の姿を見ながらそれなりの年頃である男たちが視線を向けている。
別に幼女に発情しているとかそういうものではなく、子供の姿を微笑ましく見ている物だ。
冒険者と言えども色々だが、この旅商人の馬車の依頼を受けているのは大体はいつもの仲間たち。
シエラも含め、みんな顔見知りのそれなりに知己のある間柄である。
ゆえにシエラの姿も微笑ましいものとしてみているわけだ。
「しっかし、いいのかね? あのスライム、本当に安全なのか?」
「わからん。注意はしておけ」
「ぶっ殺したほうが早いと思うんだが……」
「今のあの子の表情見てそれをできると言えるならやってみるといい」
「できるわけねーって……」
基本的に彼らの話題はシエラと彼女が抱えるスライム、アズラットに関してである。
冒険者としては自分たちのすぐ側にいる魔物の動向はとても気になるのは仕方のない話だ。
「まあ、あれだけ動かないスライムがいきなり暴れて襲いだす……とかはたぶんないだろうよ」
「確証はねーんだよな?」
「まあ、そうだな。そこはしかたない。あの子のスキルを確認できればまだはっきりするんだが……」
もしシエラが<従魔>のスキルを持っていれば、そのスキルで支配していると考えられるのでかなり安心である。
もっとも、シエラが<従魔>のスキルを持っていても、そのレベル次第ではアズラットを支配できるはずがないのだが。
少なくともスキルのレベルとアズラットのレベルが近しい状況になければ支配は不可能だろう。
本来ただのスライムならばある程度の差で支配できるが、アズラットの場合は高レベルの上に高度な意思体の存在である。
とても高い<従魔>のレベルでの支配でなければまず完全な支配はできない。
今の所シエラの<従魔>のスキルは意思伝達以上の役割を持っていない。
ちなみに現在のシエラの<従魔>のスキルは二十近く。
つい先日スキルを入手したばかりなのにそこまで上がっているのは、アズラットという高レベルの魔物への干渉を行っているからだ。
まあ、意思伝達程度のものであり、支配や命令は行われていないのだが、それでも使用頻度と相手のレベル差の違いが大きい。
「さて、そろそろ戻りますかねえ」
「おい。ゴミ、ちゃんと持ってくぞ」
「わかってらあ」
旅の途中のゴミは基本的に自分で回収するのが原則である。
きちんと処理をするならばその限りではないが。
道にゴミを置いておくと、街道に魔物、特にスライムが集まる。
雑魚とはいえ魔物が集まると面倒が増えるため、ゴミは道に捨てないことが普通である。
旅商人の馬車に乗り旅をしていると必然的にゴミが出てくるわけで、その処理が必要不可欠。
道に捨てるわけにもいかず、回収し村や町でまとめて捨てるのが一般的である。
「…………んん?」
「どうした?」
「いや、もしかしたらと思ってな」
「何がだ……」
「あれあれ」
男が指をさした方向にいるのは、シエラ……そして、その腕に抱えられているアズラットである。
「なあ、お嬢ちゃん。ちょっといいか?」
「…………なに?」
冒険者の男性に声を掛けられ、少し硬い声で返答するシエラ。
戸惑い、恐怖、驚き、邪魔などいろいろな感情が含まれている。
アズラットと一緒にゆっくりしている所を邪魔されたのだからそこに不満を持つのは仕方がない。
「いや、その、その抱えているの、スライムっていうのはわかるよな?」
「…………すらむー」
「あー、ああ、すらむーだな。そのすらむー、なんでも食べることができる生き物なんだ。お嬢ちゃんがずっと抱えているが、何も食べさせないでいるのは辛いんじゃないかなと思ってな」
「………………」
<すらむー、お腹すいた?> <たべたい>
(別にお腹はすいていないけどな。ただ、まあ、ここは食べておいた方がいいだろう)
アズラットは特に空腹感を覚えるようなことはない。
今までさんざん喰らい、貯め込んでいる状態に近いからだ。
だから別に特別食べる必要性はないが……一般的なスライムのことを考えるとその限りではない。
それに、アズラットは男たちの会話を聞いていた。この行動に含まれる意味に関しても。
「……確かにそうみたい」
「なら、食べさせてやってくれないか?」
「……わかった」
シエラは冒険者から……ゴミを受け取る。確かに食料にはなり得るが、ゴミはゴミである。
「すらむー」
<これ、食べる? 食べられる?> <たべる。のせて>
「ん……」
シエラはアズラットに言われた通り、アズラットの上にゴミを載せる。
そして、それはアズラットの体にずずずと取り込まれ、食べられる。
「………………」
その様子をじっと見つめる冒険者。今回のこの行動にはいくつかの意味がある。
一つは先ほど話していたように、ゴミ処理を行うこと。
スライムは何でも食べるため、その性質を利用しゴミを処理できる。
ただ、消化速度などを考えるとそこまで極端に万能であるわけではないのだが。
一つはシエラの能力の確認である。スライムに対しどの程度指示、命令ができるのか。
ゴミ処理を頼み、それ行えるか。
それでシエラがどの程度スライムを支配できるかの確認ができるわけである。
ここまでは旅商人、冒険者、シエラ側にとっていい内容だ。
実の所冒険者側にはもう一つの判断の確認ができている。
それはスライムが脅威となりえるかどうか。
ゴミを食べることができる、ということはつまり、食事を行う意志を持つということ。
場合によってはスライムを始末しなければならない危険性があるということを確認できたということだ。
まあ、シエラのスキルの支配下にあると考えられている限り、暴れたりしなければ特に問題はないだろう。
それにゴミ処理で役に立つのであればその利用が考えられている限り簡単には始末されない。
アズラットがシエラの言葉に対し、食べる意思を返したのはこのことに関して冒険者が語っていたのを聞いたためだ。
そのすべての内容を語っていたわけではないが、それでもシエラの支配下にあると見せるのが最も重要だろうと判断したうえでの行動である、
「これでいい?」
「ん? ああ、問題ない。これからも時々スラ……むーの食べるものを用意するから食べさせてやってくれ」
「……わかった」
その実態がゴミ処理に近いものである、というのはシエラも薄々気づく。
もっとも、アズラットが食べると言った以上問題はないだろうと思っている。
<すらむー、大丈夫だよね?> <だいじょうぶ>
<ならよかった>
心配はしていたが、大丈夫なら問題ない。
ともかく、これでアズラットの有用性も示され、とりあえず旅商人達の中で特殊な立ち位置に立つこととなった。




