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スライムのしんせいかつ  作者: 蒼和考雪
五章 奇縁の道程
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212 馬車の旅路

(………………暇、というか……やれることがない。流石に退屈すぎる)


 馬車での旅、それ自体はアズラットにとってはかなり新鮮味のあることである。

 知識の中に馬車に乗った経験はなく、この世界においてもアズラットが馬車に直接乗ったことはない。

 移動のために馬車を利用したことはあるが、乗ったことはない。

 旅商人の物とは言え、馬車の旅は新しい経験で新鮮な出来事である。

 とはいえ、そこに楽しいことは何もないわけだが。

 なぜなら、そもそもの娯楽が旅商人の馬車にはない。

 シエラと呼ばれたアズラットを抱える子供が不貞腐れるのも、その退屈さに原因があるのかもしれない。

 いや、さすがに彼女が不貞腐れるのは親に放置されているのが原因だが。

 しかし、彼女が何か興味を持つようなものでもあればそうはならなかった可能性がある。

 今はそれがアズラットであり、彼女はアズラットをぎゅっとその腕に抱きしめ馬車で大人しく座っている。

 その状況が一つアズラットの暇の原因でもある。

 子供の腕に抱かれ、動けない。動くわけにはいかない。


(まあ、さすがに離れるわけにもいかないしな……)


 子供……シエラのこともあり、アズラットは下手な行動はできない。

 それにこの狭い馬車の中でピョンピョンズリズリ動くわけにはいかないだろう。

 もっとも、アズラットの場合そのスキルもあり、動かずともどうとでもなるわけであるが。


(ずっとこの子を構わない親……虐待、ではないんだろうな。まだ幼い子供の方を優先的にしている。それゆえにこの子に取り合わないか……だから俺がこうして巻き込まれたのか。まあ、別にいいんだけど……悪い影響がでないといいが)


 アズラットは魔物である。

 その魔物を内に抱えている子供が後々どう成長するか、少し心配である。


(冒険者もいるから気を使うな。襲われはしないだろうけど、常に警戒しておかないと。殺されることはないだろうけど……用心は必須。それとは別に馬車の行方に周囲の状況もな。地図作りはしておかないと困るし。しかし、馬車での移動は楽ではいいな。動かなくてもいいというのも大きいが、なによりも速いのがな。まあ、俺も<加速>を使えばどうとでもなるが……それでもここまで移動が速く楽なのはまた別だからな。まあ、動けないんですけどね)


 馬車での移動は速い。何よりも楽である。

 まあ、代わりにアズラットは動けないので困っているところではあるが。

 子供はアズラットを抱えたまま動かない。それもまた暇の要因である。

 ペットを構うようにアズラットを構えば……とアズラットは思うところであるが、そういう様子もない。

 まあ、子供がアズラットの何を気に行ったかはその触り心地なのだろう。

 アズラットにペットとしての役割を求めてはいない。


「なあ、お嬢ちゃん」

「……………………なに? おじちゃん」

「……えっと、そのスライム、どうやって捕まえたんだ?」


 おじちゃんと言われてショックを受けている冒険者。

 子供の反応も少々反発的だが、まあそこは気にしていないようだ。

 まあ冒険者の年齢と見た目からの呼称はともかく冒険者が気に掛けているのはアズラットのこと。

 それは当然と言えることでもある。

 安全確保のためにアズラットの存在に対する注視は必要不可欠。

 そのうえで、アズラットがなぜおとなしくしているのかその情報から入手しなければならない。

 だから冒険者は子供に対し質問をしている。

 ちなみに、冒険者は同じ馬車に乗って旅商人に同行している。外の警戒に関してはスキルなどがあるので中でも十分。

 もちろん完璧ではないので外の様子を確認できるようにしたり、完全に外をみえない外から見えない馬車にしないなどの対応はある。

 馬車の上に乗りそこで魔物の存在を確認したりなどもしている。魔物以外にも盗賊の存在などもあるし。

 そんな話はともかく、アズラットを捕まえた時のことを冒険者はシエラに訊ねている。


「普通に、見つけて、捕まえた」

「……暴れたり逃げようとしたりはしなかったのか?」

「しなかった」

「…………ふうむ」


 冒険者は考え込むようにしている。スライムは基本的に自分に対し襲ってくるものから逃げる。

 基本的に逃げようとしたところで間に合わないのだが、今回の場合は捕まえるのが目的。

 ならば捕まった時点でスライムらしい抵抗があったはず……なのだが、前提からまず違う。

 スライムはシエラに対し、逃げようとも襲おうともせず、まったく動きを見せなかった。

 シエラの発言からそのすべてを把握できるわけではないが、少なくともそう考えられる程度の内容ではある。


「お嬢ちゃんが<従魔>のスキルを持ってる……えっと、そのスライムに何か命令、何かしろって言ったりしたのか?」

「…………? よくわかんない」

「そうか……」


 そもそも子供であるシエラがスキルを持つ事例は極めて稀だ。

 子供でもスキルの獲得は有り得ないことではない。

 しかし、五歳で相応に精神的な成長をしていてもスキルの獲得までの発達は普通はなかなかない。

 そもそもスキルというものに対する認識もほとんどないだろう。

 取得したところで伸ばすことも難しいかもしれない。

 無意識的に、または親から意識的にスキルの取得をさせることは不可能ではないためありえないわけではない。

 だが、<従魔>は少々スキルの中でも特殊であり、条件的にありえない。

 似たようなスキルはまだあり得るとしても、どちらにしてもスキルの取得は流石にないだろう。


「ってことはもともとそのスライムが大人しいのか…………?」


 冒険者はスライムに対して疑念を抱く。果たして本当にただの普通のスライムなのか、と。






「じゅうま……?」


 シエラは冒険者から言われたことを考えていた。

 冒険者が自分が抱えるスライムのことを気にしていたことは流石にわかっている。

 それゆえに冒険者の言っていたことはスライムに関わることなのだろうということが理解できる。

 まあ、その内容を詳しく理解できるわけではない。

 だが、そういうことはなんとなく雰囲気的に察し理解できるだろう。


「じゅうま……」


 『じゅうま』とは何か。シエラはわからず、しかし己の中で反復して唱える。

 自分の抱えるスライムに関わるもの。スライムに命令、何かしろと言えるもの。

 先ほどの会話をそのまま捉えるならば、そういう内容になるのではないか。

 シエラはそう思い……そしてその意味を別に考える。

 スライムに何かを言える、というのはつまり話せることなのではないか?


「…………」


 自分の抱えるものは、生物である。

 捕まえ、そのぷにぷにとした弾力に愛しさを抱いたものであるが、生物である。

 ならばもう少し、今こうしてギュっとしている以上に関われる方法があるのではないか?

 でも放したくないから放すつもりもない。

 それに生き物なら、話したら逃げるのではないかという思いもある。

 じゃあどうしよう。そう彼女は考え、冒険者の言葉からスライムと話す手段があればいいのでは、話すのはどうか、と考えた。

 スライムと話したい、スライムと話す方法を得たい、ただ一心に、それだけを考える。




(疑念を抱かれたか……面倒な)


 アズラットは冒険者の言葉を聞き、そう考える。まあ、ある意味仕方のないことでもある。


(どうするかな……いや、まあ大人しくしてるけど)


 ずっとこのままでいいのだろうか。そう思いながら、大人しくしているアズラット。

 そんな中、アズラットは己に話しかけてくる存在に気が付く。

 それはアノーゼではない。<アナウンス>とも、<念話>とも違う、特殊な伝達。


<すら、むー>

(え?)

<あなたはすらむー>

(えっ!? えっと、今の、この子の声……だよな? 耳がないからそこははっきりわからん……いや、振動でなんとなくわかるんだけど。いや、そこじゃなくて。今の声……直接脳内に? いやいやいや!?)


 アズラットの精神に直接声をかけてくる存在……それはシエラの声。

 この世界におけるスキルの獲得は、スキルを欲しいとはっきり思うことで成立する。

 しかし、なんのスキルが欲しいかわからずとも……一心に、ただひたすらに願うことで、思ったことに関わるスキルを得ることもある。

 もともとこの世界におけるスキルの取得はそういった一心からの願いが元である。

 それゆえに、シエラは<従魔>のスキルを得た。

 これは冒険者の言葉も一つの原因であったのだが。


(……もしかしてすらむーって俺の名前か? スライムだからなあ。ちょっと単純だけど、まあそんな感じの名づけになるのか……まあ、今は仕方ないか。ペット扱いかー)


 その伝えられた名前にちょっと言いたいことはあるが、しかし文句も言えないので仕方がないと思うアズラットであった。

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