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スライムのしんせいかつ  作者: 蒼和考雪
五章 奇縁の道程
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211 小さな騒動

「シエラ! その魔物を放しなさい!」

「嫌っ!」


 旅商人の馬車。その馬車に戻ってきた子供と、その父親で少し言い合いになっている。

 理由は子供の連れてきた魔物。スライムの存在である。

 当たり前だが通常スライムというものは魔物であり危険な物。

 危険度合はとても低いが、それでも危険なことには変わりがない。

 魔物を馬車の中に入れるなど、スライム程度でもあり得ない。

 中にはスライムを連れてきた幼女よりも幼い子もいるのだから。

 それ以外にも魔物が近くにいることによる問題もあるだろう。

 基本的に冒険者を自分の旅の守りとして雇っている。

 街から街への移動の間、それなりに付き合いのある冒険者たち。

 その冒険者の能力の中には魔物の探知、危険の探知の能力があるのだが、スライムはその邪魔となり得る。

 弱いとはいえスライムも魔物。

 <魔物感知>のスキルには常に馬車の中に存在する魔物の気配が引っかかる。

 襲ってくる魔物の危険、それを探知するうえで常に引っかかるスライムの気配はかなり邪魔な物だろう。

 まあ、様々な理由があるが、一番の問題はやはり自分たちにとって危険であること、連れている子供にとっても危険であることだ。

 スライムは知恵ある生き物ではない。知性のある生き物ではない。

 本能で他者に襲い掛かる生き物である。


「その生き物は危ないんだ!」

「危なくない! 何もしてこないもん!」

「いや…………」


 スライムは自分を捕まえている子供に何もしていない。だからこそ余計にその危険を伝えづらい。

 そもそも、最初に言い合いになった時点で子供の方が話を聞かなくなっているのである。


「ともかくその生き物は危険だから放しなさいっ!」

「嫌! この子は私のなの!」


 子供は頑なだ。それは幼いがゆえの我が儘も理由にあるだろう。

 まあ、それ以上に反発心もあるだろうが。

 一番はやはり自分が手に入れたスライムが、自分の物だという意思が強いのが大きいだろう。

 すでに彼女にとってスライムは自分の物。誰にも渡したくない、唯一自分だけの物。

 しかし、そういった子供の反応、対応は旅商人としても困りものである。

 無理やり奪うべきか……そう考えていたところに、冒険者側から意見が出る。


「なあ、商人さんよ。スライムは別のそこのお嬢ちゃんに危害を加えてるわけじゃねえんだろ?」

「……そのようです。しかし、スライムがいるとなると邪魔となるでしょう?」

「まあ、何も影響がないってわけじゃない。俺の仲間もそこまで魔物を感じる能力が高えわけじゃないからな。だけど、そのお嬢ちゃんから魔物を取り上げるとそっちの方が問題になるんじゃねえか?」

「それはどういう意味ですか?」

「いや、あれがいればあのお嬢ちゃんは落ち着くだろう? いなくなった場合、あのお嬢ちゃんがどう行動するかもわからん。俺たちとしては依頼人の安全を守るために大人しくしてくれる方がありがたいからさ」


 子供はこれまでは不貞腐れたように、不満そうにじっとしていた。

 これまではそうだったからそれでよかったわけである。

 しかし、今この子供はそうではなくなった。

 物欲、スライムを得てそれを所有することに対する欲を持った。

 そしてそれを失うことに酷く恐れを抱く。

 いや、恐れとはまた違うのかもしれないが、ともかくそのスライムを失いたくないと考えている。

 仮にその魔物が奪われてしまった場合、どのような行動に走るかわからない。

 大事な物を奪われた子供がどのような行動に走ることになるか全くと言っていいほどわからない。

 そしてそれは旅商人とその家族、馬車を守る冒険者たちにとっても困る内容である。

 ならば多少影響は受けるにしても、子供を大人しくさせておくために魔物がいてもいい。

 いたほうがいいかもしれない。


「ですが……魔物の危険もあります」

「まあ、普通はそうなんだがな……あのスライムはお嬢ちゃんを襲ってないんだろう?」

「…………シエラ」


 旅商人が子供に声をかける。子供はその言葉に顔をそらす。

 聞く耳は持ちません、聞く気もありませんといった風に。

 先ほどのやり取りの影響でかなりへそを曲げているようである。


「シエラ、私が悪かった。その魔物を取り上げたりはしないよ」

「…………」

「ただ、聞きたいことがあるんだ。その魔物は、シエラに貼り付いたり、今着ている物を食べたり……したかい?」

「…………してない」


 抱えているスライムをそのまま下に下げて自分の服装見せる子供。

 スライムがその服に確かに触れているのを見ていたはずだが、その服には全く影響がない。

 スライムは透けているので掴んだままでも子供の手の様子を見ることができる。

 手を溶かしている様子はない。


「………………そうか、わかったよ」

「特に問題はないんだよな?」

「ないみたいです」

「普通はスライムはそういうもんじゃない。スライムは触れているものは溶かし、近くにいる獲物に襲い掛かるものだ。そんな知性のない魔物だ。だけど、このお嬢ちゃんの持ってるスライムはそうじゃない」

「そうですね」


 子供の持っているスライムは特に危険な行動をすることのない、安全な生き物……と言えるかは怪しいところだが、そういうものである。

 スライムは本来そんな意志を持たない生き物。

 だが今のようにふるまっているということは、そういう性質の生き物であるということになる。


「原因がお嬢ちゃんにあるのか、それともこのスライムの方にあるのかはわかんねえが……この魔物が襲ってくることがないのなら、放置していてもいい。もちろん注意は払ってなきゃ危ないがな。どんなものでも、危険がないように見えても、魔物は魔物だからな」

「………………」

「夜、寝ている間とかは一番気をつけなきゃなんねえ。ま、そこは夜番を含めた俺たちに大人しい魔物が側にいるとだけ伝えておけば別に問題はないだろうよ。ちょっと面倒はあるだろうけどな」

「面倒をおかけします」

「なに、たまにこういったちょっと面倒なことはよくあんのさ。商人さんとは長い付き合いだし、金払いもしっかりしてる、旅に必要なもんも提供してくれるからこれくらいは別にいいさ」


 旅商人はほとんど旅をして過ごす。それゆえに、旅に対する準備はしっかりとしている。

 そしてその準備の恩恵を一緒に旅をする冒険者たちも受ける。

 そのおかげで旅商人との旅をする冒険者はかなりいい旅の環境である。

 因果応報、情けは人のためにならず。良いことをすれば良いことが返ってくる。

 冒険者たちのちょっとした手間をかけて助けてくれるそれは、旅商人が彼らにしてきたことに対する恩返しのようなものだ。


「ありがとうございます」


 旅商人は頭を下げ、彼らの恩返しに感謝する。

 そういう人だからこそ、冒険者も恩返しをしようと思ったのだろう。






(本当は放してくれるのが一番よかったんだが。まあ、その場合俺が始末される可能性はあったな。別に襲われても無傷で切り抜けられそうだが。面倒ごとになったかもしれないと思うとこれでよかったのかもしれない)


 そんな子供と旅商人、そして冒険者のやり取りを見ていたアズラットはそのように思う。

 アズラットとしては、ずっと子供に抱かれているよりは自由に行動できた方が都合がいい。

 ただ、普段あまり見れないような、子供と一緒にいられるからこそ経験できるような内容を見れるかもしれないと思うと少し興味があるのも事実。

 また、子供のアズラットへの執着……アズラットでなければいけないわけではないが、その執着に対する気がかりもある。


(この子も俺を放そうとしない……離そうともしないんだよな)


 ここに来るまで、ここにきてからも、子供はアズラットのことを手放そうとしない。

 本当に大事な物、絶対に手放したりしないような、自分から離さないような、それくらいの執着。

 なぜそんな気持ちを抱いたのかは知らない。

 もしかしたら単純に自分が得た物に対する執着のようなものかもしれない。

 しかし、アズラットはそのあまりにも自分を離そうとしない様子に少し不安を抱く。


(……なんだろう、なんとかしないと困るような気がする)


 もしこのまま子供に掴まれたまま、ずっと進んで行った場合。

 果たしていつ子供はアズラットを放してくれるだろうか。

 流石に一生このまま、というわけにはいかないだろう。

 だがこのままいけば……どこまでついていくことになるだろうか。


(最悪逃げてもいいが、ただ逃げるだけだと……なあ)


 子供の心のことを考えても、ただ逃げるようにいなくなるのはちょっとどうかな、と思っている。

 自分の元から逃げるように去った場合、子供の心にどのような傷をつけるだろう。

 それに、先ほど冒険者が言った通り、もしいなくなれば子供はどのような行動をとるか。

 下手をすればアズラットを探しに来て馬車からいなくなるかもしれない。

 そう思うとアズラットも勝手な行動をとりづらい。


(何かいい機会が来るまで大人しくしているかな)


 そう思い、アズラットは子供の腕の中、掴まれたまま、大人しくしている。

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