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スライムのしんせいかつ  作者: 蒼和考雪
五章 奇縁の道程
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210 恐れ持たぬ者との邂逅

 陸地に戻ったアズラットは海岸線で少しのんびりとしている。

 岩場の陰でゆっくり、落ち着いて。


(久々の地上……ひなたぼっこしたい。海の中では日に当たる感覚はないからなあ。こうやってゆっくりできるのも何と言うか久々だし。水の中と地上、空中ではやっぱり全然感覚が違うわ……)


 今までずっと海の中にいたアズラット。かなり久々の地上の感覚を堪能している。

 それほどまでに水の中はいろいろと精神的に大変だったようである。

 そもそもアズラットの感知能力の基本は振動感知によるあらゆるものの感知と構造の把握。

 それは水の中ではほとんど活用されず、深海では視覚も有効ではなかった。

 それゆえに<知覚>のスキルを得てずっとそれで得られる情報を元に進んでいた。

 そして浅い階層では視覚も使えたが、それ以上に有用な<知覚>を主として進んでいた。

 アズラットの視覚は人間に近しいものであり、遠くまでは見えない。

 それに対し<知覚>は使い方次第でかなり範囲が広い。

 そのうえ範囲を全方向にできるし情報も目で見えるもの以外も得られる。これはかなり大きい。

 振動感知で得られる認識と視覚で得られる認識は感覚的に大きく違う。

 前者は感覚というよりも情報であり後者は視覚という感覚によるもの。

 元々アズラットの持つ振動感知能力は種族の特性、種族スキルに類するもの。

 <知覚>のスキルは感覚的に近く感じられる。

 ゆえにアズラットは視覚よりも<知覚>の方が頼るのに相応しいと感じそれを使ってきていた。

 そもそもあまりスライムは視覚を有効活用しない。

 人間としての性質があるから視覚を使っている部分が大きい。


(はあ…………)


 そんなこともありアズラットは地上でスキルに頼り神経を過敏に情報収集に勤しむ必要はなく、のんびりできている。

 周りに自分にとって脅威となる者はいない。それを理解できているため、ゆっくりとしている。

 アズラットを傷つけられるような存在はこの世界にあまりいないだろう。

 仮に傷つけられるにしても、倒すのは無理に近しい。

 一撃で、一瞬で、その核を破壊するのはどんな生き物でも……殆どの生き物は不可能である。

 だからこそ焦る必要はない。それほどの脅威ならば、大きさや動き、感覚で理解できる。

 それ以外の存在は気にする必要がなかった。そもそもこの近辺にそれだけの脅威はない。

 先にそれを理解していた。ゆえに、アズラットはかなり油断している。

 まあ、それでも危険はないわけであるが。


(……ん?)」


 自身の近くに小さな影。小さいと言ってもアズラットよりは大きい。

 しかし、それは自分の知っている中ではかなり小さい。

 生物としてではなく、人間の中では。


「……………………」


 そこにいたのは少女……いや、それよりもさらに幼い。

 幼女、というには少し大きく見えるがそれくらいだろう。

 アズラットの感覚でいえば、年齢的に六、七と言ったところかもしれない。

 アズラットの人間の年齢把握は当てにならないが。

 そんな少女がアズラットをしゃがんで見つめている。


「……………………」


 普通ならば、魔物であるアズラットに対して近づこうとする存在はいない。

 まあ、この子供がアズラットという存在が魔物である……スライムという魔物に関する知識があるとは限らない。

 そのため、うかつにも近づいてしまった可能性はあるだろう。

 ただ、普通のスライムならば脅威ではない。

 アズラットは普通のスライムではないため脅威であるが、彼は別に人間に対する敵意はない。

 それゆえにこの子供の安全は全くと言っていいほど問題ない状態ではある。

 しかし、アズラットが魔物であるのも事実であるため、本来ならば、近づかず逃げるかどうにかするはずだった。


「…………」


 しかし、何を思ったか、子供はスライムのことを知らないのかあっさりとアズラットを掴む。


(……しまった!?)


 アズラットは別に子供だし気にする必要もないな、と凄く気を抜いていた。

 久々の地上でのんびりしたいというのも大きかった。

 そして、子供というものが予測もつかない唐突な理解できない動きをすることも忘れていた。

 それゆえに反応が遅れアズラットは子供にその身体を掴まれる……というか、抱きしめられる。

 普通ならここでスライムが少女に対し攻撃をするだろう。体を溶かそうとする。

 まあ、少し痛みを感じた時点で子供が逃げるのが基本。

 そうやって魔物の危険を理解していく事が多い。

 スライムならば比較的安全だがそれでも事故になることはある。

 他の魔物でも似たようなことはあり、よほど危険な魔物でもない限りは運悪く事故死する以外では危険な目にあって魔物の危険を理解する。

 ここで問題は、アズラットはそのような危険がないということであった。

 アズラットに触れたところで、アズラットは攻撃しない。故に魔物の危険を子供は理解しない。

 それがアズラットにとって不運なことであり、そしてこの子供にとってはある意味幸運なことだった。


「ぷにぷにしてる……」


 スライムというのは柔らかい。

 まあ、アズラットは極めて例外的な存在で、圧縮による結構な弾力があるためだが。

 それゆえに、その感触に子供は楽しそうに、面白そうに、ぎゅっと抱きしめている。


「………………」


 その力は強くなる。まるで離したくないというように。

 それにアズラットは困った感じになる。


(どうしよう)


 無理やり子供から逃げ出してもいい。ただ、そうすると子供が危ない。

 アズラットが逃げようとする場合、その力が結構なものになるからだ。

 危害を加える気はないが、事故は有り得る。


(……放してくれないかなあ)


 アズラットは動かない。そのまま動かなければ、興味を失い放してくれるのではないか。

 そう思いながら、子供が己を話してくれるまで待つ。しかしそれは無意味である。


「………………」


 ぎゅうっ、と力は強くなる。子供ゆえに別に問題ない力である。

 ただ、そこに、何か妙な感じをアズラットは受ける。

 なぜそこまでして力を入れて自分を抱きしめるのだろう。

 ぷにぷにしてる、というその感覚に酔いしれているのか。

 アズラットは子供を見るが、そこには嬉しそうに自分を抱きしめている子供の顔が見える。

 だが、ただ嬉しそうにしているようには見えなかった。そこに陰りが見える。


(………………なんだろう)


 それがアズラットにとって気になった。

 別に他人がどう思ったところでアズラットには関係ないことだ。

 だが、自分を抱きしめている子供が、そんなふうに陰のある表情をして、そのうえで自分を嬉しそうに抱きしめている。

 いったいどういうことだろう、と興味を抱いてしまう。


(……しかし、どうしたものか)


 流石に<念話>を使うのは憚られる。人魚には躊躇なく使ったが、流石に人間相手には難しい。

 人間相手に使うと人間のネットワークに<念話>を使えるスライムの情報が出回りかねないからだ。

 そうなった場合、アズラットは明確な脅威として捉えられる危険がある。

 人魚の場合それはない。ゆえに問題はなかった。

 そもそも子供相手に<念話>を使うと大騒ぎで面倒になりかねない。

 下手に関わるよりも大人しくしているほうが賢明である。


「……………………」


 子供はアズラットを掴んだまま、立ち上がる。

 そしてアズラットを持ったまま、どこかへと向かっていった。


(ええ? どこ行くのこの子?)


 そのままアズラットは連れ去られた。逃げ出すにも、ちょっともう遅い気がする。

 このまま連れていかれていいものかと思うところであるが……まあ、なるようになるしかないなとアズラットは思う。

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