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スライムのしんせいかつ  作者: 蒼和考雪
五章 奇縁の道程
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209 別れの贈り物

 海の中、マネーリアはアズラットを連れて陸地へと向かう。

 すでに人魚の住処からはかなり離れている。

 一応人魚の住処はそれなりに深いところにあり、また陸地からもそれなりに離れている。

 移動に際して結構な時間を使うことだろう。

 その間、マネーリアはアズラットに対し言葉をぶつける。


『(本当に長ってひどいわよね! 私の言うことは信じないし、アズラットのことも全く信用してないし! 確かに信じきれるものでもないかもしれないけど、それにしたって横暴よ! そう思わない!?)』

『(……なんでマネーリアがそんなに怒ってるの。こっちは確かにいろいろと不満はあったけどさあ)』


 アズラットはあの対応に対して不満はある。

 しかし、マネーリアほどしっかりと怒る理由は特になかった。

 元々あの長がアズラットのことを信用して魔物たちに関して解決する気が合ったならそれなりに兵を出していたはずだ。

 もちろんアズラットのことを信用しきれない、というのはあったかもしれないが、しかしマネーリアを送り出すだろうか。

 まともな精神を持つ真っ当な人間性ならば少なくとも戦力としてあり得ないマネーリアを出すなんてことはない。

 後の会話からもマネーリアに戦闘能力がほとんどないことは理解していたのだから。


『(怒るわよ! 私がやったことでもあるっていうのもあるけど、アズラットだって頑張ったわけでしょ!? それを信じない、ということでなかったことにするのはどうなのよ!? それにアズラットを追い出して後のことは知らないって、魔物の被害がなくなったなら相応に酬いるべきでしょう!? 頑張ったのに何ももらえず報酬なしでほっぽり出されるとか、私だったらその場で殴りつけるわよ!)』

『(殴りつけてなかったけど?)』

『(流石に自分の住んでいるところの長相手にはやらないわ! 全く関係ない赤の他人だったなら殴りつけて無理やり報酬をもらうか、殴って気が済んだら逃げるくらいよっ!)』


 随分乱暴である。

 しかし、それくらいに感情的な対応をするほうがまだ普通な気がしないでもない。


『(っていうか、なんでアズラットは全く普通なのよ? 怒らないの?)』

『(怒っても仕方ないし、報酬は向こうが払ってくれなかったけど、マネーリアが払ってくれるみたいだし……まあ、それを素直に喜ぶのはちょっとどうかとも思うけど。そもそもそこまで信用していなかったというのもあるかな。対応があれだったし……そもそも、こっちは魔物なわけだし。簡単に信用できる方が普通はどうかしてると思う)』

『(……何よ)』

『(ああ、マネーリアが変人とか言うわけじゃないから)』

『(言ってるじゃない!?)』


 変人とは思っていない。

 ただ、少し変わっているというか、素直というか、そんな感じには思っているかもしれない。


『(まあ、そもそも怒ってどうにかするなら……多分潰してると思うけど、それでもよかったか?)』

『(……え?)』

『(あの人魚の里をこの世から失くす。そこにいる全生命も食らいつくして消し去る。そうなってたかもしれないってことだけど)』

『(…………)』

『(はっきり言えばあの人魚の長も何を考えていたんだか、とも思ってるけどね。あの魔物達を俺が倒せた場合のことを本気で考えていたのかって。あの魔物達を倒せる存在を怒らせて、それで無事でいられるのかって。相手が怒って自分たちに攻撃してくることを考えていたとか全く思えないんだけど)』

『(…………)』


 あらためてマネーリアはアズラットの強さのことを思いうかべる。

 敵の攻撃をものともせず、自分を捕えたまま相手を捕まえもした。

 そもそも、マネーリアが強くなった後アズラットに攻撃を仕掛ける可能性もあった。

 マネーリアが強くなればアズラットの守りなどいらないと無謀な排除を行ったかもしれない。

 それは結局実行されていなかったが、しかしそれを実行したとして……果たしてアズラットを排除できただろうか。

 いや、マネーリアはアズラットのここまでくる経緯を聞いている。

 そのことを思い出すならば、不可能だというしかない。

 アズラットはそれほどまでに強い。そして、自分はその存在に無謀にも頼った。

 それにアズラットが頷いてくれたことはとても運が良いことであり、運が悪ければもしかしたら自分が死んでいた。

 まあ、最初に捕らえられた時に生かされなければ死んでいたわけであるが。

 それに思い至り、背筋に寒いものが走る。

 アズラットは本当は恐ろしい魔物、化け物であるのだと。

 それと同時にアズラットの精神性にも疑問が浮かぶ。

 なぜ、そんな風に対応してくれるのか。


『(……アズラットはなんで私たちを助けてくれたの? それくらい強かったなら私たちを脅して言うことを聞かせられたんじゃない?)』

『(そういうの趣味じゃない)』

『(……え?)』

『(自分で言うのも何だけど、俺一応これでも善人のつもりだから。普通の人間と同じで、困っている人がいたら助けようと思うタイプだから)』

『(えええ?)』


 普通の人間、善人、困っている人がいたら助けようと思うタイプ。

 その言葉を最初は信じられないマネーリア。

 しかし、その言葉を確かに信じられる事実もある。

 マネーリアの頼みをあっさり聞いてくれたこと、危機を救ってくれたこと。

 そして人魚の住処の危機を助けてくれたこともまたそうだ。


『(…………そう、ありがとう。長はまったく信じたりとかしてくれなかったし、お礼の一言も言わなかったけど、私から言っておくわ)』

『(別にいいんだけど……報酬自体はこうして送ってもらえればそれでいいし)』

『(私は言っておかなきゃいけないかなって思ったから言ってるだけよ。アズラットがどう思うかとかはどうでもいいわ)』

『(そうはっきり言うのもどうかなーと思うけどなあ……)』


 そんなふうに話しながら、マネーリアはアズラットを地上へと連れていく。

 道中襲ってくる魔物がいないわけでもないものの、アズラットの存在と強くなったマネーリアには脅威ではない。

 戦うことは武器もないのでしないものの、追い払うくらいならば素手でも余裕である。

 アズラットは積極的に襲うことはしないし、よほど鬱陶しいか危険がない限りは無視だ。

 そうして二人は陸地の近くまで到達した。




『(ここまでかしら? 本当はあまり水から顔を出したくないんだけど)』

『(ありがとう)』

『(助けてくれたお返しだから感謝とかはいいわ)』

『(言っておきたいから言っただけだよ)』

『(……ふん)』


 先ほど自分が言ったことと近い返しをされて少し照れた様子で顔をそらす。


『(……でも、マネーリアこれから大丈夫か? あの人魚の長、ちゃんと話を聞いてくれそうか?)』

『(なに?)』

『(迷宮)』

『(…………………………)』


 人魚の里を襲った魔物、その脅威の大本である迷宮。それに関してはまだ解決していない。

 迷宮を放置したままではまた同じ危険がある。迷宮を攻略する必要性がある。

 しかし、それに対しあの長は動きを見せるのか。


『(一応話してはみるわ)』

『(そうか)』


 話を聞いて動くとは限らない。その場合、また同じことが起きるだろう。


『(…………マネーリア)』


 アズラットは<同化>している魔剣を取り出す。


『(なに?)』

『(これ、受け取れ)』

『(え?)』


 マネーリアは魔剣をアズラットから渡される。


『(ちょっと? 何これ?)』

『(これがあれば迷宮の攻略に役に立つだろうと思って。これでお別れだから、贈り物ってところかな)』

『(……もらっていいの?)』

『(だからあげるんだ。どうせスライムには使い道がない物だしね)』


 これはアズラットの気持ちだ。マネーリアの助けとなるように。

 人魚全体のためではなく、彼女のために。

 おそらくこれから迷宮というものを知って、苦労するだろう彼女のために。


『(わかった。受け取らせてもらうわね……ありがとう)』

『(どういたしまして。それじゃあ、俺はもう行くから)』


 陸に戻ったアズラットはこれからこの陸地の探索を行うことになる。

 そういえば今彼は何処にいるのだろう。


『(さようなら! またいつか会えることを祈ってるわ!)』

『(いや!? こっちは海の中入る気はないから!? これで本当にさようならだからっ!!)』


 再会の約束……ではない。マネーリアとアズラットはここで完全に袂を分かつ。

 もし出会う機会があるとすれば、アズラットが何かの機会に海に落ちて戻る機会がなかった場合。

 それでも海は広大であり、よほどのことがなければ出会うことはなさそうだが。

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