192 情報の取捨選択
『大丈夫ですか?』
(う…………ん? ぐ…………)『だ、大丈夫だ…………もしかして気絶とかしてた感じか?』
『いえ、ちょっと意識が少しの間吹き飛んでいたくらいだと思いますけど』
『大問題じゃないのそれ!?』
『長時間意識喪失状態だったなら死の危険があったかもしれませんね……その場合は何としてでも叩き起こしたでしょうから大丈夫ですよ』
『…………その心意気はありがとう』
どうやらアズラットは少しの間意識が失われていた状態にあったようである。
まあ、本当にわずかな時間だったので特に大きな問題はなかったが、これが長時間だといろいろな問題が起きただろう。
スキルの制御がなくなれば<圧縮>によって縮めている体が元に戻り水圧の影響を受けたり、他の生物が襲ってきたり。
防御能力は今の圧縮状態だからこそ高いが、元の状態では核だけをどうにか狙おうと思えばできなくもない。
この海中では元の状態に戻ると液状の体が潰されて溶けていくことだろう。
そこを狙えばどうにかできなくもない。
まあ、この海底でそういったことをやろうと思う存在がどの程度いるかは不明だが。
『しかし……まさかいきなり気絶するとは。えっと、これって<知覚>のせいだよな?』
『はい。<知覚>スキルはもともと知覚する対象を設定していないスキルです。つまり、あらゆるすべてを知覚してしまうスキルです。だからいきなり無思慮に使うと、この世界のありとあらゆる周辺情報を知覚してしまうことでその膨大な情報量に思考が押しつぶされ、一時的な意識喪失を招くことになります』
『地雷スキル……』
『もう、そこはいきなり何も考えずに使うからですよ? スキルを使う前にスキルで何を知るつもりなのか、という情報を選択しておけば、ある程度は制御できます。また、今の所スキルのレベルが低いからまだスキル側で情報の処理が行われていないためアズさん側の情報処理能力が必要となりますが、スキルを使っていけば徐々にレベルも上がりスキル側でアズさん側に回す情報が整理されるはずです。そこまではある程度意識的に制御しないといけませんが、そこまで悪いスキルではありません』
そうアノーゼは言うが、それは事前にスキルがそういうものであると知っていなければ難しい。
まあ、スキルが地雷に近いものの、その能力性さえ知っていれば、何度も使うことで徐々に慣れていくだろう。
そうすれば最初に感じた意識喪失する故に地雷に近いスキルであるという考えも払拭されていく。
もっとも、普通はその前に使わなくなる可能性が高いと思われるが。
『とりあえず、<知覚>スキルで得る情報を世界地図……周囲の地形情報などだけを得ると考えて使ってみてください』
『ああ…………っ、結構情報がきついな』
情報を絞っても、得られる情報の量が多いため思考に結構な負荷がかかる。
人間ならば脳に悪影響だがアズラットの場合は精神的な負荷くらいで済んでいるのはありがたい。
生物によっては最初の時点で死ぬ危険もあるし、負荷だけでも寿命の減少につながりかねない。
アズラットは己の魂、精神だけで処理しているためそういったことにはならない。
肉体がないと言っていいスライムゆえの性質か。
まあその分肉体による処理がないため精神的な負荷は増えることになるとも言えるのだが。
『……凄いな。現在地もわかるし、周囲の地形もわかる。まあここが世界のどこかはわからないが』
『知覚できる範囲の問題ですね。一応自分から地下を含めない半球状で広がりを見せる形……ですか? もしかしたら地下を含めた球状で広がりを見せる形にしています? もしそうなら地下情報は恐らく必要ないので半球状のほうがいいですよ』
『大丈夫、最初から半球状みたいだ』
『そうですか。それでも負荷がかかるくらいには情報量が多いみたいですね……地形情報だけで精神的にきつい負荷となると、周囲の水流の状態などを加えると流石にもっと厳しくなりそうです。それもそこまで大きな範囲ではないはずですし』
『だいたい…………百、もいっていないかんじか?』
スキルのレベル、情報処理できる限界の問題もあり、<知覚>のスキルで情報を得られる範囲はかなり限定的になっている。
自身の情報処理能力か、スキルレベルが上がればその範囲を広げることができるかもしれないが、それはすぐには成立しない。
また、他の情報取得を増やすともっと情報処理が厳しくなるため範囲を広げるのも容易ではない。
おおよそ百メートルの範囲、それが今アズラットが情報を知覚できる範囲内。
それも周辺の地形情報だけでだ。
『でも、方角がわかるのはありがたいな……』
『地形情報には方角も含まれますからね』
しかし、おおよそ周囲の地形情報がわかったこと、そしてどちらがどの方角であるかもわかったのは大きい。
これで地形的にまっすぐ自分が進んでいるかがわかるからだ。
方角さえ意識すればまっすぐ進むのも容易い。
『……だけで結局どっちに陸があるかはわからないな。恐らく深い方向、というのはなんとなくわかるんだが、それでも海中だとあんまりあてにならない。上がったり下がったりすることもあるだろうし』
地図情報だけであちらは深くなる、こちらは浅くなる、というのはわかる。
だがそれはどこまであてになるものだろうか。
百メートル範囲で浅くなる深くなるがわかっても二百メートル先は? 五百メートル先は? 一キロメートル先は?
また、どちらに陸地があるかも不明だ。今アズラットがいる場所は海のどこか不明である。
おそらくはかなり海の沖合だろうという推測はたつものの、流され続けたうえにそもそも海上のどこで落ちたかもわからない。
それでは方角や地形情報がわかってもあまりあてにはならないだろう。
『とりあえず……一度東の方へと行ってみてください』
『そっちは……一応浅くなってる方向か。陸地があるのか?』
『それは言えませんが…………少なくとも陸地があったとしてもすぐに陸地には到達できませんよ? アズさんが落ちたのはかなり遠洋の方ですから。そこから流されたとはいえ、陸に近くなるような海流には巻き込まれていないでしょうし……仮に巻き込まれてもそれほど近づいたとも思えませんし……』
『明確な答えは教えてくれないのな』
『…………そこはこちらも申し訳ないと思います』
基本的にいろいろと教えてくれるアノーゼも、アズラットの現在位置など教えてくれない事柄も時々ある。
いったいどんな基準でそうなるかは知らないが、アズラットを一番とする彼女でも教えられないのには理由があるのだと推測できる。
その理由が何かは不明だが、まあ教えられないのならばしかたがないと考えるしかない。
いくら聞いた所で意味はないし、教えたことでアノーゼに悪影響があるのならば無理に聞かないほうがいい。
『ま、なら行ってみるさ。どうせまっすぐ進むにもある程度指針が合った方がいいし』
『…………そう言ってくれるとありがたいですね』
そしてアズラットはアノーゼに言われた通り東の方へと向かう。
真東とはとは言っていなかったが、大体真東に向かう。
<知覚>スキルは常に使い続けている状態なためある程度スキルレベルも上がり知覚範囲も広がる。
処理能力も上がったため、水流や他の生物も感知できるようにしつつ海中の情報を得ながら進む。
道は上がったと思ったら急に下がったり、また上がったり、緩やかに下り道だったり、崖のように上がったりと色々だ。
まっすぐ進んでいると、そのまま一気に崖のように落ち込んだ、穴のような場所に出た。
(っと………………海流的になんか流れ込むような感じになってるな。ん…………んん? なんか船が……)
そうして先に進み、アズラットが到達した場所は難破し沈んだ船の集まる場所。
俗に言う船の墓場だった。




