019 目的は何?
『まず、アズさんには最初に聞いておきたいことがあります』
『なんだ?』
アズラットにスキルに関しての話をする前に、アノーゼがアズラットに一つ質問をする。
この質問はこれからどうするべきかを決めるのにとても重要な物であるとアノーゼが考えた上で質問するものだ。
『アズさんは、人間と殺し合いをしたいと考えていますか? それとも、人間とは戦わせずに済ませたいと思っていますか?』
『戦いたくないに決まってる』
『それは何でですか?』
『人間と戦うことになると、確実に負ける。数に強さに知能知性頭の良さ、罠だって使ってくるかもしれない。人間はそういうところ執念深い所があるから怖い。自分が元は人間だったということを知識で覚えているからこそ、人間という存在の恐ろしさを知識で知っているからこそ、そう考えてる。まあ、俺が元々人間であったと言う知識があって同族であるからというのも一つの要因だとは思うけど』
アズラットが人間と敵対したくない要因は三つ。
一つは今言った通り人間と言う存在の恐ろしさをよく知っているから。
人間に手を出せばその報復で確実に自分は人間に殺される。
それくらいに人間は恐ろしいものと考えている。
そして、二つ目はアズラットが恐らくは元々人間であっただろうと自分で推測しているからだ。
アズラットは記憶を喪失しているため、以前のことはわからない。
だが、知識は恐らくアズラットが人間であったと示唆している。
だからアズラットは人間に対する同族意識があり、同じ仲間だから殺したくないと思っている。
そして、三つ目。これはアズラットの無意識の部分だが、アズラットは恐らく人間と言う存在が好きであると言うことだ。
人間と言う存在は面白く、楽しく、美しく、愛しいものだ。良い部分で見ればそうなる。
もちろん悪い部分で見れば、醜く愚かで下劣で腐りきったどうしようもない屑野郎、とも見れるのだが。
アズラットは人間のいい点を強く見ている。
誰しも良い悪いはある。悪い点ばかり見るのではなくいい点も見る。
アズラットはそれがより強く顕著で、良い点ばかりを見ている、見たがっている。
だから人間に対して好意的である。まあ、無意識の部分に関してはいい。
つまりはアズラットは人間に敵対するつもりはないと言うことだ。
『わかりました……ですが、アズさん。それなら何で、アズさんは人間と戦うことばかりを想定に入れているんですか?』
『え?』
『確かにアズさんが人間に見つかった場合を想定するのはわかります。ですが、人間と戦うことばかりを選択肢に入れるのはどうなのでしょう、と私は思うんです。まあ、アズさんの現在のスキルやできることだけで見れば、戦う以外の選択肢をとるしかないのはわかります。ですが、もっとそれ以外に目を向けることは出来なかったのですか?』
『………………』
確かにアズラットの挙げた内容は基本的に戦闘を考慮してのものである。
進化したとはいえスライム種であるアズラットの攻撃力は低い。
それゆえに、相手を昏倒させる、意識を奪うのが主となる。
それでも戦闘は戦闘である。それに、迷宮内で意識を失えば魔物に襲われる危険もあるだろう。
アズラットは自分で人間を殺したくはない。
しかし、ならば他の魔物が人間を容易に殺せる状況を作るのはどうなのか?
それに対し全くアズラットは躊躇がないのか?
そこがアノーゼにとっては疑問である部分だった。
『もし、戦うなら。アズさんの言った戦闘方法は意識を奪う形か、相手を殺す形になります。少なくとも穏便には済みません。そして、仮に前者の意識を奪う形でも、置いていかれた人間は他の魔物に襲われるでしょう。恐らくは死にます。それを望むということですか?』
『……それは』
『一度、考え直した方がいいと思います。アズさんは、どうしたいですか? 人間に見つかった時、人間と戦うのか、人間から逃げるのか』
『そりゃあ……逃げたいさ。だけど、スライムは移動速度が遅い。それゆえに見つかったら戦う以外の選択肢をとれないだろ?』
アズラットの言う通り、スライム種は移動速度が遅い。
例外はあるにはあるがそれ以外は遅い。
人間に見つかるようなことになればまず逃げることはできない。
スライムの移動速度よりも人間の方が速いのだから。
それゆえにアズラットは逃げることは考えてもすぐに選択肢から外さざるを得ないのである。
『それを補うためのスキルですよ、アズさん? あなたの体が大きくなった時、その体を小さくするために<圧縮>を得たでしょう? それと同じように、移動速度が遅いならばそれを補えるようなスキルを手に入れればいいだけです』
アノーゼは言う。足りない部分はスキルで補えばいいと。
『もっとも、簡単な話ではありませんけどね。スキルで足りない部分を補うのはそれなりに難しいんですけどね。スキルの獲得は色々と複雑な条件がありますから』
『おい……それじゃダメだろ』
『それは話を聞いてから判断してもいいでしょう。まずはいろいろと確認してみる事。色々と何が覚えられるのか、何を使えるようになるのか、そういうのを見るのが一番です』
そうして本格的なスキルに関しての話に移る。
『まず、見つかった場合どうします? 逃走です。逃げると言っても、単純に脱兎のごとく逃げ出すと言うだけではないでしょう? 相手の視界から外れる、相手の意識から外れる、どこか相手の分からない場所に隠れる、奇抜な手段で何処かに逃げる、相手に見つからない場所に潜む。色々と手段があるわけです』
『それ、同じ内容も含んでない?』
『色々と考えてあげた内容ですから被ってる可能性もあるかもしれませんね。それで、例えば相手の視界から外れるスキルですが……例えば<透明化>や<転移>なんかでしょうか? まあ、アズさんが覚えられるとすれば<透明化>でしょうか。<消失>などで一時的に実体の消失、<転移>でそもそも体ごと何処かに逃げると言う手段もありですが、スライムで覚えられるとするなら一番可能性があるのは<透明化>でしょう。もしくは<擬態>というのも一つの手段だと思います』
相手の視界から外れると言っても、見えなくなるか相手の見えない所に移動する、そもそもその姿をこの世界から失くす、手段は多い。
とはいえ、実際にスライムが覚えられる可能性があるとするのなら、<透明化>、<光学迷彩>、<擬態>くらいだろう。
『意識から外れる、となるとやはり<気配遮断>、<希薄化>などの類ですが……そもそもスライムは生物と言うよりは無機物寄りです。ですからスライムがそういったスキルを得ても完全に意識の外にやると言うのは難しいですね。<希薄化>はまだ可能性はありますが、そもそも覚えられるかどうかは怪しい所です』
意識から外すスキルは本当に相手の意識から外れるような手立てが必要だ。
即ち精神に干渉するようなものがいる。
そんなスキルはそうないし、スライム程度に覚えられるスキルと言うのも少ない。
『隠れる、もしくは潜むですが……そうですね、地中に隠れる、壁の中に隠れるなどになります。相手の虚を突いた場所に潜むというのもありですが、そういうのは基本的にスキルではないと思いますし……だいたい迷宮内であればスライム穴に隠れる以外の手段はとれない。地中も壁も迷宮は破壊できませんから』
隠れる事、潜むことは難しい。少なくとも見つかってからは辛いだろう。
『移動に関してはこれはさらに難易度が上がります。<俊足>や<神速>など、基本的に速度を高めるスキルはもともと速い存在が得られるものになります。ですから移動速度を上げる手段は難しいでしょう。可能性があるとしたら<跳躍>ですか? スライムでも地面や壁を蹴って移動する場合はそれなりに速度が出ます。悪い手ではありません。先ほど言っていた、相手に取り付く手段としても体を伸ばすよりも扱いやすいでしょうし』
<跳躍>であれば、壁登りに時間をかける必要もなく天井に行ける。
相手に体を巻き付け<圧縮>で一気に近づくのも<跳躍>で代行できる。
色々と<跳躍>は使い勝手がいいということになる。
『ここまでではどうですか?』
『……まあ、悪くはないかな』
『攻撃手段を考慮するなら<変質>や<変化>、<性質付与>、<溶解>、いろいろと攻撃的な手段はあるのですが……まあ、それはアズさんがどうするかで決めていいでしょう。それこそ攻撃スキルは補助のスキルよりもまだ多様性が高いですからね』
ひとまず色々なスキルを紹介されたアズラット。
何を覚えるのかは、アズラットがどうするかに委ねられる。
覚えるか覚えないか、それすらもアズラットの選択次第だろう。




