184 山を下りた先へ
アズラットはエルフの里の横を通り、神山から完全に下りて平地へと来た。
ここまではアズラットの予定通りであるが、問題はこの後のこと。
アノーゼと話してとりあえず神山に登り、祭儀場やエルフの里を見てみたのはいい。
しかし、今後どうするかについてアズラットは特に決めていない。
(さて…………どうするかな)
ゆえに迷うのが次にどうするかだ。
そもそも世界を見て回るといっても、アズラットはあまり世界情勢を知らない。
(…………アノーゼ)
『迷ったらいつも私に頼るのはどうなのでしょう……と、思いますけど。頼られるのは嬉しいのですが、ことあるごとに人に頼ると成長できないのではないかと思う次第です』
『別にアノーゼが気にすることでもないし……っていうか、何も知らないで適当に進むほうが危険だと思うんだけど?』
『わかります。でも、自分で何をするか決めないというのはどうなのかとも思います……まあ、アズさんが私を頼るというのであれば、別に構いません。私はその期待に応えるよう精一杯頑張るだけですので!』
『それはいいから、とりあえず何処に行けばいいのかとか教えてくれないか?』
『はい。とりあえず、神山を下りたようですし……その大陸にはおおよそ目立った国は三つほど。ただ、アズさんが訪れなかった聖国が中央にあるため、その二つの内行こうとしたら行けそうなところは片方になります。聖国の反対側、神山を下りた後……エルフの里から道は通じていませんが、平地まで下りてきたのならば一度アズさんがこの大陸に来た時に訪れた港街から通じる街道が見えるはずです』
『……見えるな』
『その街道沿いに、神山とは反対方向へと進めば次の国へ行けます。あと、別に港街に戻り竜生迷宮のある大陸へと戻るか、それとも別の大陸へ向かってもいいと思います。一応私としてはアズさんに入ってもらいたいところもありますが、別に急ぎではないですし…………………………この大陸にある国を見回るのもありかと思います』
『その間は何だ……まあ、いいけど。とりあえずその国とやらへと行ってみようと思う。別に急いでいってほしいわけじゃないんだよな?』
『…………………………ええ、まあ、一応。私からアズさんに頼むのは……筋が違うというか、うまくちゃんと進んでいないというか。アズさんにはわからないとは思いますが』
アノーゼの言っていることはアズラットには理解できない部分である。
まあ、そもそも神であるアノーゼとこの世界に生きているアズラットでは見える物が違う。
知りえる範囲、分野、手の届く場所、知己の類もアズラットとアノーゼでは違う。
それにこれに関しては本当にアノーゼ側の個人的な内容になる。
それをアズラットに助けてもらうのは話としては違う、というのがアノーゼの意見だ。
いずれアズラットが世界のあちこちを見て回り、そのうち立ち寄ることになるのだから急いで行ってもらう必要はない。
そもそも…………それはもっと先にやってもらうことだとアノーゼは思っている。
『いろいろと予定通りとはいかないものです…………』
『予定?』
『いろいろとあるんです、いろいろと。アズさんは自由に自分のやりたいようにやりたいことをしていてくれればいいんです。此方のことは気にしないでください。そもそも私が関与するのは本来ルール違反ですからね』
『ああ、まあ、そうなんだろうけど……』
『ほら、次の所へ行きましょう』
そうアノーゼに言われ、<アナウンス>を打ち切られる。
(やれやれ…………まあ、次に何をやればいいか、どこに行けばいいか指針を示してくれるのはありがたい。今回ちょっと頼りすぎって指摘されたけど。アノーゼ的には頼られるのは悪いことじゃないみたいだが……一応あっちは神様だからな。あんまり頼りすぎるなって言われるのも仕方がないか。自分の足で、か。普通はそうなんだよな。でも地図とか、噂とか調べるのが面倒だしなあ……世界巡りってのは楽じゃない)
アズラット自身そもそも世界を旅するのは半ば趣味と言うか、自分の知る世界ではないこの世界に対する興味からの物。
はっきり言えば、アズラットは本来そんなことをする必要性がない。
とても強力なスライムへと進化し、レベルも極めて高くなったアズラットはこの世界で殆ど敵がいないくらいに強い。
生きる分でいえば、普通にそのあたりの物を適度に食らえば何十年、何百年も余裕をもって生きることができる。
本来のスライムであれば、そのように穏便に、呑気に、楽に暮らしていればいいのである。
だがアズラットには人間であった知識、意識が存在している。
それは退屈を嫌い、何か新しいことを常に求め続ける。
ゆえに世界を巡り、いろいろな情報を、あちこちの知識を、様々な世界の姿を見て回りたい。
自身の知識との違い、逆に知識との合致、知識との差異、この世界における独特の発展性。
そういった物に触れて回り、見て回り、知って回り、それこそ見て回るものがなくなるくらいにあちこち進む。
そうしないと、退屈で退屈で生きていく力を失いかねない。
それをなんとなく自覚しているのである。
アズラットの場合、他に知り合いがいない状態であるというのも大きい。
家族でもいれば、この世界における知己がいれば、そういった存在とかかわったりしてその繋がりで生の実感を得られるかもしれない。
しかしアズラットは魔物であり、スライムと言う存在であり、家族や仲間を持ちようのない独立色の強い生き物である。
まあ、アズラットは少々特殊だが、本人には自覚がないので基本的に一人でいることを選んでいる。
それゆえに、退屈を打ち消すために世界巡りをする。
そこにはこの世界の知への欲求があるとしても、己の生への欲求もある。
生きるゆえに考える。考えるゆえに活きる。生きることと活きることはまた違う。
本人はそこまで深くは考えていないが、根底にはそういった様々な考えが眠っている……かもしれない。
(街道沿い……進むのはいいが、道である以上馬車とかも通るだろうし、旅人も通る。冒険者だっているよな、その中には…………安全には通れない以上、道がわかる程度に離れたところを隠れながら進むか。馬車とかが通った時に馬車に掴まれればいいんだが、さすがにそう簡単にはいかないだろうな)
アズラットの生に対する信念、考え方についてはともかく。本人すら自覚していないかもしれない部分に関してはともかく。
アノーゼに言われた次の所、次の国へと行く道は街道、人の通るところである。
当然ながらその街道に魔物がいれば冒険者が対峙するのが一般的。安全ではない。
旅人ならばあまり危険はないかもしれないが、アズラットの場合はスライムである。倒しに来る可能性はある。
まあ、アズラットならば誰が相手でも死ぬようなことはないが、そもそも戦いをしたくない。
ゆえに街道を外れ進むことを選ぶのだが…………それには時間がかかる。
(いっそ<跳躍>と<加速>を合わせて弾丸のように飛んでいくのもありか? いや……見つかる危険を考えるとなあ。せめて人通りがなく、恐らく誰にも見られることのない状況…………夜だな。暗闇に紛れて進めば、さすがに見つからないだろう)
やりすぎはよくないが、<跳躍>に<加速>を合わせ、勢いよく跳ぶことで歩くよりも早く移動する。
ただ、昼間にやって見つかるといろいろと憶測を呼び、変なことになりかねないため、夜にやることを決める。
夜でも野営している冒険者の夜警に見つかったりする可能性はあるため、ある程度安全性が高いことを確認しないとやれない。
そう何度も、高い頻度で扱えるものではなさそうだが、恐らくはそれなりに早く移動できるだろうと考えている。
そうして、アズラットの夜中の高速移動が始まる。
地面を這って進むよりははるかに楽であるが、移動だけと言うのも精神的につらい。
たまにゆっくりと休んだり、何か適当にあちこち行ってみたりしつつ、街道沿いをアズラットは進んでいった。




