183 エルフの里の大きな魔樹
『(初めまして。私はこの森の木々を統括する者。人やエルフは魔樹と呼ぶ存在だ)』
『(魔樹…………そうか。えっと、一応こちらも自己紹介。スライムのアズラットだ)』
『(スライムノアズラット……聞いたことのない存在だな)』
『(ああ、えっと、種族がスライムでアズラットは名前だ)』
『(名前…………そうか、名前を持つのだな。私には縁のない物ゆえに思い至らなかった。種族に関してはあまり詳しくは知らないが……そうか、スライムか。私はこの場に居続けるだけの者だから多くを知らない)』
魔樹はこの森にいる存在。
樹木である魔樹は当然ながらこの場から動くことができない。
一部の樹木系モンスターは己の根っこを足のようにしたり、または元々人型に近い種族であったり、場合によっては寄生したりして移動できる場合はある。
だが基本的に植物系の魔物はその場所から動くことができないのが多い。
このエルフの里の隣にある森を管轄する魔樹もまたその場から動けない魔物である。
『(……それで、一体なぜ俺を呼んだんだ?)』
『(私たちの木々が生えているところに迷い込み、惑わされずに通過しようとしていたからだ。私たちは私たちの間を通ろうとする生き物を排除することにしている。しかし、君はそうならなかった。それで気になったから呼んでみたのだ)』
『(……そうか)』
アズラットにはそれ以上のことは何とも言えない。侵入者であることは事実だからである。
エルフの領域、魔樹の領域。
その場所に入り込んだ以上排除しようとする動きはあってしかるべき。
魔樹の場合その方法は花粉を利用して入り込んだものを惑わして排除するものであるらしい。
『(それで、俺をどうするつもりなんだ?)』
『(迷っている。私たちに惑わされない君を食らうのは難しい)』
『(……食らう?)』
『(そうだ)』「コンナフウニ」『(私の体に人やエルフのような顔をつくり、それで私の体の中に潰して取り入れている)』
『(………………)』
説明のためとはいえ、いきなり魔樹の体に人のような顔が生えればなかなかに恐ろしい。
別に危害を加えてくるわけでもないのでそこまで怯えるようなものではないのだが、やはりインパクトはある。
そのうえ、通常生物を食らうことのない存在が生物を食らうというのも中々恐ろしい。
仮にアズラットがあの魔樹に現れた口に放り込まれれば無事で済むかもわからない。
まあ、魔樹がそこまで強いとも思えないし、最悪口の中で<圧縮>を解除してぶち破ればいいだけである。
もっとも特殊な事例で取り込まれた時点で終わってしまう場合もあるので安全であると断言できないが。
『(この場所にはエルフたちがいた。私もエルフたちが来た後生まれたがかなり古い存在だ。私の惑わしはエルフにも通用する。エルフはそれが嫌だったらしく、私に望んだ。自分たちには何もしないでくれと。私がそのエルフの頼みを受ける必要はないのだが、代わりにエルフは私に物をくれるようになった。生き物だ。殺した生き物だ。私の所に運んでくれる。貢物だ。それを私は食らうようになり、その礼としてエルフを惑わすことはしないようにした。そしてエルフは私にもう一つ頼んできた。この地に入り込む生き物をどうにかしてほしいと。私はそれを惑わして食らうことにした。それは今も続いている)』
『(なるほど……)』
別に魔樹にとってエルフとの約束事は正直に言ってわりとどうでもいい内容である。
だが今でもそれは続いているため、それを覆すのもどうだろうというのが魔樹の本音だ。
『(その約束に従うのであれば私はお前をどうにかしなければならない。だがどうすればいいかわからない。いい案はないか?)』
『(なんでそれをこちらに訊ねてくるんだ…………)』
この場所から排除するべきアズラットに対して話す内容ではない。
今から排除する相手にどうやって排除すればいいか訊ねて答えるのも変な話だろう。
『(お前はそれを<契約>とか、そういう感じのスキルで絶対にやらなければいけないということにされているのか?)』
『(そういうものではない。私は私として頼まれたことをやっているだけだ)』
『(つまり別に守る必要もないんだろう?)』
『(今も続いている。だから私はそれを行わなければならない)』
嘘をつけないというか、融通が効かないというか、感覚的に人間やエルフのような考え方をしていない。
魔樹は植物なのだから当然と言えば当然なのだが、だからその考え方を理解するのは難しい。
『(…………それは排除、ここからいなくなるということでいいんだよな?)』
『(そうだ。お前がこの場所からいなくなるのであれば問題はない)』
『(それに俺を倒す、殺す、食らう必要性はあるのか?)』
『(特にそうではない。私が知っている排除の仕方が惑わし食らうことだからそうしているだけだ)』
『(つまり排除できるのであれば、殺したり食らったりする必要性はないと)』
『(そうだ。お前がこの場所からいなくなるのであれば問題はない)』
魔樹のアズラットに対する要求……この魔樹の統括する森に入った存在に対して求めるものはこの場からいなくなること。
基本的に魔樹は会話することなく、花粉を用いて相手の精神に影響を与え、自分の所に誘い食らっていた。
しかしアズラットには通用せずどうすればいいかわからなかったため、アズラットを呼びつけた。
そこで不意打ちでこの場所まで来いと口を開き誘導すればよかったのかもしれないが、そこまですることを考えつかなかったようだ。
悪意がない……とは言えないかもしれないが、別にアズラットを積極的に殺したいわけではない。
単純にそうすることで排除ができるからこれまではそうしていただけである。
他の手段で同じことができるのならば別にそちらでもいい。結果さえ同じならば何ら問題はない。それが魔樹の考えだ。
まあ、それがエルフ側にとっては困ることになる可能性はあるが、それは魔樹にとっては関係ない。
魔樹は別にエルフのために動いているわけではなく単純にそう約束したからそうしている程度に過ぎない。
魔樹は特に誰かに何かを求めることはしない。
ただなるように、あるように、相応しい行動を行うだけ。
己が死ぬのが正しいのであれば、ならば死んでも構わないと考える程。
生死にも、他者にも自分にも、基本的に興味がない。
『(…………それなら、俺がこの森を抜けて出ていけばいいってことだよな?)』
『(そうだ。出ていけばいい)』
『(そっちは俺がどこにいるかわかるか?)』
『(この森の中にいるのであれば)』
『(じゃあ、俺はあっちの方に進んで森を出ていく。そっちはそれがわかるのなら、俺が出ていけばそれがわかるってことだろ? それでいいよな?)』
『(…………………………そうだ。それでいい)』
魔樹はアズラットの言っていることを考え…………どうやらアズラットは森を進み、森を抜け、いなくなるつもりであるとわかる。
それならばそれでいい。この森からアズラットがいなくなるのであれば頼まれていた通りだ。
食らっているわけでも、殺しているわけでもないが、森からいなくなるのであれば同じである。
魔樹にとってはそういう考えでしかない。
『(じゃあ俺は行くよ。しばらく……ずっとこの場所に俺が残っていたら<念話>をして文句を言えばいい)』
『(そうしよう)』
そう最後に魔樹とアズラットは会話をして、そのままアズラットは魔樹の下から離れ、森の外へと向かっていく。
(何と言うか……かなり面倒くさい話し相手だった。凄くやり辛かった……まあ、単純で助かったけど)
森の外に向かう中、アズラットの中にある魔樹の印象はそんな感じだった。
単純とは少し違う、複雑怪奇な精神性だったが、まあ面倒ではあったがなんとかできる相手でよかった。
人間またはエルフのような、ちゃんとした思考を持つ相手だったならば恐らくはここまで楽ではなかっただろう。
そんな事を思いつつ、森の外へと繋がる道を通り、アズラットはエルフの里の横を抜けて山を下りて行った。




