180 最強級
自分へと向けて放たれる矢を、アズラットは己の感知能力で察知している。
本来ならば己を殺すために放たれるそれに対し、もっと過敏に対応するべきなのかもしれない。
しかしアズラットはもう襲われることにも、敵対されることにも基本的に慣れている。
まあ、人間やそれに近しい存在に襲われたことなどアズラットにはほぼないため、少しショックではあったかもしれない。
だが自身が魔物であることを認識しており、そのため殺すための攻撃が行われる可能性に関してはわかっている。
ゆえに、その攻撃に対し驚く様子はない。
いや、攻撃が自分を殺すつもりのある一撃なのだが。
それが矢による単純な物理攻撃で合ったがゆえに、アズラットは恐れることがなかった。
「えっ?」
そんな小さな呟き。振動感知による探知能力は結構遠くにいたエルフの声も拾った。
それは驚いたような声だった。いや、実際矢を放った彼女は驚いていただろう。
スライムは基本的に雑魚であるというのがこの世界に存在するエルフを含めた大多数の認識である。
おおよそ多くのスライムは矢の一発でも十分に倒せる。
そもそも、スライムと言ってもその種類は多くない。
特殊なスライムもいるが、基本的には大きいスライム小さいスライムだ。
アズラットの進化種を見ればわかるが、小さいスライムからどんどん大きく、そして強くなる。
今のアズラットの大きさを考えればアズラットはスライム種としては最低の通常のスライムと同等とみていいだろう。
だからこそ、その放った矢はスライムの核を貫き倒す…………はずだったのである。
しかし、実際のアズラットの大きさは湖を覆いつくせるほどに大きく、それがこの小ささに圧縮されている。
その防御能力は物理的なものに対してはとても高く……弓矢程度の攻撃ではどうしようもない。
それこそ迷宮最奥に存在する強力な魔物くらいの強さが必要不可欠である。
ゆえに、矢はアズラットに当たり、その身体に弾かれた。
それを見てエルフは驚いたのである。
「な、なんで!? えっと……」
さらに追加で矢を射るエルフ。
先ほどアズラットを狙った一撃よりも強力に、狙いを的確に。
直接射るのではなく上方からの曲射、スキルによる強撃などを混ぜて多様性を加えている。
しかし、その程度でアズラットが射貫けるはずはない。
多少の技術でどうにかできる防御性能ではない。
「嘘…………」
複数射った攻撃が全く通じていないことにエルフの女性は呆然とする。
そんな様子を感じながら、アズラットはさてどうしたものかと思う。
エルフの女性を無視して山を下りるか、エルフの女性にお返しに行くか、それとも攻撃に恐怖したように逃げるか。
別段どれをしようとも最終的には山を下りるつもりだが自身の印象をどう見せるかの違いがある。
アズラットと言うスライムがどれほど脅威になり得るかは今の攻撃でわかったはず。
ならばその脅威がどう行動するかエルフの女性に印象付けるのは今後のアズラットの行動にかかわる。
もしアズラットが恐ろしく危険であり凶暴な魔物と認識されれば積極的に殺しに来る危険がある。
ここで逃げる、臆病で高い防御能力を持つが敵対する可能性はなさそうならば逃がしてくれるかもしれない。
普通に降りたらどう認識されるかははっきり言ってわからない。
まあ、そもそもどう行動したところで今アズラットを襲ったエルフの女性がどう認識するか次第ではあるのだが。
「矢、矢がダメなら……!」
そういってエルフの女性は今度は氷の魔法を展開する。
<水魔法>の応用か、それとも<氷魔法>か。そのどちらかは定かではない。
もしかしたら単純に<魔法>か、エルフのイメージ的に<精霊魔法>か。
どれであるにせよ、それが魔法系のスキルであることは明確。
そしてアズラットは厳密な意味での魔法スキルは初めて見る。
(おおっ!? もしかしてこれは魔法と言うやつでは!? スキルって結構いろいろあるけど魔法は初めて見るような……こういうスキルと魔法の違いって何だろう。いや、魔法はスキルなんだろうけど……魔法スキル、ってやつだよな。魔法がスキルの一種として明確に区分されている感じか。確か俺も一応<水魔法>のスキルは覚えられる、って話はあったような。まあ、必要ないから覚える気はないが……ちょっとこういう実際に魔法を使われるところを見るともったいなかった気はする。今更覚えようはないし、覚えていたらスキルの空き枠がなくなることを考えると覚えなくて正解だったか? でも、覚えていたら今覚えているスキルを覚えなくてもよ)
「行けっ!!」
(考えすぎたっ!?)
エルフの女性が魔法を使うさまを見て、いろいろと考えていたアズラット。
考えすぎた結果、魔法に襲われる。
しかし、アズラットの防御能力に関しては先述の通り。そもそも魔法も特殊な攻撃手段ではない。
魔法も一種の物理的な攻撃手段に近いものであり、それがアズラットの防御能力には通用しない。
氷魔法と言っても、基本的には生み出した氷をぶつけるだけ。
そこそこ高威力ではあるが、それだけだ。
(別に痛くも痒くも…………ちょっと冷たい!)
物理的な攻撃手段としてはそうなるが、物理的な所以外は違う。
氷の魔法は当然冷気を纏い、攻撃した相手に物理的なダメージを与え、同時に作用した相手に冷気を伝える。
冷気を伝え凍らせる。氷の魔法の攻撃手段としてその冷気は大きな一手の一つである。
<保温>スキルがあれば通用しないものだが、流石のアズラットも冷気には対抗できる手段を持たない。
アズラットの体は凍り付く。
「よしっ! 流石にこれなら凍るでしょ!」
(…………まあ、確かに凍ってるけど)
アズラットの体は氷の魔法により確かに凍っている…………表面だけ。
炎で焼かれるときもそうだが、アズラットの体に対する攻撃作用の多くはその表面でとどまることが多い。
先述していると思うが、アズラットの体は元々とても大きい体を圧縮しているのである。
その全体において、多少の攻撃による冷気や熱気、それによる作用がどの程度まで通用するか。
本来なら全体に浸透するのかもしれないが、元々の大きさが大きさなので全体に回りきらない。
それゆえに、全体に回る分が表面部分にしか回らない。その表面部分でも全体の大きさからみれば結構な範囲であるが。
(これくらいなら…………)
ぱきり、と音がしてアズラットが動き出す。
凍った表面が崩れ落ち、溶け、元の大きさに戻ろうとする。
あふれ出るようなスライムの液体部部分。
それに気づいたアズラットが自分の体をとっさに取り込む。
(危ない……っていうか、今更だけど体表面部分だけが凍るって言っても、結構な被害なんだな)
「嘘っ!? 動いたのっ!? なに、スライム!? 本当にスライムなの!?」
のんびり自分の体のことを考えていたアズラットに対しエルフの女性は驚きと恐怖で叫んでいる。
まあ、完璧に凍らせたと思った相手が動き出したのだからそれもしかたがないだろう。
己の持つ最大の攻撃手段、得意とする攻撃手段が一切通じていないのだから。
そして、さすがにここまでやれば己が相手に敵対視される危険もあると想像するだろう。
「っ! ば、化け物ーっ!!」
襲われるかもしれない、その恐怖が女性を逃走へと走らせた。
(…………化け物はちょっと酷くないか?)
その女性の叫びにアズラットはちょっとだけ傷ついた。
まあ、言われても仕方がない気もしなくはないと自覚はあるが。
 




