179 外の世界のエルフ
アズラットは祭儀場を出て山を下りる。
祭儀場はエルフの手が入り整備されているとはいえ、そう頻繁には行われていない。
そもそも神山は強い魔物が多いため、整備のためとはいえ登ること自体大変である。
それゆえに毎日整備するということもない。
まあ、そもそも魔物も人も祭儀場にはほぼ来ないのだから、そう整備は必要ないだろう。
一応神山に住む普通の動物は祭儀場に来ることができる……むしろ魔物が来ないのならば、住み付いていてもおかしくはない。
まあ、祭儀場の性質からあまり普通の生物も立ち寄るかは怪しいが、ともかくあまり整備する必要性はない。
普通に生物が住むくらいならばそこまで極端にひどいことにはならないだろう。
生物にもよるかもしれないが。
そんな祭儀場に続く道は祭儀場と同じく整備はされている……が、祭儀場と違い魔物が出ることも珍しくはない。
そのため整備されているといっても、ある程度祭儀場まで登りやすいように程度の物。
また、道の周りの整備はあまりされておらず、危険性はそれなりに高い。
そういった危険性があるので祭儀場の整備を行うのはそれなりに実力のある人員と言うことになっている。
今は別に祭儀場の整備をする時期ではないのでアズラットが道を下りていてもエルフに出会うことはないが。
(……これ、このまま道を進むと絶対にエルフの里の方に出るんじゃないか? 流石にそれは問題だよな)
祭儀場に続く道がある……ということは、その先にその道を使う存在がいるということ。
当然それはこれまで何度か話に出たエルフと言う存在である。
この世界における、迷宮の外にいるエルフ。
一応アズラットはエルフの存在については知っているが、知っているからと言って大丈夫と言うわけではない。
そもそも迷宮の十六階層にてエルフの里にアズラットは入っているが、その時はネーデと一緒。
そのうえこの世界における迷宮の外に存在するエルフが人間に対して有効的とは限らない。
多くのファンタジーであるように人間に対しエルフが敵対的、もしくはそもそも外部の存在に対し排他的である可能性もある。
聖国とエルフの里で神山の管理を行っていること、お互い反対側に存在していること。
そのことを考えればもしかしたら何か敵対的な関係性があるのではないかと言う可能性もある。
まあ、そもそもネーデが一緒にいるわけではないので人間に対して敵対的かどうかはあまり重要ではないのだが。
アズラットだけならばスライムがいるだけなので…………普通の魔物に対する対処と一緒になるだろう。
(とりあえず、脇に逸れよう。道沿いに進むのはありだが、できれば隠れて進んだ方がいいな)
今は別に登ってこないとはいえ、エルフと遭遇すれば確実に身の危険が迫ることに間違いない。
まあ、アズラットを倒せるエルフがどの程度いるかは疑問であるが、スキルの種類によっては危険はある。
エルフのスキル取得は人間ほど極端にスキル取得できるわけではないが、結構多い種である。
一般的な魔物はアズラットのように進化しても十に到達しない種がほとんど、そもそもそこまで高レベルになる例も少ない。
そもそも魔物がスキルを取得することは結構難しい。
アズラットみたいな例が異常なのである。
それに対しエルフは思考的にも、能力的にも人間に近しい。
多少偏った部分はあるし、制限もあるが、それでもスキルは覚えやすい。
特にエルフは精霊や魔法と言った特殊な力に関する分野に造詣が深く、そういったスキルを覚えている者が多い。
アズラットがエルフに対して己の身の安全を危惧するのは間違っていない。
物理的な耐性に関してアズラットは極めて高いといえるのだが、魔法などの特殊な力に対しては別だ。
メドゥーサの石化など、アズラットの防御能力を超える力はないわけではない。
だからこそ、安全を図ることはアズラットにとって重要なことである。
(…………結構魔物もいるな。ちょっと色々見てくるか。迷宮の外だと魔物も積極的に襲ってくることはないからな。色々見て回る分には不便にはならない。食事の方はいろいろ困るけど、まあ別にそこまで食事は必要じゃないっぽいし。流石に迷宮で色々やりすぎたような気がしないでもないけど……まあ、過ごす分には楽だからいいけどさ)
そんなことを考えつつ、アズラットは森の方へと向かう。
なんとなく、そこに存在する生物たちの雰囲気と気配を感じながら。
そこにエルフの存在があることもアズラットは察知していた。もっとも、特に気にしてはいない。
ただのスライムに対して脅威に感じるものは少ないし、そもそも森の中では見つけにくいだろう。
ゆえに、別にそれほど危険なことはないとその時アズラットは思っていたのである。
森の中、一人のエルフが魔物と戦っている。
エルフらしく弓矢を用い、魔法を使う普通の戦い方だ。
なぜエルフが魔物と戦うのか。
理由はいろいろとあるが、基本的にこの神山に住むエルフが戦うのは己の実力を高めるため。
一つの理由として彼らは神山に住んでおり、生活を行う上である程度以上に実力がいる。
そもそもこの世界においてエルフはあまり広い活動圏を持たず、大陸はほとんど人に支配されている。
多くの国は人間の国家であり、それ以外の人種の存在が作っている国は今の所ほぼ存在しない。
もしかしたらどこかにあるかもしれないが、エルフたちはその存在があったところで知る由もないだろう。
ともかく、彼らの生活圏はこの神山、聖国の反対がの部分だけであり、それゆえにそこで生活できる能力がいる。
また、もう一つの理由として、祭儀場に行くことができる能力も必要であること。
別に祭儀場に行けるエルフがたくさんいる必要性はないが、その能力を持っていることは重要である。
そもそもなぜエルフたちが神山に住んでいるか。
彼らの歴史的なことを考えれば祭儀場に行けることは重要な要素である。
祭儀場があったから神山にエルフは住んだと考えるなら祭儀場に行けることは一種の名誉だろう。
その整備を行う役割も持ち回り制であったとしてもそれなりに重要な立場の者が行うことになる。
そしてその祭儀場に行く道にも魔物は出るため、実力を求められる。
スキル、レベル、彼らはそれを調べる術はないが、それでも実際に戦える能力を見ればおおよそ実力はわかるだろう。
「ふう…………まだまだね」
エルフの女性一人だけで森にきて、魔物と戦っている。
危険は増すが、己の実力を磨くのにはもってこいの状況である。
祭儀場に行くとき別に一人で行くわけはないので複数人でも行動していいが、そうすると成長が遅い。
他のエルフに負けないよう、祭儀場に行ける実力を、より高い実力をと求めるのならば一人での鍛錬が必要である。
そんな感じで森の中で過ごし、魔物の気配を感じ、魔物を倒しながら鍛えていた。
「ん? あれは…………スライムね」
スライム。魔物の中ではとても弱い種族。
別に倒す必要性もない存在であり、そもそも分解者としての役割を持つゆえに放っておくのが一番いい存在である。
しかし、そのスライムを発見した彼女は何故か胸騒ぎ……とは違うが、何やら警鐘に近いものを感じていた。
「何、あれ……? 私、怖いの?」
恐れ。己の中にある本能的何かがそのスライムに対して恐れを抱かせている。
スライムは魔物の中で最も弱い。それを彼女は知っている。
ゆえにそれはありえないと断言せざるを得ない。
しかし、感じている物は確かにある。それゆえに彼女はスライムに狙いを定めた。
「はあ……倒せばいいの、倒せば」
己がスライム程度に恐れをなしたなどあってはならない。
ゆえに、その恐れを振り払うためにスライムを倒すべき。
そう考え、彼女は矢を番えスライムに狙いを定め、放った。




