178 神に最も近い場所
(ここが祭儀場か………………思ったよりも、あまり儀式的な場所って感じはしないな。ストーンサークル的な感じで人工的な雰囲気はあるけど。そういう点では神秘的っていう言葉は合ってるのかも? 魔法陣みたいな……床に記されている何かはあるし。今も残っているってことは、保存されているとか? それとも今もまだこの場所が維持されているとか? まあ、史跡の保存は普通にあり得ることだろうけど……こういうのって、基本的にそのまま保存するのか、それとも状態を維持するように保存するのかは知らないんだよな。この世界でそういった史跡の保存の扱いがどうなってるのかは知らないけど……)
アズラットが神山を下りて訪れた祭儀場。
祭儀場とは言うが、人工的な雰囲気はあるがちゃんとした儀式場には見えない。
人工物を用いて建築されているが、儀式上の作りはどこか原始的な物のように見える。
きちんとした建物があるわけでもなく、大きな石を積んで作ったような列石構造物。
そして地面に刻まれている魔法陣のような印、それがこの祭儀場の大部分であった。
一応入り口にあたる部分があり、この場所に人が来れるように整備されているのはわかるが、人はいない。
そもそもこの場所に来る用事など、祭儀場の整備や何らかの儀式がない限りはない。
根本的に神山は人が住みやすい環境ではないため、この場所を見守る人もいない状態である。
(だれもこの場所を管理してなくていいのか? 何か魔物でも来て荒らされたら困ると思う…………けど、どうなんだろう? なんだろうな、この場所。聖国とはまた違った、妙な感じを受ける)
この祭儀場に来たアズラットは妙な感覚を受けている。
聖国のような弱体化するようなものではないが、居心地が悪い雰囲気を。
魔物である存在にってこの場所はあまり居心地のいい場所ではない、そうなっている様子だ。
とはいえ、アズラットは知性があるためその感覚のまま行動することはない。
聖国でもそうだが、普通の魔物は近づかないような場所にも近づける。
まあ、近づいたからと言ってこの祭儀場に来ることにそれほど意味はないのだが。
実際観光的な目的、アノーゼからの提案がなければわざわざ来ることもなかっただろう。
周りには危険な魔物が多く、近づく手間もそれなりなのだから。
(ストーンサークルかあ……ああいうのは知識としてはあるけど、実際見たことはない……んだよな? 記憶は結局戻ってないからな……いつ戻るのやら。一生戻らないとかやめてほしいけど。まあ、今は世界を見て回るのを楽しもう。観光目的で来たはいいけど、やることがないんだよな……魔法陣。近づいた所で特に反応はない。そもそもここは何の祭儀場なんだ? 神山っていうのも、なぜ神山? 別に神様……はこの世界にいるんだろうけど、この場所が神と何か関係あるのか? 魔法陣が書かれているだけ、山の中に作られたそれっぽい所ってくらいだよな。まあ、山を神に見立てるっていうのはあるし、山に神秘性を感じるっていう物もあるからそこは何とも言えないけど)
大昔から超自然的存在は神として崇められることが多い。
空に昇る太陽や月、手の届かぬ天空、足を踏みしめる大地、大いなる母たる海。
氾濫を起こす川は龍として扱われ、山や大岩もある種の神として取り扱われることもある。
火などの日常的に扱う現象にも神を見出すことはあり、全ての物に神が宿るとされることもある。
そもそもこの世界には神の存在が実在するのだから実際その存在を信じることは多々あるだろう。
ただ、それだからこそ実在する神でなく山に神を感じるのは懐疑的な部分でもあるのだが。
(……神様がいるのにどうなってるんだろう?)
『基本的に人々の神の認識は様々な様式です。この世界に神は実在していますけど、その神が実際にこの世界に顕現することは極めて稀なことですから』
『それはいったいどういうことなんだ?』
色々考えているところに話しかけてくるアノーゼ。
思考まで彼女にはお見通しなのである意味仕方がない。
『私もそうですけど、基本的にこの世界に神格の干渉はあまりできません。私も多くの場合、己の役割以上の事柄はできませんから。スキルに関することとか』
『……俺と話すのはいいのか?』
『それに関しては特殊な権限ですので。それで、その場所はこの世界における神に最も近い場所……の一つです。わかりやすいその場所以外にもいくつかそういった場所は存在します』
『神に最も近い場所……か』
『はい。こちらにいる神格がその世界に顕現できることが許される限定的な場所ですね』
『さっきこの世界に干渉できないとか言ってなかったか?』
自分の発言内容でいきなり矛盾した内容を言ってきている。
まあ、彼女の言葉で限定的と言っているのだから矛盾しているとは言えないのかもしれない。
『あくまでその場所限定です。あと、神格でも干渉できる存在と干渉できない存在がいます。これはちょっとあまり言ってはいけない部分に触れるので……大まかに話すことになりますが、神格でも上中下くらいの各位があって、そのうちの下位の神格であればある程度この世界に限定的に姿を見せて干渉できる……というのはあるんです。まあ、本当に限定的な形になりますけど。えっと、あんまりこれ以上は言えないのでこれくらいで』
『わかった。ってことは、ここは神様が現れることのできる場所、と』
『はい。こちらと繋がる可能性のある、一種の門みたいな場所です。まあ、今ではほとんど機能していませんけどね』
『へえ……』
この祭儀場は儀式的な場所、特に神と繋がりを作るうえで最も重要とも言える場所。
なぜなら直接神が降臨する可能性のある場所なのだから当然である。
まあ、アノーゼの言う通り今ではこの世界に降り立つ神もいないため殆ど機能はしていない。
しかし、それでも神が干渉を行える数少ない場所と言う点では意味がある。
一部の神が自分の気に入っている存在と対話することが可能な場所であったりする。
もちろんここ以外にもそういう場所はある。なのでここでなければならないというわけではない。
この場所は魔物の存在によって来るのが難しかったり、聖国やエルフによる管理の問題があって基本的に訪れにくい。
そもそも今では神が干渉し関わりを持つ存在も少ない。
ちなみにアノーゼとアズラットがそういった場所に関係なく会話していることに関して。
これは大きな例外区分であるのでかなり特殊なものである。
<アナウンス>や業の黒塗りが普通であるはずがない。
そもそもこの世界において前世と思われる人間の記憶のある転生者らしいスライムという時点で特殊なのは間違いない。
そういった例外事項をアズラットが有しているため神との繋がりが作れる場所でなくとも会話が可能である。
主にスキル<アナウンス>のおかげで。
『まあ、少し見て回る分には自由ですよ』
『あまり見て回るところもないんだけど…………』
『そうですね。面白いものがあるわけでもありませんから。玄関みたいなものですし……アズさんがこちらに来ることができればちょっとは楽しめるのかもしれませんが、それは現状では無理ですからね』
『…………うん、遠慮しておくな』
もしアノーゼの言う通りあちら側、神の所に行った場合。
確実にアノーゼによって面倒なことになりそうなので現状は遠慮しておく。
別にアズラットは彼女のことは嫌いではないが、やはり面倒なことは面倒だ。
アノーゼはストーカ気質のある面倒な女性であるゆえに。
『はい、今はしかたがありません。とりあえず次はエルフの里……いえ、こちらのエルフの里はあまりよくないですね。今はアズさん一人だけですし、単に魔物として狙われる可能性が……』
『別に近づかない分には問題ないだろ。<隠蔽>だってあるし、少し外観を見るくらいなら問題ないさ』
『……まあ、行くと言うのなら構いません。その祭儀場からエルフの里に道が一応通じていますから、その道を参考に進めばエルフの里ですので』
『わかった』
祭儀場は特に見て回るところもなく、見れる部分も大体は見た。
そういうことで次は神山の聖国の側とは反対にあるエルフの里にアズラットは近づくことにした。




