172 潮の香りのする都市
湖から下流に流れる水の流れを発見し、そちらにアズラットは向かう。
川の向かう先は海。アズラットにとっては海を越える船が出ているかが重要になる。
仮に海を渡る船がない場合、アズラットはこの大陸を優先してみて回るつもりだ。
別に海を渡らずこの大陸を見て回るのもいいのだがやはり色々と見て回りたいというものがある。
海の向こうはこの場所よりも別の文化性を持つ可能性が高い。
もちろんこちら側でも国柄、村や街の特色などは有り得るはずだろう。
しかし、なんというか歩いてあちこち移動するのは面倒だ、と言うのが大きいのだろう。
別に馬車に乗ってもいいが、冒険者の気配を気にするのはアズラットとしては面倒だ。
ゆえに船に乗って海を渡る、ということになる。
別に船も馬車も変わらないのではと思わなくもないのだが。
ともかく、アズラットは港、海に面する船のある街を探して向かうのである。
もちろん街が見つからずとも海に出ればそこから海岸へと行き、そのまま海沿いを探せばいつか見つかる。
すぐに見つからないのならばそれはそれで観光となる、と言う気分である。
まあ海ばかり見ても退屈な話だが。
(おっ。ようやく海が見えてきたか……見渡す限りの水平線、この世界もやっぱり丸いのかね? 世界が惑星でない世界と言うのもあるものなんだろうか)
この世界も基本的に惑星基準の世界である…………と、思われる。
世の中には円筒の世界、平面に近しい世界、昔思われていたような平面世界、亀や巨人に支えられる世界もあるようだが。
少なくともこの世界では普通に惑星に近しい環境の世界のようだ。
夜空にも星が散っているし、そんな感じの世界であるのだろう。
もし本気で気にかかるのならばアノーゼに聞けば教えてくれそうな気もするが。
そこまでは気にしていないのかもしれない。
または、自分で見て回り知るのが旅の醍醐味だと思っているのかもしれない。
(さすがに川沿いにいきなり港町、っていうのはないか。まあないならないで海沿いを探せばいいか……もしかしたら海は危険すぎて進出できないとかもあり得るから何とも言えないところだけど)
基本的に海は人間の適する環境ではない。
この世界にはスキルがあるものの、それでも厳しい環境だろう。
呼吸、水圧、戦闘手段、体温、食料、様々な点で水中での生活は過酷だ。
魔物の中には水中での活動に適した、それも人間に近しい種も多くいる。
それらと敵対しながら水中で生きるのは難しい。また、水の上を行くだけでも中々に大変なこと。
それゆえに海への進出は人間には難しい、というのがこういったファンタジーではお約束である。
まあ、それでも未知に挑戦するのが人間なのだが。
(とりあえず……あっちかこっちか、どっちに行こうか……)
アノーゼにどちらに行った方がいいか、というヒントでも聞こうかと一瞬アズラットは考えた。
しかし、少し前までアノーゼとの<アナウンス>が凍結されていたこともあり、さすがにそれはどうだろうと考える。
竜王の時はしかたがなかったとはいえ、今回のような些事に力を借り結果としてまた同じ目になったらたまらない。
今のアズラットにはアノーゼは寂しくなった時の孤独を埋められる唯一の相手なのである。
少々頼りすぎかもしれないが、それでも他に頼る相手がいないゆえに。
まあ、そんなことは本人に対して言えないのだが。
たとえ思考を監視しているから知られるとはいえ。
(とりあえずこっちに行くか……)
そうしてアズラットは行く方向を決める。そちらに向かい、街か何かを探すことにした。
ちなみに、どちらに進んでもいずれ港町にはたどり着く。
別に港町が一つだけしかないというわけではないのだから。
(お。見えてきた。船もある……帆船? 結構でかいよな。遠くからでも大きさがわかるな)
アズラットの到達した港街は結構大きな規模の場所だった。
街と言うよりは都市のほうが正しいだろう。
最初にどちらに進むか選んだ方向次第ではもっと小さい、本当に港街と言える所に到達していた。
そういう点ではアズラットの選んだ方向は当たりだったといえる。
そしてその港湾都市にアズラットは侵入する。まあ、正規に入ることはできないだろう。
港町にも当然ながら冒険者や冒険者ギルドは存在する。船に乗るうえでも冒険者は重要な存在だ。
(……ばれそうになるから怖いよな。とりあえず、どこか隠れやすいところに)
隠れながらアズラットは街を見て回る。
最終目標は船であるが、隠れるにしても事前調査は必須である。
どこに隠れるか、どうやって侵入するか、乗るであろう船員の数、乗客、護衛の冒険者の調査。
また、いつ出るかも重要だ。毎日港から船が出るとも限らない。
こんな世界では船も相当な貴重品である。
積み荷を載せている様子を見たり、冒険者の動きや乗船する船員の動きから推定するしかない。
まあ、事前に隠れて乗っていてもいいのだが。
そういったことをする前に観光くらいはしたい、そんな気持ちだ。
(水産市場があるな……魚だ。昆布やワカメの類は取り扱ってるのか? 海藻類は食べられる人種が限られるという話が知識の中にあるようなないような……実際どうなのか知らないけど。魚以外にも貝類とかもあるし、やっぱりそれなりに食べられてるのかね。っていうか魚も釣りとかでも取れるといえば取れるのか……遠洋漁業的なのは辛いか? 底引き網とかはどうなんだろう。魔物の存在もあるからなあ……あ。あれって魔物か何かじゃないか? 魚……でも魔物はいるんだが……よくよく考えれば普通の海にいる魚の魔物か普通の生物かっての区別は難しいよな。迷宮内なら楽だったんだが。深海魚とか出されたら普通の魚じゃなくて魔物だと思うんじゃないだろうか……)
魔物か普通の生物か、というのは実のところ見た目だけでの区別はつきにくい。
そのあたりの区別はスキルや素材などで判別するしかないという。
まあ、結局見た目で判断はできないということだ。
毒さえなければあとは味の問題であり基本的に魔物の肉というのはおいしいことが多いらしい。
迷宮の魔物と違い、普通のこの世界にいる魔物は別に完全栄養食的な存在ではないのでそこには注意が必要である。
そういう点では迷宮の存在は飢えに対する圧倒的なアドバンテージになるとも言え、その存在はとても重要だ。
ちなみに、この港湾都市はアルガンドの物ではない。アルガンドに近い国の物である。
そもそもアルガンドは小国である。
持ち得る迷宮によって大きく稼いでいるからこそその立場を維持できている。
そして、その迷宮の維持で精一杯、迷宮に来る冒険者の保全で精一杯、なんとかフィフニルを維持するの精一杯、と言う感じだ。
あそこはあそこで色々と大変なようである。まあ、アズラットには関係のない話。
(……さすがに漁業関係の場所とか簡単にはわからないな。船員とかの動きを見れば推測はできるが。まあ場所が分かったところで会話で細かい話がされていないと詳しいことはわからないんだよな……どこかで文字を習いたいところだ)
アズラットはこの世界の人間の言葉はなぜかわかるが、文字は基本的にわからない。
なので文字で記されている情報は不明であり、建物に関しても詳しいことがわからない。
まあ、この世界の人間でもすべての人間が文字を習っているわけではないので見た目でわかるところも多いのだが。
(とりあえず、先に船をある程度確認しておくか。隠れやすい場所とか事前に見つけておいた方が楽だし……やっぱり船底とかかな?)
そうしてアズラットは船の中を探索する。そして船が出発する期日まで、港湾都市を見て回った。




