171 神宝を宿して
『なるほど。人助けをしてその人から貰い物をしたのはいいがその処理に困っていると……』
『まあ、そんな感じだな』
アズラットは大まかな経緯をアノーゼに伝える。そして、どう対処すればいいかを聞いている。
『壊しましょう』
『え?』
『私以外からの女性のも貰い物なら壊しましょう。ええ、もちろん完膚なきまでこの世界から残らぬように』
『ちょっと!?』
『冗談です』
『冗談に聞こえないんだが……』
ヤンデレでストーカー、みたいな気質のアノーゼの言葉だから余計に冗談には聞こえない。
まあ、アノーゼにその指輪を壊すつもりはない………………はずである。
アノーゼの場合、それが女性から貰った指輪、という点で壊す対象になりかねない。
一応この世界でも指輪は結婚の証として存在しうるものであるゆえに。
それをくれた相手もいないし、アズラットの物となっているのだから流石にそこまでは言わないと思うのだが。
『とりあえず、アズさんはそれをどうしたいんですか?』
『そりゃあ……一応貰い物だし、そのまま持っておきたいかな。このままここに置いていくのもあれだし、消化して無くしてしまうのもあれだし……』
『まあ、そうですよね。彼女がずっと待って、ようやく戻ってきた指環ですからね……』
『そうそう。だからどうしようかって思ってたんだ』
『なら答えは簡単です……いえ、その決定は簡単ではないかもしれませんが』
よくアズラットと話をしているせいかアノーゼがどういう存在か微妙に忘れがちかもしれない。
いや、そもそもアノーゼが関わることが色々あるのも原因の一つだろう。
普段からいろいろと助けてもらい教えてもらっているのだからそもそもアノーゼの本来の役割は何か、教えられることは何か忘れないでいてもらいたいところである。
『スキルを覚えましょう』
『スキルかあ……』
アズラットはスキルに関して考慮はしていなかった。
いや、考慮できなかったともいえるのかもしれない。
『今のアズさんなら、一応スキルは二つ覚えることができます。だから余裕があるといえばありますが……』
『最後の一枠だけにする、っていうのはちょっとつらいかなあ……』
アズラットが覚えられるスキルは全部で十三。そのうちの十一枠を既に使用している。
アズラットが使えるスキルは十二だが、そのうちの一つ<空中跳躍>は<跳躍>に紐づけられている。
なので枠として使われているのは十一枠。残り二つ覚えられる。
だが、ここで問題なのがアズラットの現状だ。これ以上アズラットは進化できない。
これ以上の進化の有無をアズラットは知らないと思われるが薄々自覚しているのかもしれない。
『でも、アズさんこれ以上のスキルって何か必要になりますか? 正直言って今のアズさんはこの世界のほとんどすべての人間や魔物よりも強いから特別そこまでスキルは必要ないと思いますが……』
『そうかもしれないけど、不安はあるだろ。問答無用でこちらをどうにかできるスキル、とかあるかもしれないし』
『そんなスキルは……………………ない、とは言いませんが』
『あるのかあ……』
ない、と言おうとして思い至ったものがあるらしく、言葉を濁して曖昧に言ったアノーゼ。
しかし、その言葉を濁している時点でないわけではないというのがわかるだろう。
流石に気付かないはずもない。
『まあ、そういったスキルは本当に特殊ですから。そうそう出会うこともありません。それに、そういったことばかり気にしてそこにあるその指環は放り捨てていきますか?』
『……その言い方は卑怯だな。流石に放り捨てていくとかそんなことはできないさ』
アズラットとしては指輪をどうするか結論は出ている。それゆえにアノーゼの言葉は卑怯に思う。
しかし、どちらかと言うとアズラットのほうが卑怯であるとも言えるだろう。
既にどうするかを決めているのに、わざわざ訊ねているのだから。
いや、もしかしたら踏ん切りがつかなかったからかもしれない。
『とりあえず、スキルを覚えるということでいいですね?』
『ああ』
『では、どういうスキルがいいのかをお教えしましょう…………と、言いたいところなんですが。アズさんの場合、少々特殊と言いますか……制限の問題がありまして』
『例の種族の問題とか、特徴の問題とかか』
足のない種族に足関係のスキルは得られない、手のない種族に手関係のスキルは得られない。
そんな感じに種族特徴的に覚えられないスキルは多い。
その例外にあるのが人間だが、それは今は置いておこう。
アズラットの場合、己のスライム的特徴に関係するスキル、もしくは己自身だけでも可能なスキルは覚えられる。
<念話>や<契約>に関してはアノーゼとの関わりがあったから覚えられた特殊なものだが、それ以外は基本的にそうだ。
当然指輪をどうにかするために覚えられるスキルもそういった自分の能力に関わるスキルとなるのだが。
『基本的に物を保管するスキルと言うのは、そのまま<保管>や<倉庫>、<格納>とかになります。特殊なものとしては別の次元空間に格納する<異次元>関連のスキルとかもありますね。しかし、こういった普通に保管する手段と言うのはアズさんは覚えることができないでしょう。そういった特殊な事例にアズさん、スライムというものは基本的に関わらないですから』
『そうか…………』
『まあ、そもそもスライムが食べた物は何処に行く、という疑問をどこかの科学者が提議したという話もあるんですけどね。実際スライムは食べた物が明らかにスライムの体の総量に見合わないという話があって……と、これは少々本題からずれますね。まあ、そういう感じでスライムはまともな保管系スキルは覚えることができません。まともなものは』
『つまり、まともな物でなければできると?』
『そうなります』
普通のスキルを覚えることはできない、正当なスキルは覚えられない。
しかし、それはあくまで普通に保管できるスキルの場合。
物事には特殊なものも多くあり、例外とされるものもある。
アズラットの場合、自身の能力にかかわる保管スキルなら覚えられる。
まあ、それは厳密に言えば保管するスキルとは少々感じが違うものであるのだが。
『どういうスキルなんだ?』
『<同化>です』
『……<同化>ねえ』
<同化>。その名前の通り、自分の体と同化させるスキル。
確かにこれはある意味保管できるスキルかもしれない。
自身の体と<同化>させることにより、自分の体の一部、またはその身体に含んでいる状態にする。
それ自体は一時的に自分の中に存在する状態になるが、それでも持っている状態、保管している状態にはなるのだろう。
『なんかイメージとは違うな』
『まあ、本来ならこれは自分の体に存在を含ませるもの。自分の体の一部にするもので保管するとは少し違いますからね。ですが、それをその形その性質その能力をそのままに<同化>すれば保管することと同じになりますから、特に問題はありません』
『そうか……』
『一応このスキルは制限もありますけど、アズさんはあまり気にする必要はありませんね』
『制限?』
『自分の体と同じ大きさのものまでしか<同化>できないという制限です。自分の体を超える量と<同化>すると自分以外のほうが多くなってしまうので。でもアズさんの場合、本来の体の大きさが基準になりますから』
『ああ…………』
アズラットの場合、その体の大きさが基準となるスキルはあまり使用するうえでの問題がない。
なぜなら、今のアズラットはとても小さいが、本来のアズラットは湖一杯に体を広げられる程に巨大である。
それでも最大サイズではないのだからその体の大きさのとんでもなさがわかるだろう。
まあそんな感じなので指輪程度の同化なら全くと言っていいほど問題にはならないのである。
『じゃあ、それにするか……でもスキル枠を使っちゃうのがなあ……』
『あまりうじうじ悩んでも仕方ありませんよ? 指環、持っていくのでしょう?』
『そうだな……じゃあ、頼む』
『はい!』
そうしてアズラットは<同化>のスキルを覚える。
そして指輪をその身に宿し、下流探しを再開した。




