168 川の行きつく先
オークの集落で人間を食らい、そこに残っていた意志のある人を助ける。
助けるといっても、ネーデの時のようにつきっきりで積極的に助けるわけではない。
あの時はアズラットもギリギリであり、また契約の都合上どうしても会話しなければならない。
そして、その後どうするかの問題もあった。流石に戦闘能力のない少女を放置できなかった。
しかしこの場においては違う。オークの集落からならば、逃げようと思えば恐らくは逃げられる。
ネーデと違い成人以上の冒険者のそれなりに実力のあるだろう女性。
それならばまだ逃走は可能であると思われる。
まあ、装備もないので本当に逃げることくらいしかできない。しかし、それだけで十分だろう。
彼女はまだ戦う力と意思、現状に耐えうるだけの強い精神と心を持っているのだから。
そういうことで彼女を縛っている拘束部分だけを食らい、あとは好きにしろと去って行った。
人間のことは人間で片付けるべきであり、アズラットが深く関わるべきではない。
オークの集落に関してもあアズラットがその集落を滅ぼす手伝いをするのは話が違う。
救けはしたが、その相手との当事者ではないのだから。
(川か。あの街の時も川沿いに進んだけど……そうだな、行きつく先は海だし、そっちに行ってみるのもありか。港町でもあればそこから別の国とか大陸とかに行けるかね? まあ、こういうのってお話だと海は魔物の宝庫であまり自由に行き来することができない、とかあるからな……行くだけ行ってみるのは別にいいか。船が出てなくても港町は港町、観光してまわる目的だから別にいいよな)
海に出て国外に出る、世界旅行が目的であるのでできれば海を渡りたいという気持ちがある。
しかし、それができないならばできないでまた単に街を見て回るだけでも今のところはいい。
あちこち見て回り、これ以上見るものがこの大陸にない状況になってから海に出るのもありなのだから。
ともかく、いろいろと見て回るうえで様々な所に行く目的もあり、川沿いを進む。
最初はそれで街にたどり着いたのだから次もまたどこかにたどり着けるだろうと考えて。
(これは…………でかい池! ではなくて、湖かな。なんだ今のボケ……)
アズラットが川を下り行きついたのは湖である。
かなり大きめの湖。その端に川を下り行きついた。
(しかし、湖か…………なんというか、景観が観光理由の場所はあんまり観光目的にはし辛いな。まあ、こういう場所もあると見て回る分には楽しいけど。そもそもこの世界、楽しい場所とかあるんだろうか……元々あまり精神的な娯楽は微妙な感じだからな。即物的な娯楽のほうが……まあ、スライムだと食事とかは頼めないし、物を手に入れてもそもそも住んでいる場所もないし……どこか行ったり来たりしているだけで旅行中だし……本とかだって、この世界の文字は知らないわけだし。あれ? そうなると観光とかってあまりよろしくないのでは?)
初めて迷宮の外に出て色々と見て回り、初めてアズラットは外に出て何をするのか、ということにたどり着く。
元々世界を見て回るつもりはあったがその世界を見て回るが目的でありその先に何を見て回るつもりかが微妙に抜けている。
迷宮にいるときは生きるため、強くなる、力を得るという目的で活動していたが、それが終わったのも要因としては大きいだろう。
この世界でアズラットは生きるだけならばもう充分楽にできるのだ。
ゆえにやるべきことが少ない。
ある意味世界を見て回るのはそれを決めるため、何かを見つけるためでもあるのだが……ほぼ観光である。
しかし、その観光に関しても、そもそも何を見て回るのか、だ。
景色とかの景観はあまり興味がない。
一応この世界がどういう世界なのか、それを見て回るという点では景色や景観を楽しむのも一つありなのかもしれないが。
(……まあ、地理的なものを知れる、という点ではいいのかな。地図もないからだいたいかなり大雑把な把握になるけど。一応太陽とか見れるから方角はわからないでもないけど……それでもあんまりわからない感じだな)
一応の地理把握的な意味でもこの場所に来た意味はあるだろう。
しかし、アズラットはこの世界の正確な地理を知り様がない。
そもそもこの世界の地理などこの世界の住人ですらあまり細かくは知り様がないだろう。
こういった世界観における地図とは基本的に軍事機密みたいなものであるものだ。
そんなものがそのあたりに出回っているわけもない。
なのであってもかなり大雑把な大陸図くらいだろう。
他の大陸の図まで正確に写している地図がこの地にあるとも思えない。
それ以前に他の大陸があるのかも未だにわかっているわけではないのだが。
(しかし、湖周りを見て回るにしても結構大きいな……水の中に入る必要性は特にないから入らないけど。んー、どこか下流に流れている部分があるかな。そういった場所を探して、早く港町にでも行きたいところだ……まあ、川沿いにあるとは限らないんだけど)
必ず街が川沿いにあるとは限らない。
港町は川が側になくとも特にこれと行って問題にはならないだろう。
海にさえ面していればそれでいい。
まあ、川があれば船を上流に運ぶこともできるので川があった方が都合がいいだろう。
水に関しても川の水が利用できるならそちらの方がいいかもしれない。
そういうことで川沿いにいけば海に、港町に行けると推測できる……そもそも海岸に着けば海岸沿いに進めばいずれ見つかるだろう。
(さて、とりあえず…………って、人がいるな。一応隠れながら進むか)
湖の傍にたたずむ人影が存在する。それなりに良い所の出であるような服装をした女性である。
こんなところに女性が一人いる、と言うのも奇妙な話だが、この世界にはレベルやスキルがある。
服装に関しては不明だが、この世界であればそんな服装の女性がここまで来ることもできないわけではないだろう。
そもそも服装云々を言うのなら素材次第でもある。
迷宮産の素材ならひらひらした服装でも鋼鉄並みの防御を持つこともある。
そんなふうにあまりその女性のことを気にせず、見つからないようにアズラットは湖の周りを下流に進むために進んでいた。
しかし……そんな中、アズラットは一つの違和感を発見する。
(んん? なんだろう……気配がない? 振動感知で感知できない? 構造把握に引っかかってる感じはないし、スライムの視界はあまり明瞭でもないのに……なんというか、あの人、はっきり見えているな。いや、待て、振動感知に引っかからない人間って何だよ? そこにいるなら、振動感知には引っかかるよな? スキル……か? 振動感知に引っかからないだけのスキルって意味あるのか? いや、そもそも視界には見えているわけだから隠蔽系でもないし……そこだけごまかしても仕方がないような………………これはあれだろうか)
湖の傍にたたずむ人影、女性の人影に関してアズラットはうまく感知することができない。
しかし感知には引っかからないのにその存在ははっきりと見えている。かなり遠くにいるのに。
人間の視力でもその女性をはっきりと見ることは難しいだろう。そこにいることはわかっても。
だがはっきりと見えている。くっきり、世界に浮きだすかのように。
(視力が悪い人間が眼鏡をはずした状態でも、はっきり見えるっていう話はあるしなあ……たぶん、もしかしたら、あれは幽霊と言うやつか? この世界で魔物のゴーストとか……いたっけ? ゾンビははっきり見たが。ああ、確か五階層あたりに光の塊の幽霊っぽい魔物がいたか? でも、あれは人間の幽霊とかそういうのじゃないんだよな、たぶん。そもそもあの女性はっきりと人型だし……いや、マジで幽霊?)
幽霊。この世界に魂や霊体と言う者に関してアズラットははっきりと存在しているとはいえない。
自分自身が転生したと思われることから魂はあるかもしれないが、それでも存在するとは断言できないだろう。
しかし、そんな感じなものを今目の前にしている。
(魔物はああいうのを見れるのか……人間は見れるのかね?)
初めて見るその存在に、アズラットは興味を持つ。
どんな存在なのか、近づいて様子を見てみることにした。
 




