017 対人練習の相手
二階層。迷宮において低い階層というものはあまり意味の無い階層であるとされている。
というのも、この迷宮の一階層を見ればよく分かることだろう。
ラビリンス、迷宮では一般的な遺跡構造と呼ばれる構造。
そこに植物などが生えることはなく、魔物がいるだけの通路。
そして一階層にいる魔物は基本的に弱い魔物である。
迷宮によって内容は違うが殆どの迷宮ではそうなっている。
弱い魔物に価値はない。
厳密に言えば利用方法がないわけでもないが、おおよそ戦う意味もない相手である。
ゆえに一階層の魔物は素通りされることが多い。
余程の初心者冒険者でもなければ相手をすることが少ない。
この迷宮で言えば、大鼠、大蝙蝠、スライムの三種類。それにどれほどの価値を見出せるか。
素材としてはどれもあまり価値はなく、食物としては大鼠と大蝙蝠が一応食べられることもあるくらい。
魔物としてスライムはごみ処理などに利用できなくもないが、それも頻繁に必要であるというわけでもない。
経験値としてはどれも価値がない。
ここで経験値を貯めるよりも、二階層に進みそこで魔物と戦った方がいいだろう。
もっとも、その二階層も一階層よりも多少強い、練習相手になる程度でそこまでの強みはない。
この迷宮の場合は大体の場合三階層で戦闘の修行が行われる。
これは出てくる魔物の種類が影響している。
しかし、三階層が早いと思えるような冒険者ももちろんいる。
そういった冒険者は二階層で修行をする。
そういうこともあり、二階層は一階層に比べ冒険者が多い。
少なくともアズラットはそう感じる程度には感知している。
(むう……一応冒険者であるか、スケルトンであるか、ゴブリンであるかはなんとなく把握は出来るが……やっぱりその辺はまだ不安だな。おかげで頻繁にスライム穴に隠れないといけない。それで通るのがスケルトンやゴブリンだと損をした気分だ。いや、ゴブリンはまだこちらに攻撃してくるからスケルトンだと完全に損か)
二階層にいる魔物はイエロースライム、スケルトン、ゴブリン、大蜥蜴の四種類である。
そのうち、イエロースライムはアズラットを恐れ近寄らず逃げている。
スケルトンはアズラットが動いていると攻撃してくるときはあるが、基本的にはスケルトンが近づけば動かないことで回避できる。
ゴブリンはスライムを見かけると大体の場合襲ってくる。
とはいえ、この階層にいるゴブリンは素手であるため危険は少ない。
アズラットはスライムの見た目であるが、実際にはビッグスライムでありその戦力は大きい。
大きさが普通のスライムよりも大きく、圧縮でその大きさを小さく見せかけているだけで、その体の総量は変わらない。
つまり小さい体にみっちりと液状の体が詰まっている状態、高い密度の状態である。
その体にゴブリンの攻撃能力でダメージを与えることはできない。
与えることができてもほんの少しである。
大蜥蜴はそういう意味では体に噛みついてくるのでなかなか厄介なところがある。
ただ、大蜥蜴はスライムを見てもあまり襲おうとはしない。
専ら大蜥蜴の餌はゴブリンとなっている。
二階層には四種の魔物がおり、そのうちの二種が人型だ。
大きさや肉のつき具合が違うこともあり、音でどれであるかを判断できる。
ただ、判断できるとは言えその差はかなり少ない。
アズラットもある程度慣れてようやくある程度分かるくらいである。
ゆえにスライム穴に隠れないといけない。危険はなるべく避けるようにする。
(…………冒険者。しかし、いつまでも隠れていないで何とかできるようにならないとだめか? いや、俺は人間を襲うつもりはないからな。だから人間と戦うことを考える必要はない…………んだけど)
アズラットは自分が元人間であったと知識から判断している。
ゆえにアズラットは人間を襲うつもりはない。
もし人間の死体が迷宮内部に存在していればそれを食することはあるだろう。
それはスライムとして当然の行動である。
もちろんアズラットは元人間であるのでそれはどうなのだろうと思う所はあるが、死体はただの死体である。
死体はそうすることに関して問題はないが、しかし生きている人間相手にどうこうするつもりはアズラットにはなかった。
これはアズラットが人間であったころの倫理観を未だ残しているからである。
その割に死体を食らうことは大丈夫なのは、今までスライムとしてそういう生き方をせざるを得なかったと言うのがある。
まあ、死体をどするかはともかくとして、生者を襲うつもりはアズラットにはない。
しかし、それはアズラット側の都合である。
アズラットは襲うつもりがなくとも人間はアズラットを見かければ殺しにかかってくるだろう。
その時アズラットがどうするか。人間に対してどういった行動をとるのか。
逃げるのも構わない。戦うのも構わない。
いざと言う時自分が生き残るために殺すことになるかもしれない。
そういった色々なことを考えるべきである。
そして、そういった事態になった時に対応できる能力を持つべきだ。
(よし、今!)
アズラットはスライム穴からスライム穴の前を通ったゴブリンに襲い掛かった。
「ギャッ!?」
ゴブリンは突如自分の足にひっついたスライムに驚き悲鳴を上げる。
しかし、それがスライムであると分かると途端に強気になる。
「ギーッ!」
ゴブリンは素手でアズラットを掴み、引きはがそうとする。その体を掴み潰そうとする。
(悪いけど、そういうの効かないから。このまま体を伸ばして……)
アズラットは体の圧縮を解除する。ビッグスライムの体はスライムの体よりも大きい。
それも、アズラットの場合はスライム時に色々と食してきたこともあり、余計にビッグスライムとなった時の体は大きい。
その大きさはゴブリンの体を半分程呑み込める程度には大きい。
「ギギャーッ!?」
体を半分飲み込まれたゴブリンはまたも悲鳴を上げる。
スライムは取り込んだものを消化する能力を持つ。
すぐに全身を一瞬で消化できるほどの消化能力はないが、じわじわと体を消化される感覚は相手にしてみれば悍ましいものだろう。
それ以上に、体を消化されることで爛れるような痛みも感じる。
それはとてもきついものとなるだろう。
(……じゃあな)
しかし、アズラットはゴブリンに継続して痛みを与えるつもりはなかった。
アズラットの持つスキルは三つ、<アナウンス>、<ステータス>、<圧縮>。
そのうち<圧縮>は圧縮するスキルである。
基本的にアズラットはその体を圧縮させるために使っている。
しかし、それは別に他者に使えないわけでもない。
そして、体を圧縮させる際にその内部に異物を取り込んでいた場合……それも圧縮される。
「ギャッ!!」
ゴブリンは短く悲鳴を上げる。下半身がアズラットの圧縮により、潰された。
体は上半身から千切れてはいないが、さすがに半身を潰されたゴブリンは虫の息。
一応まだ生きてはいるが、それでもすぐに息を引き取ることだろう。
その前に下半身を徐々に消化していく。
そして当然ゴブリンはそのまま息絶える。その上半身も取り込み、消化していく。
(ふう…………)
幾らか虫相手にやっていた待ち伏せ、それをゴブリンなどの人型相手に通じるようにしたもの。
しかし、アズラットの中にはこれでいいのかという疑問が浮かぶ。
(うーん……スケルトンやゴブリン相手には通用するけど、人間は無理か。そもそも、殺しているし……)
人間の冒険者の場合、この階層のゴブリンやスケルトンのように素手ではない。
武器を持っていて当然である。
場合によってはスキルなどを使ってくることだろう。
その場合現在のアズラットでは死ぬ危険の方が高い。
それ以前にアズラットは人を襲いたいわけではない。
そもそも殺して対処するのもよくない。
(もっと別の手段でないとだめか……いや、そもそも戦う手段を模索すのも変な話だけどな)
スライム種というのは基本的に弱い魔物である。なので直接戦うことを想定するほうがおかしい。
だが、必要に駆られて戦わなければならないこともある。
そういう場合の対処手段をアズラットは欲しいと思っている。
(……不意打ちで襲う手段じゃなくて、なんとか戦う手段を探さないといけないか)
今のスライム穴から前を通った魔物を襲うのではなく、もっと直接的に戦える手段を模索しなければならない。
スライム穴から出るのは不安ではあるが、外に出て模索しなければならないとアズラットは考え行動する。




