162 迷宮の国
竜生迷宮の存在する国は一般的には迷宮国家と呼ばれる国。名はアルガンド。
迷宮国家、と呼ばれるのは竜生迷宮があるから……ではない。
他にいくつもの迷宮を有しているからである。
基本的に迷宮と呼ばれるものは各地に存在しているが、アルガンドはその数が多い。
具体的な数は不明だが、首都フィフニルから四つの迷宮に通じる道が存在する。
これは迷宮の近くに首都を作ったからだが、他にもアルガンドにはいくつもの迷宮がある。
他の国はあってもせいぜい三つほどだろう。それと比べ倍以上に多いのがアルガンドだ。
そもそも、迷宮がある場所のほうが基本的には少ないだろう。
迷宮はずっと残り続けるわけではなく、最下層まで行き迷宮の核を破壊されれば消え去る。
生まれる頻度に対し消える頻度のほうが多い。そもそも生まれる要因すら不明だ。
迷宮は離れた場所に生まれることが多いのであるが、アルガンドはかなり近場に存在する。
アルガンドの国土はそれほどではないが、その狭い範囲に複数の迷宮を有する。
それがアルガンドが国として結構な立場にある理由だったりするが……まあそれは関係ない話だ。
そんなアルガンドであるが、大きな問題を抱えている。迷宮があることによる問題だ。
迷宮は放置しているわけにはいかない場所だ。
なぜなら迷宮の魔物を倒さなければ迷宮から魔物が溢れる。
迷宮から魔物が出てくることは場合によっては大きな災害に近い被害になり得る。
当然ながら、迷宮を攻略するのは冒険者である。
つまりたくさんの迷宮があるアルガンドには冒険者が必要になる。
迷宮の数、迷宮の難易度、それに応じて要求される冒険者の数は増えることだろう。
迷宮を破壊すれば話は変わってくるのだが、それはあまりできない。
資源的な問題が存在する。迷宮はかなりの資源の産地となる。
魔物の肉、魔物の毛皮、魔物の骨、魔物の牙、魔物の持つ武器防具、魔物の鉱石、などなど。
別に魔物に限らず、迷宮内部には様々な物があり、場合によっては鉱脈がある場所もあるという。
他にも薬草果実植物、回復効果のある液体、毒の水源、その他いろいろと。
そういった様々な資源の存在は迷宮を有する国にとってはとてもありがたいものだ。
それゆえに、単純に危ないから迷宮を破壊するというわけにもいかない。
そもそも、簡単に破壊できるとも限らない。
竜生迷宮のような敵が強い迷宮や、水渦迷宮のような根本的に先に進むのが大変な迷宮もある。
そのため、迷宮は基本的には積極的に破壊しない、という方針で決まっている。
もっとも迷宮を破壊した場合の罰則があるというわけでもない。
一応迷宮攻略はある種の実績、栄誉だ。
国にとっては資源がとれなくなるから歓迎されないが、迷宮から出て来る魔物の危険がなくなるという点ではありがたい。
なのでそのあたりは冒険者に委ねられている……まあ、そこまで細かく考えている冒険者ばかりではないが。
と、迷宮と迷宮の存在するアルガンドについて語っているが一体どういうことなのかと言うと。
そのアルガンド、そしてその首都フィフニルにアズラットが来ているからである。
(っと! <隠蔽>!)
街の中、アズラットは物陰に隠れて<隠蔽>を使う。
街の中という環境である以上隠れるのは必要になるだろう。
しかし、<隠蔽>を使って隠れるほどのものだろうか。
もちろん堂々と出歩くわけにもいかないのだが。
普通街の中を進むといっても、それなりに物陰はあるし、隠れる場所もある。
アズラットもそこまで大きな存在ではなく隠れて進めばそれほど見つかる危険性は少ないだろう。
そう思うところだが、アズラットの今いる場所はそうではなかった。
(…………ふう。行ったか……なんでこんなに冒険者ばかりなんだ)
アズラットが<隠蔽>を用いてまで隠れている理由は冒険者の数にある。
通常の街の人間はアズラットがいても、いるだけでは気づかない。
その姿を確認するまではわからない。
しかし、冒険者は違う。冒険者は様々なスキルを、戦闘向けのスキルを有することが多い。
<気配察知>、<魔物感知>、<生体探査>など、アズラットのような魔物を感知するスキルは多い。
もちろんアズラットは魔物だが、それだけでそこまで察知されることはないだろう。
街中にも弱く数が少ないが、雑魚の魔物はいくらかいる。
まあ、場合によっては街の子供に倒されるレベルだが。
ともかく、冒険者はそういう察知するスキルを持っていることが多く、そのせいで見つかってしまうのである。
今のアズラットのレベルならそこまで危険なことはないし、<隠蔽>で隠ればいいだけなのでそこまで問題にではないが。
(なんなんだろうな、この街……)
あまりにも冒険者の数が多く、自由な探索ができないとアズラットは面倒くさいと思っている。
実際のところアズラットのことを探知できる冒険者はそう多くないのでそこまで面倒でもない。
冒険者と言っても全ての冒険者が高レベルであるわけでなく、スキルに余裕があるわけでもない。
また、スキルを覚えるといっても明確にスキルに関して認識している冒険者ばかりでもない。
だいたいこれができればいい、で大雑把にスキルを覚えている者も多い。
また、あれが面倒これが面倒、と楽をするためのスキルを覚えている場合もある。
そういうわけで、基本的に探知系スキルを持つのはそういう役割を担う冒険者だ。
そして、そういう冒険者はそこまで数が多いわけでもない。それでも見つかるのは面倒である。
アズラットが知っている冒険者はネーデ、またはフォリア。基本的に強い冒険者ばかり。
もちろんそういう冒険者ばかりではないのはわかっているが、危機意識のほうが強い。
(しかし……なんというか、街の中にも格差があるな。あっちのほうとこっちのほうだと段違いだ)
今アズラットがいる場所はアルガンドの首都フィフニルだが、このフィフニルはとある問題を抱えている。
それをアズラットは街の格差と言う形で見ていた。
アルガンドは明確に四つの街部分で構成されている。
一つは明らかに大きな城のような建物……もしくは砦のような建物。
これが城なのか、領主館なのか、または砦か要塞か何かなのか、アズラットにはわからない。
まあ、それはどうでもいい話だ。確実に危険そうなのでアズラットは近づかない。
一つは高級そう……というと語弊がありそうだが、そんな感じの建物のある街並みの場所。
明らかに建築されている家々の大きさが違い、貴族が住んでいそうな雰囲気のある家々である。
まあ、これは他と比較して、ということになりアズラットの知る限りで二階建てくらいのものだ。
それでも他と比べてかなりいい建築物であるのはわかる。その点からの判断だ
一つは普通の建築様式の建物である。
普通、というのは本当に普通で平屋の一軒家のような感じの建物。
この世界に集合住宅の類はなく、基本的に生活できる建物は一軒家が多い。
一応商店の類のような感じの建物もあるが、それは少し他より大きめに見える。
まあ、細かい話はいい。アズラットも全部を正確に見れているわけではない。
おおよそそんな感じ、といった具合だ。
そして、最後。
これはアズラットがいる場所であるが……明らかに雰囲気の悪いボロボロの建物の地区。
俗に言うスラム街に近いように思えるが、スラムともまた違う感じである。
貧困街、とはまた違う感じだ。
というのも、この場所にはアズラットが先ほどから隠れているように、冒険者が多いからだ。
(ここは冒険者の住む場所か? なんでわざわざそんな場所を……?)
迷宮国家、アルガンド。そこにおける最大の問題は冒険者の多さ。
その数は首都に彼ら用の街を作らなければいけないほど。
冒険者と言うのは基本的に荒くれ者が多い。
仕事上戦いが多く、力を持て余すためそうなるのは仕方ないといえるのだが。
それがこの場所においては問題となるのである。外部の暴力の強い人間が訪れるのだから。




