160.5 別れの後、再び師事を
竜生迷宮の裏手にて、ネーデはアズラットと別れることとなった。
理由は言っていた通りネーデではアズラットについていくだけの実力が存在していないから、だ。
竜生迷宮の最奥、迷宮の主である竜王を前に、ネーデは何もできなかった。
今のネーデはアズラットに頼って生きている状態。
あそこまでついて行って、実力不足を痛感した。
実際のところ、ネーデの実力は十分であると言える程度にはある。
だがアズラットと一緒に過ごすという条件ではネーデの実力ではまだまだ足りないだろう。
もっともアズラットがどこに何をしに行くかは不明で、ネーデほど強ければ十分かもしれないが。
「……行っちゃった」
ネーデにとってアズラットは最も近しい、最も親しい、最も信頼する相手である。
同じほどに想う相手が人間にいないのがあれだが、それくらいアズラットに対する想いがある。
今回別れなければいけないのはネーデにとってつらいことだ。
本当なら、別れずついていきたいという想いがある。しかし、そうするわけにはいかない。
今のままではネーデはアズラットに頼ったまま、成長することができない。
アズラットの傍にいるのに相応しい存在になれずアズラットを死なせてしまうことになるだろう。
竜生迷宮がまさにそうだった。
アズラットについていくことを選ぶばかりに、アズラットを死なせてしまいかけた。
それではだめだとネーデは思ったわけである。まあ、それに気づかさせたのはあの声だが。
「……もう、あの誰かわからない声は聞こえないけど……」
そう言ってネーデは自身の冒険者カードをみる。
『ネーデ Lv57
称号
契約・アズラット
竜殺し
スキル
<剣術> <危機感知>
<身体強化> <跳躍>
<振動感知> <防御>
<治癒> <投擲>
<保温> <隠形>
<高速化> <■■>
実績
竜生迷宮十九階層突破』
いつの間にか増えているスキル。あの時唐突に得たスキル。
あの時点では、スキルを得た時点では一部が黒塗り潰されているだけで、なんとか託だったはず。
しかし、今はいつのまにかそのスキルが完全に黒塗りとなっている。
「んー……どういうスキルなんだろう。あの声を聴くことができる何かだとは思うけど……でも、いいか。別に私が覚えようと思って覚えたスキルじゃないし……でも、凄く役に立ったのは確かなんだけど……使おうと思っても、よくわからないし……」
<神託>。基本的に<神託>は神からの声を受け取ることができるというだけのスキルで、パッシブ系のスキルである。
ネーデ側から使おうと思ったところで使えないし、今はそのスキルは封印されている。
ちなみにこの封印されている状態のスキルでもスキル枠には一つでカウントされている。
なので今のネーデはあと二つのスキルを覚えられる状況と言うことになる。
「……なんでもいっか。今は、迷宮の奥に行かないと」
そういってネーデは竜生迷宮に入る。
再びの迷宮への侵入……の前に、外で幾らかやり取りをする。
一応外に出た以上はいくらか情報の伝達はしなければいけない。出入り情報の更新とか。
ネーデにとっては非常に面倒でやりたくない嫌いなことであるが、一応は冒険者だしやっておく。
まあ、すぐにまた迷宮に入るので気にする必要もない。
提出する素材もないし、金銭のやり取りも必要ない。
食事の問題もあるが、それに関しては今まで通り迷宮内で適当に食べれば栄養十分で死ぬことはないのだから。
水も、途中の階層で十分補給できる。
今のネーデであれば六階層あたりまで一気に進めるわけである。
なので食料や水分に関してはまったく問題なく得られる。特に外でやることはない。
装備に関しても、今のネーデの装備は竜素材から作ったもの。新しいものに変える意味がない。
そういうことで、ネーデは再び竜生迷宮に潜る。
「ふう……」
アズラットのいない迷宮探索。アズラットがいるときはアズラットに見張りを任せきりにできた。
しかし、今はネーデ一人。それがどれほどに大変なのか、今回初めてわかる。
一応以前もアズラットと別れることはあったし、アズラットに会う前は一人だった。
だがそれは浅い階層の攻略と別れている間は他の冒険者と一緒だったり安全な場所だったりした。
つまり、本当に危険な場所にたった一人で休息、睡眠するという機会はなかった。
十階層まで駆け抜け、そこから十六階層まで駆け抜ければそこまで気にする必要はない。
しかし、さすがにそこまで急いで迷宮攻略ができるわけもない。
道順はわかっているが、人や魔物がいる以上そういった相手に注意を払わなければいけないのだから。
「ようやく……アズラットがいたらもっと楽だったんだろうなあ……ううん、弱音を吐いてちゃだめだよね」
ネーデはそんな風に言うが、実際にはそこまで大変ではなかった。
ネーデの実力は一人でも並の冒険者パーティーよりもはるかに上の実力。
単独で竜を倒せる<竜殺し>。その称号持ちであるためワイバーンの巣も容易に突破で来た。
そうして、彼女は再び十六階層に来たのである。当然進む先はエルフの里。
ネーデはエルフの里に向かい、そこにあった冒険者ギルドに入った。
「そうそう。流石にあそこは大変だったわ」
「そうですか……本当に竜ばかりなんですね」
「その先までは流石にみてない、っていうか見れるほど進んでないけどね。竜相手に戦うのが楽しいし、そっちのほうがメインになっちゃってるわ」
「そうですか。まあ、竜素材をこちらに持ってきてくれるのならありがたい話ですが」
「素材ばかりあってもどうにもならないでしょ……っと」
とん、と地面を蹴って冒険者ギルドの受付と会話していたフォリア。
それが一度の跳躍でネーデの前に移動する。
「お久しぶりね」
「……久しぶり」
「相変わらずね。外に出たと聞いていたけど」
「………………外に出て、また戻ってきた。それだけ」
「ふーん、そう」
フォリアは少し周りを探る様子を見せた。
「あれは?」
「…………外で、見送った。世界を旅するって」
「そ。残念ね……戦ってみたかったけど」
アズラットのことをフォリアは残念に思う。
一度でいいから戦ってみたいと思っていた相手である。
しかしネーデの周りからその気配を感じることはできず本当にいないのだと理解し溜息をつく。
だが、同時にネーデの強さもフォリアは察知している。
そして、ネーデの自分をみる視線も。
「それで、あなたは私に何か用?」
「…………一つ、頼みたいことがある」
「頼みねえ。私が聞く必要はないわけだけど……」
「条件があるなら、聞くつもりはある。それでもあなたに頼みたい……あなた以外に頼める当ても、頼めそうな相手もいないから」
「ふうん?」
すっ、とフォリアはネーデに向けて気を放つ。
並の冒険者ならば体を竦ませ腰を抜かすほどの威圧を載せて。
しかしネーデには全く意味がない。すでに竜王と向かい合った経験を彼女は持つ。
それゆえに、フォリア程度の威圧にはもう動じない。
以前のネーデなら、今のレベルでもわずかに怯えを見せただろう。
「……やっぱり強くなったわ。それなら、十分と言えるわね。それで、頼みたいことって?」
「私を鍛えてほしい。もっと、もっと、もっと強くなるために」
「………………その目的は?」
「あの人に、並び立てるだけの強さが欲しい。今、私の知る限りで一番強い……あの人と、もう一人を抜かして一番強いのはあなただから。それに、頼めそうな相手もあなただけだったし。だからあなたにお願いする」
「お願いする立場の人が言うような話じゃないわね……ま、いいけど」
フォリアは楽しそうに笑う。以前のネーデと比べ、今のネーデは目的がある。
ただ、生きるだけ、ただ付き添うだけ、そんな生き方ではつまらない。
成長しない。それではだめだ。
今のネーデを、フォリアは歓迎できる。
そして、今のネーデはフォリアが十分楽しめる相手だ。
鍛えろ、などと特にフォリアにとっては望ましい条件だ。
それだけ、フォリアは戦いを、殺し合いをできる。
殺す気はないが、それくらいしなければ強くは慣れないのだから。
「死ぬかもしれない、そんな戦いになるけど、それでもいいかしら?」
「それが、強くなるために必要なら」
ネーデの瞳の奥にフォリアは純然たる闘志を見る。
「いいでしょう。私と本気で戦い合うなら、戦いの中で鍛えてあげる」
そうしてネーデはフォリアのもとで修行を行うこととなった。
それはネーデが十分な実力を得るか、フォリアが満足を得るか、それくらいの状況になるまで続くことだろう。




