159 迷宮から外へ
十九階層にて、竜やら恐竜やらをネーデが狩り、それをアズラットに供している。
彼女にとってはアズラットは自身を守ってくれた救い主だ。
ネーデもアズラットを救ったとはいえ、それでもアズラットに対する恩は多大にある。
それゆえに、彼女はアズラットがある程度普段通りに戻るまで食事を提供してきた。
普通に過ごす分には十九階層は二人にとって問題のない階層だ。
アズラットは弱っているためあまり戦闘に参加させることはできないが過ごす分には問題ない。
そうして、まだいくらか身体の大きさが以前ほどではないものの、もう十分というぐらいまでアズラットは回復した。
「ねえ、アズラット」
『(ん? なんだ?)』
「これから先、どうするの?」
二十階層まで進んだ、その先にいた竜王に敗北した。しかし、だから何だという話でもある。
そもそも、アズラットとネーデはここまでくる明確な理由がない。
いや、アズラットは一応強くなる目的があったのであるが、竜王に勝つ必然性はない。
竜王に対し、一時的に負けない強さを持つ、というのは十分な強さの証明になるはずだ。
それだけの強さがあるのであれば、少なくとも外に出てもよほどのことがない限り危険はない。
そして、これからのアズラットの行動がどうなるのか、それをネーデは聞きたがっているようだ。
『(これからかあ……)』
「うん。ほら、いちばん奥まで来ちゃったし。この迷宮の主? なんかそんな感じの相手との戦いにもなったでしょ? それで、ここまで来て、これから先アズラットはどうするつもりなのかな……って」
『(あー、うん、どうするかって言われるとなあ……)』
竜王に負けたとはいえ、アズラット自身はこれで十分と思っている。
そもそも、竜王を倒し迷宮の先に行く必要性はない。
最深層に来ることができるだけ、ヒュドラに勝てるだけで十分だ。
ゆえに、アズラットはこれ以上に迷宮にいる必要性はない。
『(んー……俺としては、これ以上迷宮にいなくてもいいかな、と思ってる。そろそろ外に出てみようかなって)』
「そっか」
ネーデはアズラットの言葉にあっさりとした返答を返す。
彼女にとってもアズラットがどうするかが重要なだけでこの迷宮にこだわる理由がない。
「じゃあ、外に出よっか」
『(……ネーデはいいのか?)』
「別にいいよ? 特に何かしたいことがあるわけでも…………うん、今は大丈夫。今はアズラットが外に出るのについていくから」
『(いや、そうじゃなくて)』
「アズラットだけで外に出ようとしたら、たぶん冒険者に襲われる危険があるよ? 迷宮の外、簡単だけど小さい街みたいな感じだから」
街、と言う程ではないかもしれないが、いろいろと迷宮の外には作られている。
もし街が遠いと冒険者の移動が大変で、どうにも迷宮攻略がしづらくなるからだ。
人の出入りが多いのであれば外に色々とあるほうがはかどるということで街のような感じになっている。
『(あー……)』
「私がいれば、<従魔>で従えていると思われるだろうから、アズラットも安心できるとおもうよ?」
『(……わかった。助かる)』
「うん、いいの。アズラットのためだもんね」
そういうことで、二人は迷宮の外に出るため、上へ上へと上がっていくことにした。
十九階層。
竜の巣窟であるこの階層は今のネーデとアズラットにとっては何ら苦にならない階層である。
竜であろうとも、二人は十分倒せる程度の相手。
そもそも最初からほとんど苦労はあまりしていない。
十八階層。
幻想の魔物が多種多様に存在する階層。
今のアズラットであろうとも、中々の脅威が存在する階層。
たとえ強くなろうともメドゥーサは厄介である。
もっとも、相手が攻撃してくる前に倒せるわけであるが。
十七階層。
迷宮の強力な魔物が出てくる一つの壁となる階層。
まともな竜種と初遭遇した階層である。
しかし、戻る場合に魔物が出てくることはなく、特に危険はない。
十六階層。
エルフの里が存在する亜人種が多種存在する集落の階層。一応戻る前にエルフの里に寄る。
冒険者ギルドとの関わりは重要ではないが一応二十階層まで到達したことは伝達しておいた。
十九階層は今はもうフォリアが到達しているらしく竜種の存在はしっかりと受け入れられた。
ただ、二十階層のヒュドラに関しては半信半疑な様子であったが。まあ、信じにくいだろう。
それに関してはネーデは特に気にしていない。あまり重要ではないからだ。
十五階層。
ワイバーンの群れに支配されてている危険な階層。
行きは隠れてこそこそしなければならなかった。
しかし、既に竜に勝てる実力を持ち、<保温>のスキル特性を理解し十分戦えるようになっている。
そのうえ、倒した竜素材から作った武装を持っているのだから、ワイバーンを恐れる必要はない。
十四階層。
迷宮としては特に脅威でない森林の階層。
住んでいる獣たちはネーデたちには敵ではない。
この階層ではこの先外に出るまで必要な食料などの確保を行った。
十三階層。
大沼の階層。
流石にネーデでも階層自体をどうにかできるわけではなく、移動には苦労させられる。
魔物自体は脅威ではないが、唯一、沼地の足場が襲い掛かってくるものだけは厄介だった。
いくら強くとも、生物でない存在を倒すことはできない。
それだけはネーデでも不可能な物事である。
十二階層。
砂漠の大地は魔物はそこまで脅威ではないものの、環境が大きな敵となる。
その熱気は<保温>のおかげで大丈夫なのだが、砂地は流石になかなか面倒である。
それでも進むのは容易だった。
十一階層。
凍土の階層。雪と氷に包まれし階層は寒さだけはどうにも厳しいものである。
しかし、ここもまた十二階層と同じで<保温>が優秀な機能を果たしている。
魔物に関しては特に問題でもなく、地面も十二階層と比べればましだ。
だいぶやりやすくはあっただろう。
十階層。
ある意味では一番面倒な階層である。
この階層は上から下りる分にはだいぶ楽な階層だ。
しかし、下から戻る場合、階段を上っていかなければいけない。
まあ<跳躍>があるネーデにはそれなりに楽なわけだが。
ここではこの場所にいるギルド職員に少々話をし、外に出ることを伝えた。
一応世話になった相手である。
九階層。
かつてグリフォン相手に二人が死にかけた階層。
今ならばグリフォンなど敵ではないだろう。
ネーデはここにきて少し思い出す。
ここで自分のアズラットに対する心情が変わったことを。
八階層。
植物の迷路の階層。
かつては倒せなかった大木も今ならば勝てるのではないか、とネーデは思っている。
まあ問題となるのは状態異常である。
今のネーデでも油断すればふらふらと誘われることだろう。
一応強くなったおかげで状態異常の影響は少なくなったがそれでも危険なことには変わりない。
七階層。
洞窟の階層。特に脅威になるものはなく、大きな川のような水路が面倒な場所になっている。
魔物は特に問題ないがこの階層までくると人が多い。
八階層でもそれなりに見かけたのだがこちらのほうが多い。
そのせいでネーデ一人だといろいろ言われそうだが、睨みつけると黙ってしまう。
力の差を感じるのだろう。
この階層にいる冒険者とネーデでは倍以上にレベルが違うのだから仕方がない。
六階層。
水路の迷路の階層。しかし、今更水路に怯えて行動する必要はない。
<跳躍>を駆使し、魔物の脅威も避け、それでも回避できないのならば排除する感じに進み戻る。
五階層。
六階層の真上の階層、ここは流石に普通に進むしかなかった。
強引で無理やりな戻り方は不可能だからである。
足場の悪い橋を落ちれば現在の実力では一応死にはしない。
だがまた六階層から戻ってこなければならないため、面倒を避けた形だ。
四階層。
かつてネーデが捕まり連れてこられた階層。
その場所にもう用事はないが、ある意味では懐かしい階層だ。
懐かしいというと少々あれだが。魔物自体はここまでくると相手のほうから近づかない。
面倒が回避できると思う反面、そういった状況に少し寂しさも覚えるネーデであった。
三階層。
ネーデが捕まった階層。アズラットとの修行を始めた一番最初の階層でもある。
今ではもうただ通過するだけの階層だ。特に何ら見るべき点はない。
二階層。
階層そのものは三階層と何ら変わりなく、出て来る魔物も大したものではない。
アズラットとしては昔ここに来る際大きな痛手を受けたことを思い出す。
それくらいで特に何も問題のない階層である。
一階層。
始まりの場所。アズラットが生まれ落ちて、目覚めた一番最初の光景。
少し感慨深いものがあるが、そこを出ていくアズラットにはあまり長居しても仕方のない場所だ。
そして、入口に二人は来た。
迷宮である以上冒険者の行き来が多く、その中の一人にネーデが含まれる形だ。
『(…………)』
「大丈夫?」
『(ああ。問題ない)』
アズラットにとっては初めての外。少々複雑というか、緊張の面持ちである。
しかし、アズラットがしていることはネーデの頭の上に乗っかっているくらい。
特に何かするでもなく、何かあればネーデがアズラットを守ることだろう。
そういうことで、二人が迷宮の外へと足を踏み出した。
ネーデにとっては懐かしい外、アズラットにとっては初めての外。
特に何か起きるでもなく、問題なく外へと二人は出たのであった。




