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スライムのしんせいかつ  作者: 蒼和考雪
三章 竜討の戦い
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157 逃げられない相手

『(さて……一応は我が名、名などないが、我が意を示す呼び名を教えたのだ。お前たちも己が名を教えるがいい)』


 上から目線で竜王がアズラットとネーデに告げる。

 まあ、相手は本当にアズラットやネーデと比べると上位なのだから仕方がないだろう。


『(……アズラット)』

「………………」

『(スライム、お前はアズラットと言うのだな……そこの娘。お前も名を名乗れ)』

「っ!」


 威圧ですらない少々強めの語気で告げられた言葉。

 その程度ですらネーデはびくりと震えてしまう。


『(ネーデ……)』

「……ネ……ネーデ、です」

『(ネーデ、か。ふん)』


 竜王はネーデのほうに対する興味はかなり薄い様子だ。

 まあ、ヒュドラを倒したのはアズラットなのでそれより弱いネーデに対する興味はないのだろう。

 一応、アズラットを載せている、アズラットと共にいる人間としての興味は見せているようだが。


『(さて……よくぞここまで来た、と言うべきなのだろうか? 我は一応この迷宮の主。この奥にある迷宮を維持する核の守り手にして、この迷宮の有り様を決める支配者。その下までくるということは迷宮を攻略する意思があるということに他ならないと思うのだが……アズラットよ。お前の目的はいったいなんなのだ? なぜここまで来た)』

『(……それは)』


 アズラットとしては少々答えづらい内容である。なぜなら、その内容が少々特異だからだ。

 しかし、相手の機嫌を損なうわけにはいかない、と尋ねられたことには答えるしかない。

 嘘をつくわけにはいかない……まあ、相手に嘘を見分ける技術はないかもしれないが、それでも真摯に答えるべきだろう。


『(俺は強くなるためにここまで来た)』

『(…………強くなるため? どういうことだ?)』

『(俺はこの迷宮で生まれた、いちばん最初の階層にいた弱いスライムだった。弱いと生き延びるのは大変だ。だから、強さを求めた。虫を食らい、魔物を食らい、階層を進み強い魔物を食らっていき、亜竜を食らい、竜を食らい、そしてあの巨竜も食らった。すべては生き延びるために足る強さを得るために)』

『(……ふははははは! なるほど、強さか。生きるために、あらゆるものを凌駕する強さを求めた……そう言うのだな)』

『(ああ)』


 アズラットが求めたのは生き延びるのに十分な強さ。

 正直言ってここまで来る必要性はなかっただろう。

 だが、どこまでできるかという確認の意味合いと、またここまで来れる強さがあれば、という理由もあった。

 どこまで強くなれば安全なのかという正確な所がわからなかった。

 だからこそ迷宮の最奥まで進める実力があれば十分だろう、ということでここまで来たのである。

 そのせいで迷宮の主、アズラットがようやく倒した巨竜以上の存在に出会うとは思っていなかったが。


『(確かにここまで来れるようであれば、強さは十分得ているのだろう。あの巨竜を倒すくらいだ。あれに勝てる存在はそうはいまい。あの巨竜を倒した時点でこの世界に存在する殆ど多くの存在には勝てるであろう。まあ、世の中には実力があろうとも勝てるかわからぬ相手もいるようだがな。相性というものか……我には関係のないものだが)』


 くつくつと竜王は笑っている……ように見える。

 人間と見た目が違うため、微妙に印象がわかりづらい。

 しかし、竜王は圧倒的な存在である。竜種と言うのも大きい。竜種は魔物の中の最強種。

 人型であるとはいえ、竜種である竜王はとんでもなく強い存在である。

 多少の相性で倒せるほど簡単な相手ではないわけである。


『(そこの娘は…………ふん、震えて怯えて、全く何も話せる様子ではないな。ここまで来たのは間違いではないか? アズラットよ)』

『(……確かに来させるのはどうかとも思ったが、一応これでもここまで共に進んできた仲間だ。あんまり悪くは言わないで上げてほしいところだけど)』

『(ふっ。仲間か。我には縁のない言葉だ。魔物のお前が人間と仲間である、というのは少々理解できぬが……そういうのであれば悪く言うのはやめてやろう。別に我にとってはどうでもいい存在であるしな)』


 竜王にとってネーデは心底どうでもいい。

 アズラットのように実力でここまできたわけでもなく、ただ一緒についてきただけの存在。

 それなりに強くはあろうとも、その程度では興味をそそられないのだろう。


『(……さて、ここにアズラットが来た理由は聞いた。別にこの奥に用事があるというわけではないのだな?)』

『(まあ、そうだな。竜王、あなたに勝てる見込みはないし、正直言えばもう戻りたいところだけど)』

『(ほう。我がいる場所まで無駄に荒らしに来ただけ、非礼のまま帰るというのだな?)』


 竜王の言葉には棘がある。そして、その言葉の後に…………殺気がこの場に満ちた。


(…………っ!!!)

「…………あ、ああ……あ」


 アズラットはその殺気に体を震わせ、言葉も出ないほどの硬直を見せる。

 そしてネーデはその殺気に耐えられず、身体を弛緩させ、その場に呆然とへたり込む。

 さらに言えば、彼女は粗相もしてしまっていた。


『(酷い臭いだ。ふん、まあいい。さて、アズラットよ。我のいる場所まで来て、ただ我と対話する……それだけで済むと思っていたか)』

『(………………)』

『(だんまりか。まあ、本当にそれだけで済むとは思っていなかった、というところか?)』

『(何もなく帰れば御の字、くらいには考えてたさ。あそこでネーデが扉を開いた時点で見つかってる。逃げようと思えば、あそこで逃げるしかなかった……逃げられると思ってなかった。呼ばれた時点で、もう入るしかなかっただろうし)』

『(まあ、そうだな。あの場で逃げようとしていれば焼き尽くしていた。そういう意味では正しい選択をしているだろう)』


 仮に竜王を前にして逃げようとしたならば、躊躇なく竜王はその背に炎を吐き焼き尽くした。

 アズラットとネーデの<防御>や<保温>では完全に対応はしきれずネーデは焼き尽くされただろう。

 アズラットはその身体の量を考えればまだ生き残る可能性はあったが……自分だけ生き残るのは本意ではないだろう。

 まあ、それも仮定の話。問題は現在の状態になる。


『(……それで、竜王。何をしたい?)』

『(ふむ……ただで帰すつもりはない、が。別にお前たちに何を求めるわけでもないしな……ふむ、戦うにしても、そこの娘はまず我とは戦えまい。アズラット、お前も我に勝てるほどの強さはなかろう。それではつまらぬ。ここまで来れるだけの実力者と戦うのは我としても楽しみではあったが……もうすこし、ちゃんと戦える、人間を相手にするのが一番だと思っている。種は違えど、魔の者として生まれた者同士、最弱の種に最強である我が挑むのも矜持に障る)』


 決してアズラットが竜王に勝てない、というわけではない。

 これ以上に強さをアズラットが獲得すればまだ戦いようはある。

 しかし、竜とスライムは根本的な部分で強さが違う。

 最強種の竜の、それも人型を得た迷宮の主たる竜王。それと戦える存在などそうはいない。

 人間でも最上位の、さらに一握りの存在でなければ不可能だろう。

 それくらいの強さを得るのに、アズラットはまだ条件が足りていない。


『(そうだな……我を楽しませよ。何か面白いものを見せよ。そうすれば、アズラット、お前の命は助けてやろう)』

『(……………………俺の命、だけか?)』

『(そうだ。そこの娘は我を楽しませなかった、ということになるのだから助ける必然性もあるまい。それとも、自分はいいからそこの娘を助けてほしい、というつもりか? それならばそれで我は構わぬが)』

(……っ)


 アズラットとて、自分の命は大事である。

 ネーデと自身のどちらを選ぶ、と聞かれれば、自分になる。

 だが……むざむざ死なせるのはアズラットの本意ではない。

 出来れば生かして戻したい、そう思っている。

 問題はこの場でそれができるかどうかだ。そもそも、アズラットが生きること自体簡単ではない。

 竜王を楽しませる手段、それがあるかどうかが問題となる。

 アズラットに思いつくものが存在しない。

 それゆえに、どうしたらいいのか……アズラットは考えていた。


『アズさん』


 脳裏に、よく知るストーカー天使の声が響くその時までは。

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