148 竜都の道の先
「数が多いっ!」
『(多いだけならそこまで、とはいえ……これはちょっと多すぎるな)』
道を外れた森の中。
十九階層における次の階層へ続くルートは整地された道を進むか、あるいは草原や森の中を進む必要がある。
整地された道を通る場合、竜がネーデの姿を見つけ襲ってくる可能性が高い。
ゆえに二人は草原や森へと進路をずらし竜に見つからないように進んでいる。
もちろんそういった道を通ったとしても場所によっては見つかる可能性がある。
また付近にいる亜竜種が襲ってくることもある。
そして草原や森には恐竜種が存在する。それらは単体の強さとしてはそこまで厄介ではない。
しかし問題となるのがその数だ。草原では人より少し大きいくらいの恐竜種の群れが襲ってきた。
その時はまだ襲ってくるにしても一斉に大勢で襲ってくるということではなかった。
集団で襲ってくるがそれぞれの襲ってくるときに間隙があった。体の大きさの問題だろう。
魔物の大きさがネーデを襲うのには大きかったため、数で襲うことができなかったのである。
そのため一体一体を相手にするため対処に問題はなかった。
<防御>のスキルもあってある程度の攻撃は容易に防げたと言うのもあるだろう。
攻撃の強さという点では恐竜種はそこまで高い攻撃力を持たず特に問題はなかったわけだ。
しかし、ここで問題となるのは同時に襲ってくる数と攻撃の頻度だろう。
例えばネーデが虫の群れに襲われた場合、<防御>はその機能をすぐに失うこととなる。
さて、なぜそのような例を出したかというと現在のネーデがそれに近い状況だからである。
恐竜種、森の中にいたそれは草原のほうにいたのと似ていて群れる種であるようだ。
だがその違いは大きさ。そして数。その恐竜種の大きさはアズラットより少し大きい程度だ。
それ一体がネーデに襲い掛かるようであるならば、然したる脅威にはならないと言えるだろう。
だが……そこにいたのは百体を超える数の群れだ。
一体一体の攻撃能力は低くとも、数がそれを補う。
<防御>は飽和攻撃に弱い。そしてネーデ自身の防御能力はあまり高いものではない。
それらの恐竜種の魔物に襲われるとかなりやり辛い、というのがネーデの状況である。
「どうしよう! 逃げる!?」
『(いや、待て! わざわざ逃げる必要はない!)』
「でもどうするの!?」
『(俺を上に投げろ。ネーデが対処する必要性はないだろ)』
「…………アズラットがやるの?」
『(嫌なら他に対処手段はあるか? まあ、逃げるっていうならそれでも俺はいい。ネーデがそう決めたのなら)』
「っ……わかった」
アズラットに迷惑をかけるというのはネーデにとって本意ではない。
アズラットの手を借りたくないという思いはあるが、しかしアズラットの意見に従わないのもまた問題だ。
なぜならアズラットの提案を蹴るということは別の迷惑に繋がるからである。
「行くよっ!」
『(真上に頼むぞ!)』
「やっ!」
頭の上にいたアズラットをネーデは持って<投擲>で上空へと投げる。
森の中なので木々があるが、枝はあまり伸びておらずアズラットが当たることはない。
木々の枝近くまで<投擲>により上げられたアズラットは自分の<圧縮>を解除し大きくなる。
ある程度大きさは制限したうえでその<圧縮>されていた体を解放する。
それはどれほどの大きさか。森一つを飲み込んでも問題ないほどの大きさである。
まあ、さすがに木々を飲み込むようなことはしない。
触れている部分はいくらか消化されるかもしれないが。
「っ……あれ?」
ネーデのいる部分にも降ってくる……そう思っていたようだが、アズラットはネーデのみを避けていた。
もっともそれはアズラットの意思で行われたものではない。
流石にアズラットの身体操作能力にネーデだけ避けるような器用さはない。
「……凄い。私だけ避けてる」
『(契約があるからな)』
「契約?」
『(……窮地でやったことだから半ばネーデも忘れてるか。まあ、無理に覚えていなくとも、思い出す必要もないけど)』
四階層、ネーデとアズラットが初めて会ったゴブリンの集落。そこで交わした二人の契約。
即ち、傷つけない、攻撃しない、敵対しない。
これ自体はネーデは無意識に回避している部分もある。
この傷つけない、攻撃しないは触れられないというわけではないが、今回みたいに攻撃になり得る行動はその内容に合致してしまう。
それゆえに半ば強制的にそれを避けるようにアズラットは行動するようになってしまう。
まあ、自然に自分の攻撃範囲から覗かれる、というのはありがたいところだが。
実のところネーデの<投擲>はこの契約内容に引っかかる危険も場合にはある。
この辺りはいろいろと面倒くさい仕組みなのだが、大体の場合は本人の意識が重要になる。
ネーデもしくはアズラットに相手を傷つける意図がないのなら、ある程度それにつながる危険のあることもできる。
例えばアズラットがネーデの頭部を身体で覆ってしまえば呼吸を奪うことができる。
本人がその意図でネーデの頭部を覆うことはできないが、その規模をある程度広げたうえで同じことをすることはできるだろう。
ネーデの<投擲>も、上のほうに投げる、としてそのまま放物線を描き崖下に落ちた場合などなら危険はあるだろう。
しかしそれをネーデが知らない状態でならば、そこに崖があることを知らなければできてしまう。
結果的にそういった危険に繋がることもある。まあ、だからどうしたという話にもなるが。
「全部飲み込んだの?」
『(小さいから対処しやすい。相手の攻撃も威力が低いからな……ダメージにならない)』
ネーデの場合、自分の防御能力の低さゆえに、小さいながらもダメージを受ける。
それ自体は小さくとも数が増えれば致命的なことになる危険性もある。故に厄介だった。
だがアズラットの場合は多少の攻撃によるダメージではほぼ意味がない。
<圧縮>している状態ではダメージすらないだろう。
今の広がった状態でも少し傷をつけられるくらい。
アズラットの核さえ攻撃されることがないようにしていれば、あとは飲み込むだけだ。
それだけで呼吸を奪い、その身体に取り込み消化能力で徐々に溶解させ殺し飲み込める。
急ぐのならばある程度は<圧縮>でまとめて殺してもいいだろう。
「やっぱりアズラットは強いよね」
『(この辺りは相性だな……単体で強い相手はネーデのほうがやりやすいはず。俺のほうは個ではあまり強くはないが集団で強みを持つタイプには強いってだけだ。小さいダメージはないものとして扱えるか無視できる、ってところだからな)』
結局のところ戦闘において相性は重要であるというだけだ。
竜を難なく倒せたネーデがケルベロスに苦戦したように。
場所、武器、状況、スキル、様々な物がうまく機能すれば強い相手も弱くなり、逆に弱い相手も強くなる。
と、そんな経験を二人がしつつ、森の中にいた魔物を一掃し二人はその先へと進む。
草原、森、草原、森と、いくらか道を横切りつつ進み、そして迷宮の奥のほうへときた。
『(これはだいぶ過程をすっ飛ばしているな……まあ、突っ切れる構造にするのが悪いんだが)』
「どうしたの?」
『(いや、単にちゃんと作られている道を通らなくてよかったのかと思ってるだけだ)』
「……別にいいんじゃない?」
『(そう思うんだが……あまりにもあっさりと一番奥についちゃったからなあ……)』
かなりあっさりと十九階層の最奥についてしまった。そのことについてアズラットは疑念を抱く。
いくら森や草原を超えてきたとはいえ、本当にあっさりと来てしまったのである。
『(……まあ、とりあえず奥に進んでみよう。この先は……二十階層……になるのか?)』
「二十階層かあ……竜よりも強い魔物が出てくるのかな?」
『(そんなものがそれほどいるとは思えないけどな……もしかしたら一番下、最下層になるのかもしれない)』
「最下層かあ……実感わかないなあ」
ここまでほぼ駆け足で来たような二人。本来ならあり得ない速度で迷宮を攻略している。
そんな二人が二十階層に歩を進めた。




