146 竜都
ネーデの一撃はケルベロスにとって完全な不意打ちとなった。
炎によりネーデの姿が見えず、ネーデはその炎の中を抜けてきた。
それゆえに臭いによる追跡はうまくいかず、眼による確認もできていない。
そのためネーデの振るった一撃は本当にケルベロスの頭部を一刀両断する。
とはいえ、ケルベロスもそれだけで死に至るほど弱くはない。
ケルベロスの頭部は他の生物とは違い三つ存在する。
それゆえに一つが断たれただけでは終わらない。
しかし……ケルベロスという魔物は三つの頭部が存在していることが前提にある。
まずその攻撃手段として。炎や噛みつきによる攻撃など頭部が失われた方面は攻撃能力が落ちる。
そして情報入手手段として。視覚に嗅覚など、三つの胴部が三方向から情報を得ていた。
それが一つ失われることが大きい。死角ができるということはかなり厄介なことになる。
最後に思考手段として。三つの頭脳、ということだが三つの頭脳が一つの体を操作している。
そのうちの一つを失うということは身体を操る能力の三分の一が失われるということ。
他の二つでも十分体を動かすことは可能だ。
しかし、そもそもの前提が三つの頭脳による操作である。
それゆえに二つの頭脳ではスペックが足りていないということになる。
そのため身体を動かす能力が頭一つ分落ちてしまう。
現状の身体能力と遠距離攻撃による手段で対等だったのに能力が落ちれば確実に追いつかれる。
近づかれ、死角を利用し攻撃すればケルベロスでは対抗しきれないのである。
仮に先と同じく炎による攻撃で近づかせないということも考えられないわけではない。
しかし、それはネーデが炎に対する耐性があると判明したため打つ手にはできないだろう。
もっともケルベロスの思考がどうなっているのかはわからないので使ってくる可能性はある。
だが仮に使ってきた場合、同じ手法でもう一つの頭が一刀両断されると考えらえる。
そうなれば残り一つ、当然二つの時よりもさらに身体能力が落ちる。
そこまでいけばもはや巨体を持つケルベロスとて脅威にはなりえないだろう。
ではどう戦えばいいのか? そのまま戦えばいいのか? 死角を抱えたまま?
その死角をネーデが狙わないはずもなく。それ以前にすでに能力が落ちている。
結局どう対応しようとも頭を一つやられた時点でケルベロスの敗北は確定しているのである。
小賢しくも己の体を用いて体当たりをして攻撃しようとしたり、炎による妨害を試みたり。
そうした手でネーデを倒そうとしたがうまくいかず……最終的に頭部を全てネーデに破壊された。
ケルベロスの三つの頭部はかなり特殊な有り様をしており、それぞれが独自の思考を持つ。
だが三つの頭部とは別に頭部の思考を統括する部位が存在する。
そうでなければ肉体を動かすことはできない。
それが存在していれば頭部がなくとも体が動かせるのでは……と考えられるが、やはり頭部、脳を持つ部位が存在しないとダメらしい。
統括する部位はあくまで統括する以上の能力を有しない。
つまり三つの頭部を斬り落とすか破壊するかできればケルベロスを倒すことができる、ということである。
体だけで生存することはできないゆえに。
「はあ…………勝てた……?」
『(みたいだな…………)』
「……ふう」
流石に今回はネーデとしても長期戦であったため、かなり疲労している。
だが倒してしまえばあとはもう問題はない。また出現する危険を考えると長居はしたくないが。
『(休むなら先を確認してからにしよう。ここだとどうなるかわからないし)』
「……うん。そうだね」
『(その前に、こいつの素材を回収してからのほうがいいよな?)』
「素材…………うん」
ケルベロスの素材。
回収すれば十八階層の最奥にいる魔物、十九階層への道を塞ぐ魔物を倒した証明になる。
もちろんそれ自体が現状ではほぼ確認されていないのであくまでネーデが言っているということにすぎないものとしてしか見られない。
フォリアに確認を取れば一応は認められるが、それでも十九階層以降の魔物の素材がなければダメだろう。
まあ、その判断自体簡単にできるものでもないが。
そもそも素材による階層攻略判定はかなり大雑把と言える。
もっともネーデは攻略することに拘っていないので気にしないだろう。
それでも一応は回収する。竜素材と同じように何かに使えるかもしれないという思いがあるし。
「ケルベロスから素材も取ったし……先に進む?」
『(まあ、それが目的だしな)』
素材の回収も終え、二人はケルベロスの守っていた扉をあけ、十九階層へと進む。
彼らの中ではここが十九階層への道だと考えていたがそうでない可能性もあったかもしれない。
例えば宝物庫のようなものとか。まあ、迷宮だからそういう物があるかどうかもわからないが。
結局十九階層への道であっていたのでとりあえず問題はなかった。
「ここが十九階層……!」
『(広いな…………)』
十九階層。
これまでネーデとアズラットが通ってきた階層と比べ、かなりの広さを持っている階層である。
十二階層と十三階層のような迷宮の外の自然環境に近しいような広さが十九階層には存在する。
広いという感想は当然といえば当然である。
『(……しかし、これはなあ)』
「どうしたの?」
『(……いや、どうしたもこうしたも)』
アズラットがネーデにどう伝えたものか、と考えたのだが。その言葉が続く前に大きな音が響く。
「ガアアアアアアアアアアアアアアッ!!!」
「ギャオオオオオオオオオオッ!!!」
迷宮内に響く轟音。大きなもの同士がぶつかり合う音、そしてそれらの咆哮の音。
「ぴっ!?」
『(…………まあ、これがな)』
大きな音であったがゆえに、ネーデは一瞬体をびくっと竦ませた。
アズラットはその音の原因がわかっていたためあまり驚いた様子はない。
振動感知での探知能力は万能ではなく、あまりにも広い範囲では効果が落ちる。
それでも、この階層に存在する者は巨体ゆえに大雑把な探知でも幾分か判断できる。
そしてネーデにははっきりとその存在が見えているだろう。上空で戦うその二体が。
「えっ………………ね、ねえ、あれって竜だよね?」
『(そうだな)』
「…………二体いるよね?」
『(あそこで戦っているのは確かに二体だな。だけど……この階層にはもっといるみたいだぞ?)』
「ええっ!?」
竜。十八階層に進むために通ってきた十七階層にも存在した強力な魔物。
ネーデがその肉眼で確認したのは上空で戦う二体のみだ。
しかし、アズラットはその感知能力で他の竜の存在を感知している。
『(……二体とかそれどころじゃない。普通に十体以上確実にいると思ったほうがいいな……っていうか、この階層竜ばっかりなんじゃないか?)』
「…………それは面倒だね。でも、竜なら私だって倒せるよね。倒したことあるし」
『(あの狭い場所にいる竜と、ここにいる竜だと強さが違ってくると思うけどな。自由な移動ができるというのが厄介なのはさっき戦った相手でわかってるだろ)』
「…………」
ネーデが戦ったのはあくまで狭い場所にいる竜である。その竜はかなり行動が制限されていた。
この場所にいる竜は空も自由に飛べ、自在に移動ができるだろう。それに果たして勝てるものか?
そして、何よりもこの場所にいる竜は一体や二体ではない。
仮に勝てるにしても、どれほどまで相手ができるか。少なくとも現状ではわからないだろう。




