139 危険に対応するには
(バジリスク、メドゥーサ、コカトリス……とりあえず有名な石化能力を持つ魔物はこの三種類か)
十八階層にてアズラットはネーデと一緒に魔物に挑みながらその存在を調査する。
別に魔物だけ調べるのではなく十八階層の探索もしているがまだ先に進む道は見つかっていない。
それは今は置いておくとして、十八階層の魔物は基本的に脅威ではない。
ネーデとアズラットはすでに竜を倒しており、アズラットはそれよりも強い魔物を倒している。
大きいだけが強さではないものの、強い魔物は小さいものより大きいものが多い。
十八階層の遺跡構造では基本的に魔物は小さくあまり強くないものばかりだ。
だが、魔物自体は強くないとしても、それが脅威ではないとは限らない。
アズラットが明確に脅威であると感じている魔物は今あげた三体、石化能力持ちの魔物だ。
(バジリスクとコカトリスはそこまででもないんだよな……注意さえしていればなんとかなるし)
その三体のうち、バジリスクとコカトリスはそれほど危険な魔物ではない。
石化能力と行っても三体とも同じやり方で相手を石化するわけではない。
例えば一番最初に倒したコカトリス、蛇の尾を持つ鶏の魔物は霧のようなものを吐いてくる。
コカトリスは一種の竜に近いのか、石化効果のあるブレスを吐くようだ。
つまりそのブレスを出させなければ石化の危険はなく、また正面にしか吐いてこない。
その霧も僅かな時間しか効果を発揮せず、すぐに消滅するため危険は少ない。
届く距離もほとんど伸びないので近づかずに投擲して倒してもいいだろう。
バジリスクは蛇、そこそこ巨大な蛇だ。
頭部に鶏冠を持つ特殊な蛇、一種の竜に近いのかもしれない。
蛇である特徴から石化の能力そのものはとても分かりやすく、牙に宿す毒によるものだ。
つまり牙の毒を受けなければ石化することはない。
一応飛ばしても来るが、回避できないほどでもない。
防御能力も高くなく、脅威でも何でもないわけである。
(……厄介なのはメドゥーサだな)
メドゥーサ。三体の魔物のうち、もっとも厄介な石化能力を持つ魔物。
人型でありその魔物自体はそれほど脅威ではない。
戦えばネーデが容易に勝つのは間違いないだろう。
だが、その石化能力が極めて厄介な魔物である。
なぜならその石化能力は視るだけで効果を及ぼす。
視た相手を石化させる能力、それがメドゥーサの石化能力だ。<防御>で防げるが厄介にすぎる。
ただ見るだけで石化するわけではないが見られることで石化する可能性があるのは危険度が高い。
<防御>で防げるといっても一度だけであり、その後もう一度<防御>を使うまでは無防備になる。
逆に言えば相手がこちらを見てくる前に倒せばいいのだが、最初から発見されている場合などもありうる。
視界の通いやすい場所、一本道の正面にいる状態では逃げるしかない。
(さて…………)『アノーゼ』
『はいはい。なんですか?』
『十八階層でメドゥーサとか出てきたんだけど、あれの持つ石化能力ってどう対処すればいいと思う?』
困ったときのアノーゼ頼み……まあ、アズラットが一番頼りにしている相手への質問である。
される本人としてはこんな時くらいしか話してくれない悲しみと頼ってくれる喜びで色々感情的には複雑な様子だ。
『対処……と言われると困るのですが』
『あー……そうか。えっと、スキルでなんとかできるものはない?』
『スキル、スキルですねー……ちょっと面倒くさい話になりますが、いいですか?』
『……何が面倒くさいんだ?』
『色々です』
そう言ってアノーゼは語り始める。
『基本的に石化への対処と言っても簡単なものではありません。まず石化そのものに関しては、回復できるかどうかは少し難しい問題となります』
『……そういう意味で?』
『全身が石化した場合、その時点で死亡となります。部分的に石化した状態ならばまだ治療の余地はありますが、完全に全身が石化すると死んだ状態と同じで石化からの治療手段がありません。治療手段としては、通常の治療はまず不可能……特殊な状態異常を治す魔法系のスキルがいりますね、<回復魔法>、<治療魔法>、そんな感じのスキルになるでしょうか……』
石化は言うなれば生物の生態要素を置換するスキルである。
傷を治す、とかそういうレベルのもので治せるものではない。
肉体そのものを蘇生するような特殊で強力なスキルが必要になる。
また、その性質ゆえに全身が石化した場合肉体の生存部位がなくなることで死亡したと扱われる。
そのため治療できない。なお、頭部の完全石化も死亡扱いになる危険がある。
逆に首から下が石化しても即死亡にはならない。
生存の判定要素の問題や身体の殆どが石化した状態でも生存できるのはなぜかわからないが、そういうものらしい。
『メドゥーサの石化に対応する場合、<透明化>のスキルなどが有用ですね。<隠蔽>や<隠密>で見つからないようにするのもいいでしょう。メドゥーサの石化はメドゥーサが相手を眼で認識し、視界に捉えたうえでその相手を睨むことでその効果を及ぼすものです。つまり見つかっていなければどうとでもなるし、そもそも見えなければ作用を及ぼすことができません』
『……いるとわかっていても?』
『はい。眼で見える、認識できるものでなければメドゥーサは石化できません』
魔眼系統の見た相手に効果を発揮するスキルは見えない相手にはたとえ存在することがわかっていても効果を及ぼせない。
透明な魔物相手に<振動感知>と<発火眼>のスキルで存在を認知し燃やす、ということは不可能という感じに。
逆に言えば見える相手であればそういった魔眼系統のスキルは有効であるのだが、そもそも持ち得る者が少ない。
『状態異常を無効化することはできない?』
『耐性系のスキルがないわけではないですが……成長性の問題、全体への耐性は難しいこと、耐性であって無効化されるわけではないこと、それらの問題があるのであまりお勧めはしません。アズさんの場合そもそも毒などはあまり効かないわけですし……今のアズさんに効くような毒ならたぶん<毒耐性>では防げません。こういった耐性スキルはそれを体内に取り込んだ際の悪影響の軽減が主ですから……』
<毒耐性>は毒による身体への悪影響の軽減、<麻痺耐性>は身体に及んだ麻痺による痺れの軽減など。
基本的に耐性スキルはそのスキルによる自身への影響を軽減するものである。
それ自体の攻撃力はそのままだ。
まあ、属性の耐性などでは属性の攻撃によるダメージの軽減となるが。
『そういうものか……』
『まず、そもそも全部が同じ作用というわけではないでしょう。毒でも傷口を傷つけ広げる毒から、神経系に作用し身体機能を奪う毒、そういったものがあるはずです。アルコール成分も毒になりうるものですし、砂糖や塩も摂り過ぎになると身体に毒でしょう? 毒に限らず石化も、最終的に石になるという作用は同じものですが、コカトリスはブレスによる石化の毒霧、バジリスクはその牙に持つ石化の牙毒、メドゥーサは視線の通う相手を石化させる魔眼の能力。それぞれで石化のさせ方が違うわけです。同じ作用を及ぼすとしてもその過程が違うのに防ぐ場合一つのスキルで防げるのはずるいでしょう?』
『ずるいで決めてほしくないなあ……』
『よくわかりませんが、ともかくそういうことで耐性系スキルは微妙なんです。ですからスキルで対処せず、真っ当に対処できるようにするのが一番です。そもそも見られる前に倒せばいいんですし、<投擲>を使ってもいいでしょう? <防御>で一度防げるんですから防いですぐに倒しに行くのもありです。相手もすぐに再度石化するのは難しいですし、一度<防御>が石化して見失うことになればそれにより一時的に認識が外れます。再度認識し、もう一度効果を及ぼすまでは僅かですが時間がありますからその間に倒せばいいですし』
『安全第一がいいんだけどなあ……』
具体的な良案は出てこない。まあ、そう都合良くポンポン解決できるのならば苦労しないだろう。




