137 幻想の遺跡
「むー……」
十八階層に進むための十七階層の強大な魔物との戦い、その竜との戦いを終えた。
立派にネーデとアズラットは勝利したわけであるが、ネーデは納得いっていない様子である。
『(……あんまり怒ってくれるな。確かにネーデだけで十分だったかもしれないが、危険がなかったわけでもないだろ?)』
「うー。でも……」
ネーデと竜の戦いはネーデが有利といった感じである。
もちろんネーデもいろいろと危険はあったのだが、それでもネーデのほうが有利だった。
一撃食らえば死ぬ危険はあったが目を一つ奪った以上有利には間違いない。
しかしそれまでの経過を考慮せず、アズラットが最終的に倒してしまった。
別にそれは特別悪いことというわけでもない。
もしかしたらという危険を抱えながら戦うより早く終わらせ傷つくことがない方がいい。
しかし、そこまで頑張ったネーデのことを考えていない。
ネーデは今回の戦いは自分だけで戦うつもりだった。それだけの実力はつけていた。
アズラットの手を煩わせることなく、ネーデ一人で竜を倒す。そうするつもりだったわけである。
だがアズラットはネーデのその意思を考慮せず、戦いに横槍を入れてあっさり終わらせた。
確かに危険は少ないし、ネーデが頑張った結果アズラットが目の中に侵入できた。
しかし戦いの様子を見ればアズラットの最後の一撃が目立つ形になる。そしてその一撃が大きい。
ネーデにとっては結局アズラットの力を借りてしまった形になる。それが悔しい。
とはいえ、アズラットの行動に不満はあるが、文句を言いたいわけではない。
ネーデとアズラットはある種パーティーを組んでいるようなものなのだから助け合うのは当然だ。
戦いも一人で行う必要はなく、そもそも自分一人で戦いをやらせてほしいとも言っていない。
それならばアズラットが戦闘に参加することは何ら問題のない行いである。
まあ、それとネーデが不満を持つことは別だ。良かろうと悪かろうと不満は不満である。
「………………」
『(………………)』
「ん……まあ、わかった。アズラットが悪いってわけじゃないし。本当は私だけで倒したかったんだけど……」
『(ああ……うん、それはすまないな)』
「いいよ。竜は倒せたんだしね」
『(……ところで。竜の素材は?)』
「あ! そっか、今のうちにとっておこう!」
そういってネーデは竜の素材を取り始める。
フォリアと一緒の時は素材を得ることはできなかった。
竜を倒したのはフォリアでありネーデではない。
少なくとも自分で倒すまでは素材を得てはいけない。
別にそういった法律があるわけではない。ただ、自分で得たものでなければ分不相応だ。
実力に見合わない素材を使い武器の力で敵に勝ったとしてもあまり自身の糧にはならない。
もちろん弱い武器で戦い勝利しなければならないというわけではないが、自身に見合った武器で戦うべきだ。
人生是皆修行。フォリアにとって戦いのすべては自分の糧。それをネーデにも教えている。
ネーデは別にそのフォリアの意思に従うわけではないがそのことが理解ができないわけでもない。
ゆえに素材を欲することはなかった。まあ、欲したところで貰えない。
それ以前にネーデはそもそもあまり良い素材を使って武器を作るとかはあまり意識していない。
今回竜の素材を回収するのはこの先使うかも、と考えているからである。
「ふう……やっぱりあんまり持てないや」
『(袋とか何かあればな……まあ、とりあえず先に進もう)』
「うん。でも、この先ってフォリアでも一番奥にいる魔物を倒せないって話だけど……」
『(……それは結構大変そうだな)』
少々不安を抱きつつ、二人は十八階層に向けて歩を進める。
十七階層の強大な魔物を倒した先はまだ十七階層だ。
他の場所からの合流地点にて、十七階層の最終地点。そこから二人は十八階層へと降りた。
これまでの階層はかなり大きな変化を遂げていた。
最初のうちは普通の迷宮の様相をしていたが、徐々に自然環境を模した様相となっていた。
砂漠、沼地、洞穴、川、凍土、森、様々な環境が存在していたといっていい。
だが、ここで様相は始まりへと戻る。一階層から三階層、その階層構造である遺跡の様相だった。
『(……懐かしいなあ)』
「そうだね……」
一応十階層で遺跡の構造は見ているものの、どちらかというとあの階層は塔の構造だ。
真っ当な遺跡、俗にいう迷宮の基礎となるラビリンスのイメージに沿う遺跡構造は久々である。
『(……まあ、懐かしさはともかく。魔物がいるぞ)』
「え? もう?」
『(この階層まで来ている冒険者自体そもそも少ないだろうから、おそらくあまり狩られていないんじゃないか?)』
「……確かにそうかも」
フォリアですらこの奥にいる魔物に敵わない。
そのフォリアよりも格段に劣る多くの冒険者がここまで到達できるだろうか。
来ることはできるかもしれない。だが、竜を超えた先の迷宮にいる魔物が竜よりも弱いだろうか?
竜は最強種であるが、あの制限された空間での戦いである。また、あくまで竜は単体で最強だ。
例えば十七階層で戦った骨の蜘蛛が複数体で襲ってきたら? 糸による罠を張り巡らしていたら?
スライムで出来た湖に竜を浸からせてみたらどうだろう? 体内にスライムの群れが入り込めば?
強かろうと無敵ではないのだから、何らかの手段により倒すことができる。
状況や環境により強弱は変わり、相性もある。また、種によっては固有の特性もあるだろう。
ゆえに十八階層に来ることのできる人間も十八階層にあまり挑戦することはない。
そもそも竜の素材を売るだけで得られる金銭は十分といえる。
先へと進む冒険者は名誉を求める者か、戦いに明け暮れる者だ。
『(まあ、推測はここまでだな。来るぞ)』
「うん」
魔物が来る。それに対しネーデは不意打ち気味に襲い掛かった。
現れた魔物は鶏のような魔物であった。しかし、ただ単純に鶏というわけではない。
その鶏の尾はまるで蛇か竜かのような様相をしており、またその眼は初めから単眼である。
「……弱かったね」
『(……不意打ちだったからな。しかし……これ、たぶん、まともに戦ったらやばかったかもな)』
「え? そうなの?」
『(推測だが、恐らくはコカトリスなんじゃないか……?)』
「コカトリス……?」
ネーデはコカトリスという存在を知らない。ゆえにその脅威がわからない。
『(まあ、実際に出会うことになったら……滅茶苦茶注意しろ。不意打ちで何もさせずに倒せるならそのほうがいい)』
「そんなに強いの?」
『(強いとか弱いで語れればいいんだが……まあ、あまり気にするな)』
「うーん……」
アズラットがあまりにも恐ろしいというせいか、ネーデはかなり気になっている様子である。
(しかし、コカトリスか……あの能力を持っていると厄介だな。ほかにも……いるのか? まさかそういう傾向とかじゃないよな?)
コカトリスの持つ特殊能力についてアズラットは知っており、それを脅威に思う。
そして最悪の想像だが、そういう魔物がこの階層に入るのではないか、そう考えてしまった。
その想像は半分当たりで半分間違いである。この階層は少々特殊な階層だった。
その特殊さゆえにコカトリスが存在していただけでありその特殊能力に由来するものではない。
十八階層の持ち得る性質は幻想。
その性質を知ることはないが、どういう階層かはすぐにわかることだろう。
 




