131 実戦訓練
アズラットが十七階層の強力な魔物である骨の蜘蛛の相手をしている間。
一緒にいたネーデはフォリアと一緒に十六階層の森にて剣の特訓をしている。
「はあっ!!」
「きゃああああっ!」
特訓、とは銘打たれていても特訓どころか半ば殺し合いに近い状況。
まあこれでも追撃はしないあたりフォリアは良心的である。
仮にこれが本気の戦闘なら容赦なく追撃している。
「またスキル使ってる。ダメって言ってるでしょ?」
「……っ」
剣の訓練はスキルを使わないで特訓している。もっとも<剣術>はパッシブだが。
自然と使ってしまう<剣術>は仕方がないが、<身体強化>は使わせない。<振動感知>も。
そういったスキルに頼ったまま戦闘をしてしまっているのが問題なのである。
スキルを使わず戦闘を行うことが訓練としては肝要となる。
「使うな、って言われても……」
「私は使ってないでしょ。別に使ってもいいんだけど、使わず体を鍛えることが重要なのよ」
「……………………」
「自分で実感し、自分自身の肉体に叩き込む。感覚も、技術も、完璧に自分だけで覚えるべき。自分のみが理解し覚えておくべき。スキルに頼るべからず。まあ、スキルを使ってもいいけどね? 本当は<剣術>のスキルもどうにかしておきたいところだけど……ま、それはいいわ。ともかく、スキルを使ったらこっちもスキルを使って相手するから。ただでさえ普通の状態でも相手にならないのに、私にスキルを使わせたら余計に駄目よ? 今までの経験、レベルが違うんだから」
「……わかってる!」
喋っているところを不意打ち気味にネーデが斬りかかる。とはいえ、目の前での行動だ。
当然フォリアはそれに対し適確に対処する。
「意識が向いているところを襲う、って言う発想は良いわね。でも、今は剣の訓練中!」
「っ!」
「ま、不意を打つやり方も一つの手段でしょうけど」
「たあっ!」
「はっ!」
素の実力においてもネーデとフォリアではフォリアの方が上だ。
スキルを使うことを許されなけば当然ネーデの方が不利なことに変わりはない。
スキルを使おうとも、使わずとも、実力は相手の方が上なのだが。
「…………っ」
「技術を叩きこむ。私の剣の攻撃をしっかり見なさい。私は技術を教える、持ち方振り方、そういうやり方を教えるってのは上手じゃないの。見なさい、聞きなさい、感じなさい、実感しなさい。戦いの技術、戦いの経験は戦いの中でしか覚えられないわ」
フォリアの鍛え方はひたすら実戦を行い、相手に経験を積ませること。
多少ならばフォリア自身もアドバイスのようなことはできるのかもしれない。
しかし、フォリアはそもそも戦いの中で技術を身に着けてきたわけである。
それゆえにある程度しか教えられず、その教え方は戦いによるものでしかない。
教えると言うこととはまた少し違う気のする詐欺のような内容だ。
とはいえ、ネーデもあまり考えることには向かないためそれくらいの方がいい。
「さあ、まだまだ行くわよっ!」
「たあっ!」
剣と剣が打ち合う。流石実戦に使っている剣は使っていない。
もっとも安物ではあるが鉄の剣を使っている。武器としての重さなども近い物の方がいい。
ゆえにこの戦いは下手をすれば命懸けだ。ネーデ自身幾度も怪我をしている。
まあ、相手も多少は手加減をしてくれているのはありがたいことだが。
「読んだわね?」
「っ!!」
スキルを使われネーデが吹き飛ばされる。
<振動感知>は本来相手に感知できないスキルのはずだが。
「スキルの恩恵はいくらかは仕方がないわ。私も全部を完全になくすのは無理だし。でも、制限は出来る。<察知>はあなたがスキルを使った場合、それを把握できる。<天恵>もあるし、あなたがスキルを使えば私にはそれが分かる。意図しては本気で容赦しないし、意図せずでもスキルは使って対処させてもらうわ。わかってるわね?」
「…………もちろん」
不満はある。怒りはある。だが、フォリアとの戦いは確かに経験になる。
フォリアは強い。鍛え方、戦いの年期、培ってきた経験、強い相手弱い相手との戦い方の知識。
何よりも、剣に関してはとても強く、とても優秀である。
ネーデにとっては学ぶことの多い相手である。
「はあっ!」
剣を打ち合わせ、ネーデはフォリアから剣を学び取っていく。
「まあ、やっぱり相手が大したことないものね……」
フォリアとの剣を使っての訓練戦闘、それ自体が命がけであるがそれとは別に訓練もする。
スキルは結局のところ使わなければ意味がない。
使わなければ洗練されない、レベルが上がらない。
ゆえに剣の修行ではスキルを使わせないが、それ以外の部分でスキルを使わせる。
「さっきの、もう少し入りを鋭くしなさい。もっと早く斬れるわ」
「…………」
「剣、同じの使ってるでしょ? 私の見せるわね」
フォリアの案内により先ほどネーデが戦った相手と同じ相手と遭遇する。
それを見つけてすぐにフォリアは一気に近づき、剣で斬りつける。
「……同じに見える」
「でも違うわ。完全に真似をしろ、というわけでもないけど。あなたの場合の最適を見極める必要があるし。でも、相手の弱い所っていうのはまた違う。どこから攻撃を入れれば最も強力な一撃になるのか、それを一目で見極める必要がある。剣の角度、振り、同じ場所を斬る場合でも、先の方で斬るか、中で斬るか。引くか押すか、それともどちらも行わないか。上からでも角度はどのくらいにするか、そもそも狙う場所も、弱い場所はいくらかあるうちの一撃で殺せるが狙いにくい場所を狙うか、それとも何度も入れるけど狙いやすい場所にするか。戦闘においてそういった様々なことは考える余裕がない。本能的な察知や経験で把握している感で的確に攻撃するしかない。一瞬で見て判断しすぐ斬りこむしかない。まあ、今すぐにできるようにしろとは言わない。戦いの中で教えるから、慣れなさい」
「………………」
無茶ぶりである。そもそもさっき言われたことすらわからないのに、とネーデは困っている。
「まあ、いくらかは<剣術>、スキル任せでもいいだろうけどね。でも、ある程度は自分でできたほうがいい。剣、扱い方を学んでかなりやりやすくなったでしょ?」
「……それは」
「スキルは元になる技術を学んでいる方が強く使えるみたいだし、きちんと学びなさい。ま、私はあまり教えることができないから経験を積ませるしかないんだけど」
普通の冒険者でもスキルに関してはある程度分かっていることもある。
年期のある冒険者は相応に強い。
生き残ってきた経験、その中で学んだ技術、そしてレベルにスキル、素の能力も高い。
学んできたことを十全に生かしきれるからこそ、高いレベルで迷宮の奥に挑めるのである。
それを叩きこむ形でネーデはフォリアに鍛えられている。今までのフォリアの人生分を。
短期で鍛えるのだから叩きこむように、全力で行うしかないだろう。それゆえに厳しいのである。
「それにしても、あなた元気よねえ……若いってこと? 羨ましい。まあ、ちょっと若すぎな気もするけど」
「むう……」
若いって言うよりはむしろ幼いの方が正しい。
もっともいくらかネーデは成長しているのであるが。
正確にはネーデの場合<治癒>のスキルの恩恵が大きいのである。
フォリアも<生命力>などのスキルで幾分か回復力は高い。しかし年齢による衰えも彼女にはある。
これでもフォリアはあまり若くはないのである。それなりに年を取っている。
「はあ……まあまだまだ現役よね」
強い相手と戦うのは好きだが、しかしいずれは彼女も限界が来る時が来るのだろう。
それをネーデと共に過ごし実感し、溜息を吐いた。




