125 勝てそうにない敵
硬質な骨のような印象のある強かった蜘蛛を倒し十七階層の先を進む。
ネーデの情報収集により得てアズラットがまとめた情報では次で最後。
もともと十七階層は集落から進む場合は二度、森からは一度の戦いになる。
その代わり魔物の性質や種の違いがあるわけであるがどちらがいいものか。
まあ、それは気にせず二人は先に進んだ。
「……洞窟かな?」
『(そうっぽいな。さっきの森と比べればかなり狭い……)』
森の奥に存在した次の階層への道を進み、二人は洞窟のような場所にでた。
先ほどまでかなり開放的、木々の育つ森にいた二人にはかなり狭い。
とはいえ、わかりやすく単純明快な場所ではあった。
そして敵もわかりやすく目の前に鎮座している。座っている。
「……あれが魔物」
『(でかいな……っていうかなんで椅子に座ってるんだ?)』
「さ、さあ……?」
その魔物は椅子に座っている魔物だった。なぜそこに椅子があるのかは大いに謎である。
それをあまり気にしても仕方がないが、その魔物は座って先に進む道を守っている。
狭いからこそはっきりわかりやすいが先に進む道が椅子に完全に封鎖されている。
少なくとも魔物を倒さない限りは椅子を退かすことは不可能だろう。
「とりあえずあれを倒すしかないんだね」
『(だな)』
「うーん……大きいなあ」
『(……垂れ下がっている手、足? 巨大な人のような姿をした翼を持つ鳥? 複数の手足、まるでさっきの蜘蛛みたいな足、手……なんだこりゃ。わけのわからない敵だなあ)』
その魔物は既存の生物とは似ても似つかない……いや、部分的には似ているのだろう。
まず巨大な鳥の様相を持つ人型、鳥人間ともいえるような見た目をしており翼が生えている。
しかし、その魔物の腕は八本の腕を持ち、人間の物に近い腕が四本、虫の足に近い腕が四本。
そして一番奇異なのは大きさ。この狭い空間を占めるその巨体の入り方。
その魔物は椅子に座っている状態で頭が天井にギリギリの位置に来ているのである。
立ち上がろうとすれば頭をぶつけ、この狭い空間でまともに動くことはまず不可能。
そもそもその魔物は体が椅子と一体化したかのようで、椅子から離れる動きができそうにない。
『(どんな魔物だこれ……)』
本当にアズラットのような魔物に生まれた存在であったとしても理解の範疇外である魔物である。
まあ、この場所は迷宮、その空間で生み出される魔物は自然界の生物とは違うものもある。
今までもオアシスそのものの魔物や、沼底に存在する顎だけの魔物などもいた。
それらを厳密に魔物として区分できるかはともかく、そういう存在に近しい魔物もいるのだろう。
「よし、行くよ!?」
ネーデが一歩踏み出し、魔物に近づこうとしたその瞬間、ネーデの<危機感知>が反応する。
『(ネーデ!)』
そしてその攻撃を振動感知でアズラットも把握し、反射的に<圧縮>を解除しネーデの守りに入る。
ネーデの全身を覆うようにして隠すアズラット。
その一瞬後、アズラットの体は羽に埋め尽くされた。
「っ! アズラット!」
『(大丈夫だ! ダメージは通ってない!)』
ずるりとその体の内側に羽を取り込み消化する。
そしてアズラットの体の先を見通せるようになる。
その先にいるのは当然近づこうとした魔物。
巨大な鳥人間のような魔物はその翼を広げていた。
『(あの翼から羽が飛んできたのか……)』
生物的に羽を飛ばす、というのは鳥型の魔物としては大きな問題を抱えるのではないだろうか。
もっともこの魔物の場合はその鳥のような特徴が椅子に固定されているため生かせない。
またこの狭い空間で飛行する意味もなく、必要もない。
そのため翼の羽は純粋に攻撃用なのだろう。
しかし実に器用な飛ばし方をするようで向けられた部分が毛の部分ではなく体に刺さる管の部分だ。
「……ねえ、近づくことって」
『(また羽が飛んでくる可能性が高いが……流石にあれは<防御>で防げないよな?)』
「多分」
『(ならやめた方がいいだろうな……!?)』
<防御>は単一の攻撃に対してはかなり有効的な防御手段で余程の一撃が来なければ問題ない。
だが複数の一斉攻撃には圧倒的に弱い。それも羽の攻撃は一つ一つが結構な威力のある物だ。
十数くらいまでは防げてもそれ以上は無理であり、羽の攻撃は数十くらいの数が伴うものである。
つまり<防御>では防ぐことができない攻撃だ。アズラットがいなければ死んでいただろう。
それを理解し、また翼の攻撃が飛んでくることを考えると戦闘をしない方がいい。
そうアズラットは状況を把握していた…………ところに、魔物の腕が振るわれた。
腕、というよりは足、虫の足の部分である。先は鉤爪のようになっておりかなり鋭いことだろう。
その一撃がネーデの防壁となっているアズラットに向け振るわれた。
その巨体が振るう腕の一撃はかなり強力だ。だがアズラットは高い物理防御能力を持つ。
その一撃を受け止められる……そう考えていたのだろう。
もっともその攻撃は想定以上にとても強力だった。
『(っ!!!!!!!)』
ごそり、とアズラットの体が鉤爪に抉られる。幸いなことに核に当たることはなかった。
しかし、その体の防御能力を完全に超える一撃であり、有する体の一部が吹き飛ばされている。
「アズラット!!!」
『(戻るぞ! 無理だこいつは! 危なすぎる!!)』
「わかった!」
<圧縮>して大きさを戻し、<跳躍>を使いながらネーデに逃げるように言いながら戻るアズラット。
それに伴いネーデも逃走、途中でアズラットを捕まえ一緒に逃げ出す。
走る速度も踏まえ、移動速度に関してはネーデの方が圧倒的に速い。
そんな二人を巨大な鳥人間はただ見送るだけである。
その目に何も映っていない。逃げる彼らすらも。
十七階層、蜘蛛と戦った場所に戻ってきた二人。戻る際には強力な魔物は発生しない。
基本的にこの場所に来た場合魔物が発生するようであるが、戻るルートでは発生しないらしい。
もっとも、すでに魔物が出現しており倒されていない場合は残っていることもあると言う。
まあ、今回はネーデ達が倒し、先に進んですぐに戻って来たので特に出現はしていない。
そんな森にて二人は休んでいる。
「大丈夫? 怪我は……怪我? アズラットって怪我するの?」
『(怪我らしい怪我はしない。まあ、さっきので体が一気に吹き飛んで全体のうちのいくらかが損なわれたけどな。核さえ無事なら安心安全で何も問題はない……が、流石にあれは少し本気で死ぬかと思ったが…………)』
アズラットは核を持つスライムであり、その核さえ無事ならほとんどの場合は問題ない。
まあ、核が無事でもその周りを包む液体のような体がすべて失われれば食事もできなくなる。
そうなれば生存できないので核だけ無事ならば完全に大丈夫というわけでもないが。
とはいえ、核が無事であれば生きていられる、生きていれば食事で体は回復する。
そういう意味では怪我というものが基本的にない生物である。そもそも生物なのか疑問だが。
「よかった…………」
『(ネーデのほうも無事でよかった)』
「アズラットが守ってくれたから。でも、あれ……私は反応できなかったな」
『(かなりの速度だったな……<危機感知>には反応したのか?)』
「うん。でも、それで動くよりも速かった……アズラットは何で反応できたの?」
『(俺の振動感知能力で予備動作、翼の動きがわかったからだな。あと、嫌な予感もあったし。あの椅子に座って動けない敵が、さっきの蜘蛛よりも強力な理由は何か、とか考えるとな……)』
動けないはずの敵なのに、かなり硬質で攻撃の通りにくい蜘蛛を倒していく場所にいる。
動けないことが弱体化の要素と考えるなら逆にそれ以外がとてつもなく強力であるということ。
少なくとも動けなくともここの蜘蛛よりも強いと言う事実があるのだろう。
もちろん相性もあるかもしれないが。
『(とりあえず、だ。あれの相手は無理。俺も……まだ無理だし、ネーデもあの羽の攻撃を防げるようにならないと無理、回避するにしても反応速度の問題もあるしな。確実に今はまだ無理な相手だ)』
「うん……そうだね」
『(いずれ戦うのもありだが、今はやめておくこと。まあ、先に進むにしても、こっちはまず通るルートにはならないな……)』
あまりにも強大な相手、少なくともこの里からのルートを進むつもりはアズラットにはなかった。
だがいずれはリベンジを果たしたいともアズラットは思っていた。いつになるかはわからないが。




