117 人の形をした魔物達
獣の特徴を持つ人型の存在。それが何者であるかがわからない。
敵か味方か。ネーデの様子を観察していたと言うことから敵の可能性の方があり得る。
しかし、あの時点ではネーデはその存在に気が付いていなかった。
そしてあくまで観察するに留めていたと言う事実もある。
怪しいがまだ黒であるとは言えない。
「…………」
「…………」
『(お見合いやってんじゃない。相手が敵かどうかもわからないが……少なくとも監視するだけの知能があるなら少しは話せるかもしれない。とりあえず何か尋ねてみたらどうだ?)』
「…………うん。えっと、あなたは誰ですか!?」
アズラットの提案に小さく頷き、ネーデは謎の相手に声をかける。
仮に相手が魔物ならば人間の言葉を理解できない可能性もあるが、それはそれで情報だ。
人の言葉を理解できない相手ならば倒すなり逃げるなりして脅威を排除するしかない。
相手は警戒する様子であるが、重々しく口を開けネーデに答えた。
「オレは……このカイソウにスむ魔物だ。だが……おマエたち人間には敵対していない」
「……魔物?」
『(それは考慮にはあったがな……しかし、人間に敵対していないか。信じられる……かどうかは今のところ分からないが、行動自体は確かにそんな感じであくまで警戒している感じだっただけだしな)』
相手の行動自体は離れてネーデの様子を伺っていただけだ。
ネーデがどのような存在なのか、自分たちと関わるようになるのか、それは現時点では不明。
だから行動の様子を見守り、敵となるか味方となるか、会話の余地があるかどうか。
それを確かめていた可能性はなくはないだろう。
「えっと……」
「おマエはオレタチに敵対するか? オレタチは襲わない。だがおマエタチが襲ってくるなら、テイコウする。戦う。殺す。コタえろ」
「…………」
『(ネーデ。とりあえず敵対はしないって言っておけ。実際にこっちとしても無意味に戦う必要はない。人型ならゴブリンの時のように相手が集団である可能性もある。敵対しないと言ったうえで、相手の事やこの階層の事を聞くのもありだろう)』
「……敵対しない。戦わない。えっと、でも、そっちも言っている通りこっちも襲われたら戦うことになるけど、それはいいの?」
「そのトキはシカタない。人間のオソろしさをワスれて戦う仲間は殺されてもシカタない。だからそのトキは殺していい」
「あ、そうなんだ……」
彼らは人間と敵対しないことを選んだ。人間は恐ろしい、それを理解しているからだ。
下手に人間と戦うことを選んだ仲間がいると自分たちも巻き込まれる。
そんな仲間を擁護すれば危険なことになるのが間違いないのでそういった者は仲間から排する。
そしてどうなったとしても彼らは関与しない。人間に殺されても、人間を殺しても。
もちろんこの階層に来て殺された人間、つまりは冒険者にも文句はあるだろう。
かといって自分から戦うことをしない彼らを無駄に襲えばそれこそやってることが同じだ。
それに争いを好まない側と争うことになれば敵対者が増える、被害が増える。
そうなれば余計な面倒が増えるだけであるため文句はあれども敵対はしない。
もともと悪いのは人間と争うことを選んだ彼らの仲間、ごく一部の存在だ。
それを過剰に広げる必要もない。
「えっと、その、この階層に来たのは初めてでよくわからないんだけど……」
「シっている。おマエの匂いはシらない匂いだ。だからイマまでここにキたことのないヤツだというのはわかっている」
「あ、そうなんだ。この階層の事ってわかりますか?」
「……オレにそれをキくな。そういうコトをキくのは他のヤツにイえ。オレタチ以外にも人間にニたスガタのヤツはここにタクサンいる」
「たくさん……」
どうやら獣の様相をその身に宿す目の前の人型の魔物以外にも、人間のような姿をした魔物はこの階層にいるようだ。
「ゴブリンやオーガタチは敵だ。すぐに襲ってくるから殺せ。翼のハえたヤツはあまりカカわってこないからムダに近づくな。水辺にいるヤツラも同じで近づかないホウがいい。おマエタチ人間にカカわるのは森……草のハえた洞窟にいるヤツラがホトンどだ。そいつラはあっちにいる。ここでスごすつもりならあっちにいけ」
そう言って彼はその腕を森の奥の方へと向ける。
その方向は高い所にある洞窟や滝のあった場所とはまた少し違う方向へと向いていた。
つまりその二か所とはまた別の場所に人間と関わる誰かがいると言うことだろう。
『(あいつの言っていることは多分嘘ではない……だろうな。正確なところはわからないが。目標、行動指針もないしとりあえず行くだけ行ってみるのはありかもしれない。まあ、その前に森を探索しておおよそこの階層について把握したほうがいいかもしれないが……完全にその内容を鵜呑みにはできないし)』
「………………えっと、色々教えてくれてありがとうございます」
「戦いになるよりはいい。さっさとイけ」
そう言って獣の様相を持つ人型の魔物は去っていった。
「行っちゃった……」
『(まあ、自分たちのことは伝えたしこちらがどういう性格なのかもわかっただろうからな。こっちが敵対しないって言った、そう言った以上敵対することはあり得ない。仮に敵対した場合言ったことを破ることになる。嘘つきってな。そうなったら向こうはこっちを本気で殺しに来るだろうからこちらが向こうに手を出すことはあり得ない……って話しだな。必要なことはしたし、もう監視は必要ないなら無駄にこちらを追わなくていいからさっさと余所に向かった、ってことだろう。どうする? 先に指差された方向に行くか? 恐らく罠だとかそういうことはないと思うが、先に安全を確かめて調べてから行くか?)』
「んー…………先に言われた方向に行こう。多分色々な所に行ってたら覚えてられないし……」
『(まあ、確かに……方向は覚えていてもまっすぐ進んだ先にあると言っても行き止まりじゃなくて途中とかにあったらわからないしなあ……流石にこっちも方向を完全に覚えられるわけじゃないし、そうだな先に行った方がいいかもしれないな。なら安全だけはしっかりと意識して言われた方向に行こう)』
「うん」
そうしてネーデは真っ直ぐと言われた方向に進む。
その途中、先ほどであった魔物とは別の存在を見つける。
まあ、見つけたと言ってもそれは空にいたわけだが。
「……翼の生えた人?」
『(さっきの奴も言っていた羽の生えた奴だろう。つまりは人間に似た姿をした魔物ってことだ。まあ、あいつの言っていることが正しいのならば近づかなければ問題ないって話だ。確かにネーデが寝ている間にも見かけたがそれほど害があるようには見えなかった。実際にどうなのかは知らないけどな)』
「ふーん……あ」
その翼の生えた人型の魔物であるだろう存在は高所にある穴へと戻っていく。
どうやらその穴の先に彼らの住んでいる場所があるのだろう。
その場所へと一応道が通じているが、人間であるネーデが行くのであれば大変な場所にある。
「あっちは流石に行けないかな?」
『(そもそも関わるなって言われたばかりじゃないか……まあ、行けるなら行ってみたいってのはわからなくもないが。とはいえ、今は本来の目的の方に行くぞ)』
「うん」
別の目的地、目標地点もあるようだが、ひとまずネーデは指示された方へと進む。
「あ……洞窟……?」
疑問形になったのは洞窟が蔦に覆われていたからだ。植物に覆われた洞窟。
『(さっきの奴が言っていた草の生えた洞窟……ってことか?)』
「これ、草?」
『(大雑把に言えばな。つまりここが目的地……ってことなんだろう)』
二人は言われていた場所に恐らくたどり着いた。しかし、その確証はない。
そして、その洞窟の異様さに入ることを躊躇われた。しばらく二人はそこで佇んでいた。




