115 十五階層を駆け抜けて
十六階層へと向かう途中のネーデは<隠形>のスキルを使い隠れていた。
いや、正確に言えばスキルで認識されない状態にしながら十六階層へと進んでいた。
十五階層にはワイバーンが無数に飛んでいた。それらに見つかることはなかった。
それはアズラットのアドバイスの恩恵あったのもあるだろう。
正確にはアノーゼのアドバイスだが、ネーデにとってはアズラットのアドバイスだ。
<隠形>のスキルを使いながら、気配を消し、隠れるように移動することで見つからない。
それでうまく壁際に行き、十六階層へと続く道を進んでいた。
だが、それは完全にうまくいったわけではなかった。
進む道の中間付近に到達した時点で、あるワイバーンにネーデの姿が見つかった。
一度でも姿を見られ存在を知られてしまえば<隠形>は効果を失う。
そして見つかっている限りは<隠形>は再度使うことはできない。使っても効果が消える。
ゆえに隠れることは出来ない。そして、その姿は他のワイバーンにも見えてしまう。
それだけならまだ対応できた可能性はある。しかし……見つけたワイバーンが問題だった。
そのワイバーンはいうなればリーダー、群れのボスのワイバーンであった。
当然そのワイバーンは発見したネーデの存在を訝しく思い危険視する。
自分たちの群れが住むところに紛れ込んだ異物だから当然と言えば当然である。
ゆえにそのワイバーンは咆哮し伝える。あれを殺せと。
(何で見つかった? あのワイバーン……傷、それに風格、体格、他のワイバーンよりも……強い、絶対に強い。っていうかあれって多分群れのボスとかそういう類だよな? ってことは……単純に強いから見つかった。<隠蔽>もそうだが上位者相手にはあまり効果が作用しない、強い場合や能力が高い場合は見破れる。もしくはある程度隠匿できていた可能性はあるが、相手に見破るタイプのスキルがあった可能性もある。まあワイバーンがそこまで頭がいいのかは知らないが……)
ネーデの<隠形>が見破られたことについてアズラットは考えている。
これ以後もネーデのスキルを使う上での問題、またアズラットも同じようなスキルを持つ。
仮に見破られることがあればアズラットとしても困ることになる。それゆえの思考だ。
しかし、現状の事を考えればそういった思考をしている場合ではない。
今ネーデとアズラットは二人ともワイバーンたちに狙われている状態なのである。
「っ!」
『(前方に結構な数がいる! 押し通れるか!?)』
「まだ<防御>もできるし、<投擲>で投げて追い払うこともできるかもしれないけど……」
『(弾幕、とりあえずたくさんの物を顔面に向けて投げろ! 威力とかは考えなくていい!)』
「なんで!?」
『(相手の意識を向けること、思考を逸らす事! 一時的にこっちの姿が見えなくなればそれでもいい!)』
現状は周囲にいるワイバーン全てが敵となり襲い掛かってくるような状態である。
逃げる道、十六階層へとつながる道を塞がれるだけでもう死にかねない。
ゆえにその妨害をどうにかしないといけない。そのため目を狙う攻撃だ。
別に今までのようにワイバーンを撃ち落として倒すわけではない。行動の阻害が目的だ。
「わかった!」
ネーデも詳しく考えている余裕はない。色々とわからない所、聞きたいところもある。
だが現在問題となっているワイバーンはネーデが考える余裕を作ってはくれないだろう。
アズラットも何の意味もない行動を取れとは言わない。だからネーデもそれに従う。
今ネーデはワイバーンを撃ち落とすために使っていた武器を作るための材料を持っている。
もともとはワイバーンの体の一部であるが<投擲>を使えばそれなりに届く。
一つ一つ投げるのは手間なので一掴みにし一気に投げる。
もちろん丁寧に投げる時よりは投擲速度や正確性が著しく落ちることになるだろう。
しかし、別に相手に当てる事自体が目的ではなく、眼を閉じさせたり視界を遮るのが目的。
ゆえに投擲物が正確に当たることを目的としなくてよく、それなりに適当で構わない。
「ガアアッ!」
「グオオッ!」
流石に顔に向かって物を投げつけられるのワイバーンとしても堪らない。
それ自体がワイバーンに危害を加えることはなかったものの、一時的に視界は遮られる。
その間にネーデは一気にワイバーンを無視して十六階層へと駆け抜けていく。
「ゴアアアアアアアッ!!」
「っ!」
とはいえ、ワイバーンたちもネーデの前方を塞ぐものばかりではない。
後ろから追うもの、横から迫るものと色々といる。もっともネーデは壁際にいる。
それなので前と後ろ、横の片方は塞がっているのでもう一方の三方からの接近である。
完全に全方向から迫れるわけでないのはありがたいが近づけることには変わりない。
もっともワイバーンはそれなりに巨体である。ゆえに一度に近づける数の限度がある。
空間に占めるワイバーンの量が多くともネーデに直接攻撃できる数は限られる。
だがそれは直接攻撃に限った話。ワイバーンには遠隔攻撃手段が存在する。
『(炎か! 厄介な!)』
「何度も吐けないんだよね!?」
『(一体ではそうだろうけど、この数で攻撃が止むことを期待できるかって話だ!)』
十五階層にいるワイバーンは十や二十ではきかない。
別に全てのワイバーンが動くわけではないだろう。
しかし、動きを見せているワイバーンだけでも十分なほどの炎である。
少なくともそれだけでネーデとアズラットを焼き尽くすのには十分だ。
『(<防御>はいけるか!?)』
「十分な防御は出来ると思うけど……炎相手には!」
ワイバーンの炎も<防御>で防ぐことができる程度の物である。
しかし、普通に攻撃するのと違い炎は拡散すると言う厄介さが存在する。
<防御>のスキルは体全体に及ぶ。その代わり全体に対する攻撃はその防御能力を十全に発揮する。
一部分への攻撃の場合一部分に力を回すだけでいいが全体への攻撃は全体に力を回すことになる。
それは使っている<防御>の防御能力を大きく削ることになる。
つまりは一気に<防御>で張られている防壁が消費され効果が消えると言うことになる。
『(……最悪俺がどうにかしよう。なに、守ることなら十分できる)』
「っ!」
アズラットはネーデを守ることを宣言する。実際不可能ではないだろう。
しかしネーデにとってはそちらの方が心苦しい。そこまでアズラットにしてもらう道理もない。
そうして逃げるアズラットたちの前方、横、後方からとワイバーンが迫る。
先ほどの投擲の事を見ていたからか、前にいるワイバーンは少し遠めだ。だがそれで構わない。
『(っ! 炎が来る!)』
アズラットは攻撃の内容を判断しその体を大きくしようとした。
だがその前にネーデが行動する。
「だめ!」
『(っ!?)』
『っ!?』
アズラットがネーデの体……服のうちに入れられる。頭にいるアズラットをネーデが掴んでだ。
服の内側に入れられたところで体の感触を感じられるわけではない。まあそれは関係ない話だ。
ここでアズラットはその<圧縮>を解除できない。アズラットが巨大化をすると服がはじけ飛ぶ。
『(ネーデ!)』
「アズラットは私が守るから!」
ワイバーンがネーデに向けて炎を吐く。下手をすれば酸素を消費尽くして呼吸を奪うことになる。
また炎の熱気が呼吸で体内に入ると内から熱で焼かれることになる。
それらの危険を考慮し行動できないアズラットはネーデに注意をする。
『(呼吸はするな!)』
「……!」
走りながらネーデは頷く。そして炎に飲み込まれた。
<防御>の効果がある。すぐに炎がネーデを焼き尽くすことはない。
それをわかっているのでネーデは一気に十六階層へと向けて走り抜ける。
ワイバーンも十六階層へとは恐らく追ってこない。だから急いで逃げた。
全力で。死に物狂いで。ネーデは十六階層へと駆けた。
「…………はあっ……はあっ……」
そして。服が幾らか焦げ、体も一部が焼かれて火傷のようになっている状態となった。
しかし、ネーデはまだ死んでいない。生きて十六階層へと逃げ込むことができた。
『(大丈夫か?)』
「うん……ちょっと炎浴びちゃったけど」
炎を抜ける中<防御>の効果は消えた。それによりネーデはワイバーンの炎を浴びている。
しかし、その炎も熱量でネーデにダメージを与えたくらいで焼き尽くす程ではなかった。
おかげでネーデは幾らか体を焦がされているが生きている。
『(とりあえず……安全はこっちが見張って確保するから休め。<治癒>もすぐに完全に治るわけじゃないだろ。ここに来るまではネーデ任せだったからそれくらいはこっちもするぞ)』
「……うん、お願い」
流石に死にかけたネーデは精神的肉体的に疲弊している。すぐに安全な場所を探る余裕もない。
ゆえにアズラットが見張り守る。とりあえず今はネーデの回復を優先するようである。
とはいえ彼らは超えるのが難しそうな十五階層を越えられた。今はそれで十分だろう。




