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スライムのしんせいかつ  作者: 蒼和考雪
一章 スライムの迷宮生活
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011 迷宮の外、迷宮の奥

 アズラットのいる場所は迷宮である。

 世界によってはダンジョンとも呼ばれることのある特異な場所。

 洞窟でもない、石壁の遺跡のような場所。

 しかし、破壊できないその特性は明らかに異質であるその空間。

 そんな迷宮の中をアズラットはじりじりと進んでいた。

 アズラットはスライムである。スライムであるアズラットは移動速度が遅い。

 スライムは液状の軟体であり足で踏みしめ動かし移動するのではなく這うようにずりずりと動く。

 ゆえにスライムの歩みは遅い。スライム穴と呼ばれるスライムが隠れられる安全地帯がなければアズラットも動きまくるつもりはなかっただろう。


(む! この振動は……人かな? 魔物よりも重い感じだ。まあ、このあたりだと大鼠か人かの判断だからな。とりあえず隠れないと)


 アズラットはなぜ迷宮内を移動しているのか?

 そもそもアズラットが穴の外に出る理由は食事以外には本来ないはずである。

 生きるためには食事をする以外は安全第一であるのが基本だろう。

 それが迷宮で生きるうえでの鉄則だ。

 もちろんそういった思考はまともな知性、知能を持つ魔物の特権になる。

 そういう意味ではアズラットはスライムでも特殊だろう。

 しかし、彼はそれだけの理解、知識があるのに無駄に迷宮内部を出歩いている。それはなぜか?


(……構造的に、あっちが外かな? 一応確認しないと少しわからないが……いや、あまり近づくのも得策ではないな)


 アズラットは迷宮内部にいる。

 彼の前世、彼にはその記憶はないが前世の知識的な部分でわかることもある。

 アズラットはこの世界の出身ではない。

 俗にいう異世界から……この場合、彼にとっての異世界に転生したのである。

 アズラットのいた世界に迷宮と呼ばれるものはない。

 そういったものは架空の物、御伽噺や創作の一種でしか存在していない。

 ゆえに、彼はそういったものに対し憧れを持つ。

 記憶ではなく知識から、そういった憧れが生まれている。

 いくら記憶がないと言っても、根本的な部分、本質的な部分は変わらない。

 魂的に同じなのだから。

 だから彼は迷宮を探索したいと思った。

 そして、そのための行動をしているのである。


(完璧には記憶できないけど、地図はある程度できてきたな。まだあちらの方面は調べてないが…………一応入り口は把握したし、今度は奥に進む方面を調べてみるかな)


 アズラットの迷宮探索の行動原理は浪漫である。

 アズラットはアズラットのいただろう世界ではできないことに憧れを抱きその憧れから行動した。

 もちろん単純に浪漫だけと言うわけではない。

 入り口のある場所、迷宮の内部構造、そういった物を把握する目的もあった。

 だが大体は単純に浪漫だっただろう。

 生きることが最大の目的とは言え、それだけでは精神的につらいのである。

 浪漫を追い求めることこそが、アズラットの精神を癒す部分でもあった。

 人の知識、魂を持ちながら、話し相手がアノーゼしかいない状態で生死のかかったサバイバルをするのはそれなりにきつい。


(……いつか、外を見てみたいな)


 アズラットは迷宮の入り口から、その外、光の差し込む外の世界に思いを馳せる。

 もちろん外に出たい、迷宮と言う過酷な場所から脱したいというものもあるが、そこには浪漫もある。

 なにせ外は本当の意味での異世界である。

 例え以前の世界と大差の無い世界でも、見たことのない物もあるかもしれない。

 そんな楽しみを彼は抱いていた。






 迷宮は広く、アズラットはその移動速度が極端に遅い。

 一日中迷宮内の移動に費やしたとしても、そこまで大きな移動は出来ない。

 安全の確保のためにスライム穴に隠れる必要もあるし、全ての冒険者や魔物が周囲を素通りするとは限らないのである。

 当然ながらスライム穴に足止めされることもあり、またアズラット自身迷宮の探索や調査のみを目的に行動するのも疲れる。

 なのでアズラットのすることはその時その時で違う行き当たりばったりな所もある。

 そもそも、迷宮探索ということ自体時間もかかるし移動も大変だしその間の食事もきちんとしなければいけないし、で大変である。


『進化してから迷宮の探索をすればいいと思いますよ?』

『うん、まあ、わかってるけどさ』


 アズラットはスライムである。スライムは最弱の魔物である。

 せめて進化して少し強くなってから色々とするのがいい。

 そういったことはアノーゼもアズラットの行動を見ながら散々言っていることである。

 しかし、アズラットはまだ進化しない。進化できない。

 あともう少しであるということだが、まだできていない。

 それゆえにその行動を見てアノーゼが忠告しているのである。危険であると。

 それでもアズラットは行動を止めるつもりはない。


『奥へ行くつもりですね?』

『……わかるか?』

『はい。迷宮の一階層から奥へ進むと二階層になります。階段は降りません』


 アノーゼが迷宮の構造について話し始める。

 アズラットがこの先の行動を止めるつもりがないだろうと考えたゆえの突然の話である。


『一階層と二階層は明らかに地面が違いますので、それで分かると思います。そこから先には絶対に行かないでください』

『そういう情報を流していいのか?』

『これくらいなら全然問題ありません。迷宮の内部構造くらいなら大したことでもないので。あ、でも、これは忠告として言っているんですからね? 迷宮のどこがどうなのか、どこに何がいるのか、とか聞かれても教えませんよ?』

『それはいいよ……でも、なんで先に行くなって?』

『一階層と二階層では出てくる魔物が違います。一応二階層の魔物は一階層にはほぼ近づきませんが、それは別に二階層の魔物が一階層に入れないと言うわけでもないんです。二階層の魔物は一階層の魔物よりも強い。アズさんは魔物としては最弱のスライムです。いくらレベルが上がろうと、進化していない現状であれば二階層の魔物にやられる危険性の方が高いんです。ですから、近くまで行くのはまだ構いませんが、安全は確保し、スライム穴にすぐ逃げこめるようにして行動してください』

『…………わかった』


 徹底してアノーゼはアズラットの心配、安全の確保を優先している。

 唯一アズラットの自主的な行動に関しては束縛できないがゆえに情報を教えるくらいしかできない。

 そういった部分では彼女も苦労しているようだ。


 アズラットは基本的にアノーゼの警告を守る。アノーゼはあれで神、持っている情報に嘘はない。

 まあ、彼女の勘違いや思い違い、調べた情報が間違っている可能性はなくはないが、基本的に嘘はついていない。

 なので危険があるのはわかっている。それでも、アズラットは迷宮の奥に行く。

 アズラットは基本的には安全第一の心配性な性格なのだが……どこか楽観的な部分もある。

 生きたい、生き残る、それを最大目標としている割に好きに生きたい、自分らしく生きたいとも思っている。

 それらは別に矛盾するわけではない。

 自分らしく生きるゆえに生き残るためにあれこれと画策しているのである。

 だが、同時にそういったことをまるっと捨て去り浪漫に走るのもまた彼の生き方である。

 最大目標はあくまで最大目標である。

 それは絶対的なものであるというわけではない。

 その時その時で欲に走ることはままあることだ。


(ここか……ここから先が二階層か。っと、スライム穴に隠れておこう)


 一階層と二階層の境目。

 迷宮の石壁は大差ないが、若干色が違い、そして地面は明確にその地点を境に色が変わっている。

 今までは一階層、そこから先は二階層、あきらかに雰囲気というか空気というか、そういったものの違う場所だ。


(……………………)


 アズラットは迷宮の奥を見ながらアノーゼの警告を思い出す。

 アズラットは死にたくない。生きたい。生き残りたい。

 だが、それでも、見てみたい、行ってみたい、興味がある。

 その心に勝てない、冒険心がここ数日の迷宮探索で渦巻いていた。


(よし)


 そして、愚かにもアズラットはその歩みを迷宮の奥、二階層へと進めるのであった。

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