106 飛ぶ竜を落とすまで
獣の骨を使うと言っても中々に大変である。
なぜなら骨は硬いがそこまで極端に硬いわけではない。
そもそも元が生物の体である以上ちゃんと作られた武器と比べるとそこまで硬いわけでもない。
しかし、ただ削りだし槍のようにした木の枝よりは遥かに上であることは間違いない。
それに獣と言ってもここは迷宮、獣でも魔物の獣である。その中には特殊な獣もいる。
例えば特殊な刃のような爪や歯を持つ魔物、特殊な棘を生やしている獣など。
なにせ魔物は特殊な生態をしている。爪や牙以外にも、毛皮なども利用できるだろう。
少し戻れば獣以外の魔物も存在する。有用な物があるかはともかく、それらも使えるだろう。
さて、問題となるのは何かというと実際に使えるものがあるかどうかだ。
結局のところそれが竜の翼を貫けなければ意味がない。
「た、あ!」
ネーデは森の中、獣と戦っている。当然ながらワイバーンを落とす武器を作るため。
できるだけ大きな魔物を相手にする。巨体というものは重い。重量がある。
その体を支えるための骨は恐らく硬い物だろう、そう考えてのものだ。
別に骨でなければ攻撃できないと言うわけではないが、骨を一応確保しておきたい。
場合によっては枝の代わりに柄にして投げるのに使うことも……できるかもしれない。
「やっ!」
大きな魔物以外にも、爪や牙が優秀な魔物、または棘などを持つ魔物を狙う。
鋭さや硬さがどの程度か、果たしてどれがワイバーンに通用するだろうか。
それがわからない。だから複数種類必要になる。それを稼いでいるのである。
「えいっ!」
そうやってネーデはひたすら魔物を倒していく。それは単に素材目当てだけではない。
一つはレベル。経験にはならなくとも、レベルは強さに影響する。
まあ、体を鍛えずともレベルさえ上げればいいと言うわけではないが。
しかし、この十四階層でアズラットがいたとはいえ一人で来たネーデの実力は相当な物。
レベルさえ上げればそれなりに強さに反映されることだろう。
もともとネーデはレベルよりも肉体の方が問題であるのだから。年齢による強さへの影響が。
「ふう……」
そうして幾つもの魔物の屍を築き、幾らかの素材を得たネーデその苦労はなかなかのものである。
まあ今の彼女であれば十分戦えるレベルの魔物しかいなかったので大変だっただけであるが。
なお、倒した魔物の死体はアズラットの餌となって処理された。
『(がんばったな)』
「うん。でも……次は投げるために使う柄を作るんだよね?」
『(そのまま爪や牙を投げて空を飛んでいるワイバーンに当てることができるって言うなら必要ないな)』
「そんなの無理だよお……」
少なくとも爪や牙をそのまま投げてそれなりに高所にいるワイバーンに当てるのは無理だ。
一種の投擲技術があればできるかもしれないが、<投擲>のスキルと力任せなネーデでは不可能。
『(別に完璧に柄にする必要はないかもしれないな。ちゃんとしっかり投げることができればいい。例えば……球状、ボールのようにして、そのボールに刺々を生やした形にするのもありだろう。まあ、持ち方とか投げ方とかが難しいところかもしれないが)』
「球状……そういう物もありなのかな……」
投げやすい物であれば槍のような形にする必然性はない。
そもそも棒手裏剣みたいな感じでもいい。
ただ、ここで問題になるのはネーデ自身の投擲技術。
スキル頼りもそうだが頼るスキルのレベルもある。
ある程度使ってきてはいるものの、ネーデが<投擲>を得たのは九階層、少し近い時期だ。
使われてきたとはいえレベルは低く、ある程度投げやすい物でないと投げにくいだろう。
そういう点ではアズラットの言う通り、球状にすると投げやすいかもしれない。
槍投げの要領で投げるのと球投げの要領で投げるのでは球投げの方がかなり投げやすいはずである。
『(まあ、加工のしやすさという点では球状にするのは難しいはずだけどな。できるか?)』
「む、むう……」
もともとから球状であるのならば問題はないだろう。しかし、球状に加工するとなると難である。
今のネーデの加工技術で木材を球状に加工する場合、かなり時間をかける必要がある。
時間をかけるくらいなら多少投げ辛いにしても槍にする方がいいだろう。
『(駄目ならまともにやるしかないな。まあ、完璧に加工する必要はないんだ。ある程度細長い棒状程度の物でいい。まあ、ネーデがしっかり持って、しっかり投げることのできる状態であればそれでいい)』
「そうだね……」
『(俺は加工を手伝えない。だから、そういう所はネーデに任せるしかない。だからがんばれ。他の事、見張りとか周囲の警戒は俺の方でやる。だからネーデはそういうことを頑張れ)』
「うん……わかった」
そうして木を一つ切り倒し、ネーデは切り倒した木を加工し木材としていく。
集めた爪、牙などをその木材に取り付ける。その取り付け方もまた様々。
突き刺すようにして取りつけたり、何か別の物を利用して接着したり、腸か何かで巻き付けるようにしたり。
棒の先と言っても、括り付けるようにするのか、本当に槍のようにするのか。
ひとまず実戦で使えるようなものを幾らか作成していった。
ワイバーンが穴から飛ぶ。獲物を探し、十四階層を飛行する。
彼らのような存在にとってこの階層にいる存在は脅威ではない。だから基本的に警戒をしない。
以前こちらに来たワイバーンが襲われているが、その存在は脅威になるようなものではなかった。
それ以前にそのワイバーンも他のワイバーンに危険なものがいると告げるようなこともない。
何故ならその程度の存在を脅威に思ったのか、と他のワイバーンに思われるからだ。
情報共有がされていないのは知性ある生物としてどうなのか、とも思うが彼等にも社会がある。
亜種とはいえ、最大最強の竜種の一種であるワイバーン。彼らにとって力こそ重視するべきもの。
弱者に敗北し怯えるワイバーンは仲間としても認めてもらえないことだろう。
ゆえにそういった存在がいたことを他のワイバーンは知ることがなかった。
「……!」
地上から槍が飛んできた。それをワイバーンが回避する。
その方向に振り替える。前のワイバーンとは違い、警戒心が若干強いのかもしれない。
そこにいたのは人間だ。人間が自分に攻撃を仕掛けてきた。
だが、迂闊には攻撃をしない。前のワイバーンとは違い、警戒心が強いからだろうか。
そのままワイバーンと人間の少女はにらみ合うこととなった。
「ど、どうしよう!?」
(……今攻撃しても、確実に回避されるわな。最終手段……するしかないか?)
ワイバーンと向き合っている状態となったネーデ。流石にこの状態は彼女も緊張感が強い。
そして、真っ向から向かい合っている相手が攻撃したところで避けられるのがオチだろう。
今攻撃しても攻撃は恐らく当たらない。だから逃げるしかない……のが普通だ。
だが、仮に避けられても攻撃を当てる、攻撃をできる手段をアズラットは考えついている。
『(ネーデ。槍に俺がつく。その状態で、あれに向けて投げろ。翼を狙う必要はない、当たるかどうかはいい。できるだけ、相手が避けにくく、できる限り槍が近くになるその位置に向けて投げろ)』
「それって……アズラットが行くってこと?」
『(そう考えていいぞ。やれ)』
「…………死なないでね!」
アズラットがネーデの持ちだした槍状の投擲するための物に引っ付く。
投げる際の抵抗なども考え、形をある程度調整した上でくっついている。
そして、その槍をネーデはワイバーンに向けて投げた。
「たああああああああああっ!」
先ほどまでの槍以上に全力、アズラットがいるからこそ、本気の本気での全力。
今まで以上の速度で槍はワイバーンに飛んでいく……が、流石に見えて飛んでくる物は回避される。
そして、その投擲者であるネーデにワイバーンは咆哮する。そのまま飛翔し襲いに来るだろう。
だが、その前に。避けられた槍から跳躍しワイバーンに近づく影がある。
(翼に! <穿孔>を!)
アズラットの狙いは翼。片翼だけでも射貫けば飛行能力を下げることができることだろう。
また、<穿孔>で貫けば、その体の圧縮でワイバーンに近づき、付き直せる。
そのまま体の上を這い、もう片方の翼も破壊できる。そこまですれば確実に落とせるだろう。
そうして、とりあえずワイバーンを落とす事には成功する。その後もまた問題ではあるが。




