105 対策検討
やはりこの十四階層でも、壁を削ることは出来なかった。
壁だけではなく、十三階層での道がある場所の崖付近も駄目だった。
基本的に迷宮において壁や床や天井は破壊できないようにされている。
まあ、そうでなければ例えば五階層の床などは破壊されれば真っ逆さまに落ちる。
階下が六階層とはいえ、それではあまりに危険すぎる。そのうえ戻れなくなってしまう。
この十四階層でも似たような場所はある。崖の上が十三階層に通じている。
仮にこれが破壊できた場合、高所にある十三階層への道に戻ることができなくなる。
他にも、階段を破壊したり、洞窟のような道を崩したりすることで道を塞がれたら困る。
そういった行為をされると根本的な階層移動自体ができなくなる。外からも入れない。
なのでそういう事ができないようにするためか、基本的に迷宮の構造物を破壊できない。
ただし、当然ながら壊す……とまでいくかはともかく、干渉できる場所も存在する。
例えば十二階層に存在する床の部分、砂漠の砂の部分は掘り返すことができる。
もちろんある程度掘りかえすと破壊できない床の部分が出てくるが、そこまでは掘れる。
他にも壊せる床や壁というものは一応存在する。もっとも今のところ見かけていないが。
まあ、そういう事例はともかくとして、十四階層の床や壁は破壊できない。
「うーん……壊せない……」
『(まあそうだろうとは思ったが……スライムは金属だろうと何だろうと、体に取り込んで消化できる。だけど床や壁や天井は試してみたが無理だったからな。迷宮そのものは壊そうとしても壊せないってことなんだろう。壊せたら色々と面倒だし、仕方ないとも思うけどな。だけどまったく壊せないってわけでもないとは思う……が、そういうものがどこにあるかまではわからないしなあ)』
「そっか。でも……だったらどうしよう」
『(ひとつ考えがあるが、石や岩を持つ魔物を倒し、その死体を利用することだな。死体はいくらでも加工できるし、魔物はいくらでも復活してくるし。まあ、問題があるとすれば……その石や岩の魔物っていうのが砂漠と十階層にしかいないってことだな)』
石や岩の魔物の利用。死体から剥ぎ取ると言う形で石材を入手し取り扱う。
魔物を加工する形でならば石や岩をいくらでも入手することはできる。
しかし、アズラットも言う通りそれを行う上での問題は階層の問題である。
その対象となる魔物は最も近い場所で十二階層、また十階層にも一応存在しているだろう。
しかし、そこまで行って十四階層まで戻ってくるのはなかなかに大変な話である。
階層数の問題もあるが、それ以上に十四階層の手前にある十三階層、大沼が難関だ。
十四階層から戻るのもそもそも大変であるが、石や岩を確保して戻ってくるのも大変。
大沼は移動が大変な水場、泥の地面。移動難度がかなり高い。
また岩を抱えてくる、持ち物が増えるというのがまた面倒な話である。
重量が増えての大沼の魔物の相手、水場を重い物を持って進む。やはり難度が高いと言える。
ネーデにはアズラット以外の仲間もいないわけである。どれだけ厳しいことになるだろう。
そう考えるとその行動の難易度は高いと言える。
「うーん……」
『(うーむ……)』
そうして二人は考える。ふと、そんなときネーデは一つの考えが浮かぶ。
「んー……?」
『(どうした?)』
「石や岩なんだけど……爪とか牙じゃダメなの? 骨とかは?」
『(………………)』
「それなら、獣の爪や牙もいけるし、十三階層でも魔物がいくらかいるからそれからどうにかできるかも……」
『(ふむ、それはまったく考慮に浮かばなかった。そうだな、鉱物以外にも、生体部分で硬いものってあるよなあ……)』
アズラットは基本的に生物とそれ以外で判断が違ってくる。しかし、生物は基本的に一律だ。
というのも、アズラットは消化という形で生物を食らうようになってしまったからである。
生物によって消化速度は違うが、基本的に生体部品であるものは消化が早い。
その一方、金属の武器や防具、石や岩などの鉱物は消化が遅い。
そのため認識的に鉱物類は硬い、生体部分は軟らかい、という印象になっている。
そもそも、最近はネーデが食事する関係上死体の処理などで骨自体に触れるようになった。
だがその前、ネーデと会うまではアズラットは相手を丸ごと食してきた。
その時骨自体を意識することはない。牙や爪もそうだ。
攻撃の時くらいにしか意識には浮かばない。
そして、そういった攻撃も爪、牙など部分を意識するのではなく、相手そのものを意識する。
生物そのものを加工して武器や防具にする、という人間的な物事をどうにも忘れがちなのである。
まあ、今のアズラットはスライムである以上仕方がないのかもしれないが。
『(じゃあそういう物を利用しよう。十三階層は……ちょっと多分そういうのはいなさそうだな。大蛇は考慮に値するが、挑むのも場所的に面倒が強いしなあ……)』
「う。確かに……でも、蜂とか……」
『(一応ここにいる獣たちも魔物だろ。骨、牙、爪、利用できるものを……できるだけ強固で鋭い物を探す。そういう攻撃手段を持つ魔物、特にでかくて強力な魔物が一番か……うーん?)』
「どうしたの?」
『(いや、ワイバーンはここにいる獣を襲っているわけだからな。それを考えると単純に獣の牙や爪、骨でどうにかできるかと思っただけだ)』
「うう、それを言われると確かに……」
ワイバーンの餌はこの階層にいる魔物。一部は持ち帰っているが基本的にこの階層で食べている。
確認されている限りでは死体すら残らない。残骸は残るが、骨だけ器用に残すわけではない。
つまり骨も眼も脳も食べている。一応腸とかの一部汚物が入っているような内臓は残している。
『(まあ、竜の牙と竜の鱗、飛膜などが一緒の硬さというわけでもないだろうしなあ……)』
「うーん、そっか……」
『(とはいえ、難しいな……獣を狩って加工して、武器を作りワイバーンに投げるか。手間だなあ……)』
「……もしかして、それってやるのは私なんだよね?」
『(俺は出来ないからな)』
「またあ……」
枝の加工時もそれなりにネーデは苦労している。それを今度は骨である。
まあ、流石に骨を剣で加工するのは問題が多すぎるのでそこまで極端な加工はしないだろう。
『(まあまあ……っていうか、どうやって加工すればいいんだろうな。紐も何もないのに。接着剤になるようなものあったかな……)』
「投げるだけなら」
『(流石にそのままでは使えないだろ……)』
「それはわかってるけど…………」
生物の牙、爪をそのまま用いることはできない。棒手裏剣みたいに使うのは無理ではないが。
しかし、それにはそれなりの<投擲>のスキルが必要になるだろう。
今のネーデでは少しつらいのではないか。いや、それ以前の問題だと思うが。
ともかく、そのままではなく何かに加工してつける形にしなければならない。
しかし、そういう接着道具の類は無い。一人旅の苦悩である。
『(最悪木の枝とかに突き刺して投げるしかないか……)』
「うう、ま、また……」
『(ワイバーンさえ倒せばその体の一部を使える……牙とか、爪とか)』
「おお!」
『(でも投げるための土台、槍で言う柄の部分とかそんな感じの部分は要るだろうけどな)』
「うううううう!!」
苦労を背負うのはただ一人。アズラットはそれを手伝ってやれないことを心苦しく思っている。
とはいえ、アズラットにできることは少ない。
手助け、助言、探知や監視、そういったことくらい。
物作りや人間的な生活の手助けなど、人間らしく活動する分野には関与しづらい。
(……がんばれ、それでも駄目そうなら最悪こっちがなんとかするから)
場合によってはネーデだけではどうしようもないこともあるだろう。その時はアズラットが出る。
少なくとも、アズラットはそのつもりでいるようだ。




