05
実験室の青い欠片を持って書斎に戻ると、中の人がキラキラと輝く目でヴァージルを待っていた。
「そんなに急かさないでほしい」
「★×▼◇◎□●」
「分かった。合成しよう」
根負けしたヴァージルであるが、どうせ合成する気満々だったため、勝ち負けはどうでもいいようだ。
特に力を込めることなく、青い珠に欠片が吸収される。
ピカッと目映い光が放出される。
すると、そこには透き通った青い珠があった。
学のないヴァージルでさえも分かる。
これが完全体なのだと。
「□●□◎▼×○◆★◇」
「えっ、なに?」
「……○◆◎●□」
目礼が返ってきて、ヴァージルは慌てた。
かちゃん、という優しい音に視線を移すと、そこにはカギの束があった。
カギ束をぐいぐい押し付けてくる中の人。
これが欲しかったんだろと言わんばかりの強引さである。
ヴァージルがカギを受けとると、中の人は青い珠を一なでして本を読み出した。
もうここでできることはなさそうだ……。というテロップが脳内を横切っていく。
ヴァージルは廊下に出た。
強制的に書斎から放り出されたヴァンパイアは、しばし廊下で狼狽えた。
なにをすればいいのか分からなかったのである。
じゃらじゃら鳴るカギの束を持って、あっちへふらふらこっちへふらふら。
しばらくして大きな扉が見つかった。
両開きのゴツい扉と、少し開けた場所、石のタイル。
恐らく玄関だろう、とヴァージルは検討をつけた。
「で、どれで開くんだ?」
一つ一つ確かめながらカギを当てていく。
すると、七個目のカギが、がちゃんと噛み合った。
そのままぐるりと回して外に向かって扉を開く。
重そうな見た目に反してするりと扉は開いて、雨粒が飛び込んできた。
「つめたっ」
急いで扉を閉める。
「雨が止むまで待つか――止めさせるか」
僅かに思考に沈んで、ふと思う。
やってダメなら待てばいい、と。
どうやら書斎の主は博識であるようだ。少なくとも、書斎の本棚の数を見る限り読書は好き、らしい。
これだけ大きな家だ、きっと図書館ぐらいあるだろう。
ヴァージルは意気揚々と歩き出した。
己のミスに気付かぬまま……。
果たして図書室はあった。
しかし、当然の如く、ヴァージルには読めない言語の本ばかりだったのだ。
「しまった! ヴァンパイア一生の不覚だぜ……」
だが救いはあるものである。
日ごろから善い行いをしている――例えば、親友の理不尽な行為にも怒らない、近所のエルフの手伝いに行くなどだ、そんなヴァンパイアには福来るようで。
ヴァージルが知っている、所有している本もあったのだ。
その本は当然のことながら、ヴァージルのよく見知った言葉で書かれていた。
「よし、ここの33P目に確か……あった!」
無事、記述を見つけることができたヴァージルは、他の本も少し触ってみる。
目的のものが見つかったことで気持ちの余裕ができたのだろう。
あの書斎の主が求めている本とはどんなものなのか、知りたくなったのだ。
「これは、たしか錬金術の本……? メモってあるのは向こうの言語かな」
まあ、読めないのでパラパラめくって挿絵を見るぐらいしかできないが。
しばらくして、随分と使いこなされた本を見つけたヴァージル。
革はつるつるで、辞書のように厚いのに、角は丸くなっていた。一番よく開いていただろうページに指を差し込むと、本はきれいに開いた。
「これは……」
ヴァージルが驚いたのも無理はない。そこには燦然と輝く青い宝玉があったのだから。
「これを探していたんだな」
挿絵の珠はキラキラと輝いていた。それが本来の姿なのか、それとも出来上がった瞬間のことを指し示しているのか、ヴァージルは分からなかった。
読めない言語と格闘しようとして数秒で頭が痛くなってしまった。
どこかに書斎の彼が残した翻訳メモでもあれば違っただろうが、ノーヒントはヤバい。分からん。
ヴァージルは腰を上げると、図書室を後にした。
次に目指すは、実験室。あの途中で明かりが消えた部屋だ。