03
次にヴァージルがたどり着いたのは、たぶん、物置だった。ここも妙に薄暗く、不気味な雰囲気が漂っている。
だが、ヴァンパイアである彼にとって、暗闇はむしろ安心する場所。
どこか心地よさすら感じながら探索を進める。
無造作に置かれたタルや積み上げられた本を避けて、奥へ。
奥には年期の入った机がこれまた無造作に放置されていた。
「もっと掃除しなさいよ」
ぶつくさ言うヴァージル。
まあ、言うほど彼の自宅もきれいではないのだが。
「ん、なんか青いものがある」
机の溝に、きらきら光るものを見つける。
何気なく手をかざし、それを裏返すと、彼の手の上には青い球体があった。
サイズは直径一センチにも満たない小さな珠。
「これは……まさか」
ヴァンパイアだけが持つ固有能力、『結晶化』が発動したのだ。
血液を始めとする、液体状のものを、固形にしたり再び流動体に戻したりできる能力だ。
すなわち、この青い珠はなんらかの液体であったということ。
「血液、じゃないよな。血は青くないし」
手の上で転がる、小さな珠。
確か、さっきの部屋にいた中の人も、同じような色をした欠片に悪戦苦闘していた。
これを探し出して欲しかったのかな、ヴァージルはそう思う。
もうこれ以上ここですることはない。
ヴァージルは身を翻した。
そのときだ。
「ひゃー!」
何か黒いものがヴァージルに向かって突進してきたのだ。
ビビりなヴァンパイアは、コウモリになってタルを回避する。
コウモリの大きさは、羽根を広げても約40センチぐらい。
高く積まれた本の上もすいすい移動できる。
小さくなった右手に青い珠を握り締め、目の前に迫る扉を左手で開けようとする。
が、開かない。
テンパっている上に、利き手でない方で開けようとしているからだろう。
急いでガチャガチャ鳴らした。しかしというか、やはりというか、追い詰められたコウモリに、なす術はなかった。
激突の痛みをこらえようと、体を小さく丸めるヴァージル。しかし、いつまでたっても衝撃は来ない。
恐る恐る目を開けたヴァージルに届いたのは、ワンワンという鳴き声だった。
「ワンワン?」
「ワンワン」
「犬?」
「クーン」
「あ、これシャドウウルフか。ビックリした」
ヴァージルは人間形態に戻って、片手を黒い塊にかざした。すると、真っ黒の犬が親しげに頭を擦り付けて来るではないか。
シャドウの名を冠するだけあって、手とふさふさの毛は決して触れ合えないが、なんとなく撫でる仕草をするだけで、犬はたいそう喜んだ。
「これ、おれにくれるの?」
シャドウウルフは口元に小さな瓶を持っていた。
それは、ヴァージルがよく携帯用血液を入れるものによく似ていて。
ヴァージルはその瓶に青い珠を入れることにした。
「ありがとな」
「クーン」
シャドウウルフと別れて中の人に会いに行く。
中の人は、相変わらず本棚のひしめく暗い部屋で、大中小さまざまな青い欠片と奮闘していた。
「あのさ」
「※△●」
「あ、これ、物置で拾ってきたヤツ。いるよな?」
「……!」
目の前で結晶化が行われていくのを見て、中の人は、大きく驚愕する。
椅子を蹴飛ばして立ち上がり、ヴァージルにもう1つカギを渡した。
「ここにも欠片が?」
「●□※▼◎◇★」
「うーん、やっぱり分からん」
意図が読めない以上、ここにいても仕方なかった。
ヴァージルは新しいカギを手の中で転がしながら、それなりの大きさになった青い珠を男に渡す。
中の人が喜んでいることだけはなんとなく分かった。
大事そうに青い珠を抱える中の人を横目で見つつ、ヴァージルは書斎をあとにした。