プロローグ
ハーレムでも異世界でもありません。すみません。それでも宜しければ読んでみてください。
人はなぜ生きているのだろう。
ふとそんな疑問が頭に浮かんだ。
壮大な夢のため。確かな希望のため。明確な目標のため。
───もし、叶わなければ二度と立ち上がれなくなる
ような。
命を懸けてでも守りたいと思える、大切な人のため。
───もし、見失えば自分のすべてが無意味な存在となるような。
一人一人違う様々な生きる目的があるだろう。
それなら俺にも何かしらの目的があるのではないだろうか。
だがそれらを自分に当てはめたところで、何一つとしてしっくりくるものはなかった。
些細な夢も僅かな希望も曖昧な目標さえもこれまで一度も抱いたことはない。生きる目的と言えるものが何一つとして、俺の中にはなかった。
だからと言って、もう死んでもいいなんてことは今まで考えたことはなかった。
ならば俺はなぜ生きているのか。
つまり、死ぬ目的がないから。死にたくないから生きているということになる。
つまらない。本当につまらない。
毎日をただ規則的に。機械的に繰り返し、無駄に時間を浪費していくだけの日々。
これが俺の決められた運命というのなら決めた誰かに文句を言ってやりたい。
これがあらかじめ引かれていたレールの上というのなら、引いた誰かの顔面に一発くらわせてやりたい。
だが、それをいくら願ったところで所詮は絵に描いた餅なのだろう。
やり直しはもうきかない。時の流れには逆らうことはできないのだから。
でもせめて一つ。一つだけでいいから。いつもとは違う何かを与えてはくれはしないだろうか。
─────運命の歯車なんてモノはいらないから。
俺の中にあるたった"二つの要素"のうちの一つ。脆く、儚く、小さな、"願い"。
どうせそれさえも叶わないだろうと、自虐的に。
俺はこれからもこうして無意味な日々を生きていくのだろう。
キーンコーンカーンコーン。
と、1日の終わりを告げるチャイムの音が教室に響いた。それを合図に静かだった教室が一気に騒がしくなった。
高人がこの学校に入学してから一年と二ヶ月が経った。
6月に入り、季節の変わり目の象徴として、クラスの中には長袖と半袖の制服の人が入り混じっていた。
窓の外からは、彼らを撫でるように優しい風が教室に吹き込み、外に見える木の青々とした葉がその風に揺られ、長閑かな葉音を奏でている。
少し外を覗けば、中庭に生える綺麗に整えられた芝生の中心に一本の太い木が聳え、隅に控えめに添えられた鮮やかな花が出迎えてくれる。
その優しく爽やかな春の印象とは対照的に、窓から差し込む日差しが確かな熱を持ち始め、新たな季節の訪れを知らせてくれていた。
過ぎ行く春と訪れる夏。まるで赤と青が混ざり合い紫ができるように、二つの季節が混ざり合った新たな季節が僕らを包んでいた。
と、高人は一通り堪能した後に背伸びをひとつした。さっきまで机に突っ伏して固まった体を、ほぐすように大きく、大きく…。
椅子の前の脚が宙に浮きだした。それに気づいた様子もなく高人の体は角度を増していく。
ガタッ。
「あ…」
後ろに仰け反りすぎたために、椅子の脚が音を立て前に滑り出した。
高人は目を閉じ、このまま背中から地面に倒れこむことを覚悟したが、その時は来なかった。
「気をつけろよ。ったく」
倒れるすんでのところで後ろのやつが支えてくれたらしい。
「わりぃ、将太」
大して慌てた様子はなく、落ち着いた声で、気持ちのない声で言った。
「やれやれ。何回同じことをすれば気が済むんだか」
ため息まじりに返した。
「それなら簡単だ。俺はお前がそうして支えてくれる限りは何度でも、だ」
キリッと音が聞こえてくるようなキメ顔を作る。
「はぁ〜。まさかお前がそんなに俺を信頼してくれているとはな。嬉しい限りだ」
言葉の後半にいくにつれて少しずつ棒になっていく。今度ははっきりとしたため息が加えられた。
「こんなに心のない嬉しいは滅多に聞かねぇよ」
「なら、俺もあんなに誠意の見えない謝罪を聞いたことがないな」
「いや、あんなに誠意を込めた謝罪はしたことがないくらいだ」
「そっか。本当にそう思っているならそろそろ椅子から立ち上がって欲しいんだ。腕が今にもつりそうだ」
将太は、あたかも辛そうに顔をしかめ、腕をプルプル震わせた。現に、高人の体重が乗った傾いた椅子を将太は片腕で支えていた。
「それはわりぃっ!」
慌てて立ち上がり、今度はしっかりと気持ちのこもった謝罪をした。
「なんだよ。やればできるじゃねぇか」
「…うっせ」
ニヤついた表情を浮かべる将太に少し悔しい気持ちを抱いた。
「そういやさぁ…」
すでに帰り支度を始めながら将太は口を開いた。
「んぁ…?」
先程までの眠気が少し蘇り、欠伸をしながらも無理やり声を出す。
「今月の最後にある、修学旅行のことなんだけどさぁ」
「あ〜もう今月末か。早えぇもんだなぁ」
まだ年齢的には随分と早い感傷に浸っていると、
「あの、ちょっといい?」
クラス一のイケメンに女の子が声をかけた。
「あぁ。どうした?」
「その…このプリントを…紡)君に先生が渡しといてくれって」
「そか、わざわざありがとな」
紡に話しかけた女子は少しうつむきながら、足早に去って行った。
「なんか…すげぇベタなシチュエーションやってんな」
「ははっ。ああいうの見ると和むなぁ」
「ああ。なんか高校生って感じする」
すでに帰り支度を終えた二人はそんなことを話しながら、未だ騒がしい教室を後にした。




