魔王いっきまーす
「さすがにもうこの王城も飽きちゃった」
そんな発言をしたパピオンこと魔王は本当にそろそろ魔王城から出たがっていた。
「でもなー、王城から出たら出たで、俺の近くにいるやつはみんな離れて行っちゃうしなぁ・・・。やっぱりもういなくなっちゃったけど、執事が言った通りこの王城から出るべきじゃないんだろうなぁ・・・」
パピオンは迷っていた。というか、迷うしかなかった。実はパピオンの覇気は執事が限界を迎えた12歳よりも更に強くなっており、今や王城だけでなく、王城から見える範囲の全てが覇気の対象となっている。
そのため、以前は瘴気が渦巻いており、強力な魔物の住処であった森や、神龍と言われる伝説上の生き物の聖地であった湖も全てパピオンの覇気によりそれぞれの住処から生物が離れてしまっていた。
その覇気は本当に強力で、以前勇者から最悪の魔王として恐れられていたパピオンの父のバビリオンでも、パピオンが2歳の時点でパピオンから見える範囲に近づくだけでも気を失ってしまうほどであった。
ちなみに12歳まで王城に仕え、パピオンに教育を施していた執事は覇気を90%程度防ぐ防具を纏った状態でありながらも、半径一メートル以内に近づけば必ず気を失ってしまうレベルであったため、毎日気を失いそうになりながらパピオンへの教育を行っていた。
そのため、執事はパピオンに文字を教えたり、日常生活に支障をきたさないような程度の事しか教えることができず、魔法、武術などの相手と戦う技術に関しては、絶対必要になることが来ると分かってはいながらも、年齢的に理解が難しかったことなどから教えることが出来なかった。
そのため、パピオンは魔王でありながらも、覇気以外の部分では魔王の魔の字も感じることが出来ないほど未熟であり、また覇気としてはこの世のほぼ全てを駆逐できるほどの魔王を感じさせていた。
ちなみに、どうでもよいが、パピオンは母親のエステリアが命名し、「蝶が好きで大空を飛び回って欲しいから」という目的で付けられた名前であった。パピオンの父親からは「もう少しかっこいい威厳のある名前の方が魔王っぽいのではないか」と言われたが、バビリオンはエステリアの尻に敷かれており、肯定せざるを得なかった。
「なんか王城から出るいいきっかけはないかなぁ・・・」
パピオンは王城から外に出たいという気持ちを持ってはいたが、なかなか実行に移せずにいた。
それもそのはず、パピオンは16年間王城から外に出ていない、それどころか、16年間王室の中に引きこもっていたのである。
王室は広く、ファンタジーではいかにも最後のボスが出てきそうな場所ではあったが、覇気が強いことから、執事からは「坊ちゃまは絶対に王室から外に出てはダメですぞ。魔王なのですから、ここから出てしまうと、勇者が来た時に何事もなく魔王城を落とされてしまいますぞ」というメタ的な発言とともに、王室から出ることを全力で拒否されていた。
まぁ、12年間王室から出ることがかなわなかったこともあり、16歳になるまでの4年間も執事などはいなくても生きることは出来る上に、王室にはバストイレがついており、日常生活には支障をきたさなかった。まぁ、魔王だからご飯も食べなくてもいいですし。
はっきり言って、王室から外に出ることが面倒になってしまっているだけであった。
ただ、今日は今までと違うことが一つだけあった。
王城に何か気配を感じるのだ。
「ん・・・何か王城入ってきたな・・・」
何者かが王城にいる気配を感じさせる。
また、徐々に「コツ、コツ、コツ」と近づいている足音が聞こえてきている。
「執事かな?いや、自分からいなくなるような執事に今更会いに来られてもしらけるだけだしな・・・。何者だろう・・・」
更に「コツ、コツ」と足音が近づいてきており、王室の扉の前まで来ているようだ。
パピオンは心拍数が普段が60程度であったが、150程度まで上がっているのを感じた。
また、対人恐怖症の如く、今からでも帰って欲しいという気持ちで王室の椅子に腰かけていた。
相手も気持ちを入れていたのか、足音が消えてから少し時間があった後に「ドン」と扉が大きく開かれた。
「魔王!貴様を倒すのはこの私達だ!覚悟しろ!!」
大きく開かれた扉からは男2人(A,B)、女1人(C)の人間が飛び出してきた。
パピオンは心拍数が更に跳ね上がりながらも、「よく来たな、ゆうしぁ、待っておったぞ」と少し噛みながら答えた。
それに対し、男Aは「魔王城の近くを通ってきたが、敵が一人もいなかったぞ!私たちを甘く見ているのか!ふざけるなよ魔王!!」と激高していた。
(いや、ちょっと違うんだけど・・・、説明させてくれるほど時間ももらえないよなぁ・・・)と思いながら会話を聞いていると、男Bが「貴様やる気があるのか?そんなやる気のないようなふざけた顔をしていると、すぐに倒してしまうぞ!!」とこちらも激高していた。
「いや、そういうわけじゃ・・・」とパピオンが口に出したところ、男Aが「問答無用!」と言い、曲刀で切りかかってきた。
パピオンはいきなり切りかかってこられたので、びっくりして王座からずれ落ちた。それにより曲刀は王座の頭の部分のみ切り落とし、パピオンには傷一つつかなかった。
しかし、王座に座ったままのパピオンはあまり動くことができなかったため、男Aが再度曲刀を振り落すと、パピオンの前胸部に鮮血がほとばしった。
パピオンは苦痛に顔をゆがませる。
その表情を見て男Aは驚愕の表情を浮かべていた。
それはそうだろう、魔王城の最後のボスと言われている魔王が、世間一般で言う雑魚モンスターばりに弱かったのだ。
「まさか、そんなはずは・・・、こんなにも魔王が弱いなんて・・・。いや、実は俺たちが強くなってしまったのか・・・?」
などと、男Aがつぶやいている。
(しょうがねぇじゃねぇか!俺はっきり言って実践経験なんて一度もないんだから)
とパピオンは思った。
しかし、それ以上に、パピオンは思うところがあった。
(なんでこいつらは俺のいる城まで近づけたんだ?)
それは、当然の疑問である。今まで魔王の両親や執事ですら自分自身から遠ざかってしまっている現状があるうえで、この王城に3人が来られる理由がないからだ。
パピオンはその疑問をふと言葉にしてしまっていた。
「なんで、なんで、この王城まで来られたんだ・・・」
パピオンの疑問に対し男Aがなんとなく答えた。
「弱い魔王に教えてやろう!冥途の土産と言ってもいいかもしれないな・・・。俺たち冒険者はこの魔王城への道中に明らかに強い覇気を感じる場所があったんだ、その覇気は近づくことすらままならなかったから、私たちが発見した貴重な鉱石が覇気を遮断する効果があるものだった。その鉱石をちりばめた装備を体中にまとう事で覇気を完全に遮断することができるようになった。まぁ、そんなところだな・・・というより、お前本当にこのくらいでやられるのか?マジなのか?俺たちまだそんなに冒険者になって日が浅いんだが、こんなに魔王が弱いと逆にドン引きしてしまうんだが・・・」
などと男Aが発言する。
(そんな防具があるんなら、執事に装備させてもっと戦いについて学んでおくべきだった・・・)
そんなことを考えながらパピオンは曲刀で切られたところから血を大量に流しながら気を失いそうになっていた。
そんなパピオンの命が散ろうとしている時に、冒険者の内の一人、男Bが気温が暑かったのか兜を取ってタオルで顔を拭こうとした。
その瞬間、その男Bは目を上転させ、冷や汗をかき、口から泡を吐いて倒れた。
何事かと、男A、女Cは駆け寄ると、その男Bは倒れただけでなく、心臓の鼓動さえも止まってしまっていた
「何があった!」
「いや、この空間が覇気がかなり強いことを忘れてしまっていたみたい、覇気防止の兜を脱いじゃった」
男Aが男Bの近くにいた女Cに理由を問うとそんな答えが返ってきた。
「こんな弱い魔王なら何度でも倒せるから、一度連れて帰って蘇生しないと本当に死んじゃう!いったんかえろうよ!!」
「そうだな!帰ってからまたすぐに来ればいい!」
そんな会話を繰り広げながら王室から冒険者達は姿を消していった。
そんななか、パピオンは「助かった・・・」とだけ言い残し、傷口から滴る大量の血液を失ったことによる貧血で、意識を飛ばした。
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先ほどの戦闘?から少し時間が経ってからパピオンは王室のベットの上で目を覚ました。
(あれ?俺さっき王座で倒れてたと思ったんだけど・・・)
そんなことを思いながら体を起こすと、曲刀で切られた傷は包帯で手当てがされており、また右側には完全防備の人が立っていた。
「坊ちゃま・・・。起きられましたか?」
「その声は!執事!!元気にしていたか!?」
その完全防備の執事は優しい目をしていた(ように見えた)。
「4年ぶりですね。坊ちゃま。」
「あぁ、4年ぶりだな、寂しかったけど、元気だったよ」
「元気でしたか、それは良かったでございます。それにしても先ほどはどうされていたのですか?王座が血まみれだったので、坊ちゃまがお亡くなりになってしまったのかと思い、全力でありとあらゆる治療をさせていただきました。」
「本当にありがとう!執事・・・。いや、さっき冒険者が来てコテンパンにやられちゃったんだよ。冒険者って強いんだね・・・」
「冒険者・・・?はて、私が通ってきた道中にはそのような強い冒険者はおられなかったのですがな・・・?」
「会ってなかっただけだと思うんだけど・・・。手も足も出なかったよ・・・」
「まさか!そこまでですか!?一度確かに3人組の冒険者を見かけはしましたが、私の魔法で一瞬で肺にさせていただきました。レベルはかなり低かったように思います。」
「いや、多分そんなレベルが低いとは思わなかったんだけど・・・。曲刀とか使ってたし・・・。戦いなれてる感じだったよ。」
(え?あの曲刀使ってきた冒険者・・・まさか、あやつらが!?いやいや、でもあやつらがパピオン坊ちゃまがおっしゃられている冒険者だとすると・・・。)
「どうした?執事?浮かない顔をして・・・」
「いえいえ、なんでもないですよ!坊ちゃま!いや、それにしてもいい天気ですね!うん!布団の欲し外のあるいい天気ですね!」
(なんかごまかされてるかんじが・・・。気のせいかな?)
そんなたわいもない会話を続けている時に、ふとパピオンは執事への疑問を思う。
(それにしても執事はよく俺の近くにいるのに倒れないな・・・。完全防備の装備が影響しているのかな?)
そんなことをパピオンが思っていると、その視線に気づいたかのごとく、執事より回答が得られた。
「坊ちゃま、どうして私めが坊ちゃまの近くにいられるのかが気になられますかな?では疑問になられていることについてお答えしましょう。それはこの装備によるものです。この装備はここに来るまでに出会った冒険者らしき人たちを倒した際に手に入れたものなのですが、かなり覇気にだけ強く耐性があるみたいです。そのおかげで、坊ちゃまの近くまで来ることが可能でした。あ、あとですね、この服を着用している人も同じ効果が得られるみたいです。私も覇気をある程度持っていますが、その覇気を外に向かって出すことが出来ません。そのため、この防具を坊ちゃまが着用することで、覇気の波動をおそらく周りに影響がない範囲まで抑えることができるようになります。」
それを聞いていたパピオンは驚愕した。
「え?ということは、それを来たら外に覇気をまき散らさず出ることが出来るの!?めっちゃいいじゃん!!」
パピオンは喜びに震えていた。以前は出来なかったことが出来る!その上で、今までの王城からの生活から変わることが出来る。
そんな些細な事をパピオンと執事は本当に心から喜んでいた。
「坊ちゃま、私も喜ばしいことでございます。では、私と一緒に王城から出られますかな?」
「出たい!でも、少しだけ心配があるんだよね。王城から出ると、この王城は他の人から狙われやすくなるよね?」
「狙われやすくなる・・・そうかもしれませんね。坊ちゃま!それでしたら、私が王座を守らせていただきます。」
「え?でも、執事がいないと俺は一人で外の世界に行くことになるってこと?」
「そうでございます坊ちゃま!ですが、心配はいりません。私の従魔を連れて行って下されば、私との対話もすぐにすることが出来るようになります。また従魔は私よりも強いとまでは行きませんが、坊ちゃまの剣や盾になる程度の能力はあります。ですので、従魔を連れて行って頂ければと思います」
「そうか・・・。俺はこれからのことを一人で何とかできると思っちゃいない、だからこそ力をつける必要がある。そのために、執事の従魔を借りるぞ!」
「はい!坊ちゃまに使えることが出来るのであれば、その従魔は本望でしょう!気に入っていただければその従魔を坊ちゃまの従魔にしていただいてもいいですよ」
「本当か!執事!!本当にありがとう!」
「では、強くなってこの王城に帰ってきていただくことをお待ちしております!」
魔王はベットから起き上がり、服を着て、覇気を防ぐ完全防備をし、従魔を連れた。
「執事!では行ってくるぞ」
「はい、坊ちゃま。気を付けて行ってらっしゃいませ」
パピオンは初めて王室の外へ一歩を踏み出した!