第十一話 笑い道化②
ラガール子爵の館を、淡々と進む鎧の大男、ランベールがいた。
歩んだ跡には、血の足跡が生じていた。
無論、己の血ではない。
不法侵入者へと斬りかかった、ラガール子爵の私兵の血である。
王国監査兵団『不死鳥の瞳』の第二部隊長クロイツに苦手な子守りを押し付けたランベールは、彼への宣言通りにラガール子爵の館へと乗り込んでいた。
ランベールへと剣を向けて、三人の私兵が立ち塞がる。
だが、三人の剣先は震えていた。 ランベールが一人、また一人と私兵を斬り倒し、近づいてくるほどに
理解していた。
自分達では、この狂剣士を止めることは絶対にできないと。
最初は三人の私兵達も、無謀な侵入者を笑っていた。
元々臆病な性質のラガール子爵は、『笛吹き悪魔』との接触以来、争いに巻き込まれる可能性を考慮し、私兵団を拡大し、館の警備も増やしていた。
そんなところに単身で乗り込むなど、愚行に他ならない、と。
だが、警備の兵は皆、ランベールの大剣の前に斬り殺されていた。
「なんだ、なんなんだ、この化け物は!」
「二人掛かりで、どうにか気を引け! その隙に、俺が奴を殺す!」
「わ、わかりました、ソドム隊長!」
後方に立つ私兵が叫ぶと、前の二人が、ランベールに怯えながらも頷く。
「ラガールはどこだ? 奴を差し出せ。ラガールは、売国奴だ。それでもなお忠誠を示すというのなら、相手をしてやる」
ランベールが淡々と告げる。
「笑わせるな! 俺達はもう、引き返せないんだよ!」
ソドムと呼ばれていた、陣形の後方に立った男がランベールへと叫ぶ。
前の二人が、左右に分かれてランベールへと斬りかかった。
(お前がどれほど強かろうと……三方向同時攻撃ならば、必ず隙ができる。俺は目がいい。絶対に、その隙を逃しはしない……!)
二人から僅かに遅れ、ソドムが正面からランベールの隙を窺いながら飛び掛かる。
目を見開き、ランベールの動きを追おうとする。
(俺はこの目で、ラガール子爵様の私兵の隊長にまでなったのだ。確かにお前は強い。だが、弱者には弱者の戦い方があるということを教えてやる! お前が一人斬ろうが、俺はその隙にお前を斬る!)
ソドムが目を凝らして見ていたランベールの大剣の姿が、不意に消える。
(ん、どこへ……)
次の瞬間、ソドムの胸部に大剣の一閃が入る。
骨がへし折れ、肉と共に断たれる。
(なん、で‥‥…)
ソドムは意識を失う間際に、己の部下二人が、縦と斜めに身体を切断され、断面から血を噴き出しているのが見えた。
快進撃を続けるランベールが広間に出たところ、ずらりと並んだ兵の出迎えにあった。
その数、総勢四十名にも及ぶ。
私兵達の中に立っている、巨大な斧を担ぐ、ランベールに勝らずとも並ぶ背丈の壮年の大男が、軽く鼻を鳴らした。
「驚いた。暴れている者がいると聞いて出てみれば、本当に一人だとはな」
斧の大男は、ラガール子爵の所有する私兵団の副団長、『戦斧のオルドーン』であった。
鍛え抜かれた大斧を用いて戦う。
だがその戦闘スタイルは、愚直な風貌と武器に似合わず、なんと技巧派である。
自慢の力を万全に活かして相手を追い詰めながらも、隙を窺い、相手が予期していなかった一手を繰り出し、確実に相手を打ち倒すのがオルドーンの基本戦術であった。
「鎧の剣士よ、領民に肩入れでもしたか? だが、単身でラガール様の館へと乗り込んだのは間違いだったな?」
オルドーンが言えば、周囲の私兵達もそれに続いてランベールを嘲弄した。
「多少腕は立つようだが、頭の方はからきしらしい」
「まさか本気で俺達私兵団を相手に、正面突破できると思っていたとは」
「同僚が、随分と手荒にお前の世話になったようだ。百倍にして返してやるよ。楽に死ねるとは思うな?」
ランベールは周囲の兵を一瞥。
それから自身の背後へと目を向ける。
後ろから、ランベールの後をこそこそと追跡していた兵達が姿を現す。
「……屋内で、追いつくわけでもなく、ただ俺を追って来る。何が狙いかと疑問だったが……ここで俺を包囲して、同時に掛かれる人数を増やすことで数の利を活かし、逃げ場を断つことが目的だったか」
「如何にも。残念だったな、鎧の剣士よ。力だけでは生きてはいけぬのだよ」
オルドーンがランベールへと言う。
この包囲も、侵入者に対し、彼が立てた策であった。
オルドーンは実力も一流だが、戦闘での駆け引きの他に、計略や戦術にも長けている知能派であった。
「お前達、全力で掛かれ。士気を上げようとするのは結構だ。だが、遊びを作るな。こっちが殺されるぞ」
オルドーンが部下達へ命じる。
「は、はい、オルドーン副団長……」
「奴に、一切の芽を与えてはならぬ。拷問して、正体と飼い主を暴きたいところだが、この男は危険すぎる。確実に殺せ」
オルドーンが淡々と命じる。
オルドーンは力と聡明さを兼ね揃えており、加えて決して慢心しない性格であった。
この数で囲めば、どのような相手であろうとも圧殺できるのは間違いない。
だが、それでもオルドーンは手を抜かない。敵に希望を残さない。
オルドーンの言葉で、部下達がランベールへと一斉に斬りかかっていく。
オルドーンは侵入者事件が片付いたと見てか、フンと鼻を鳴らして背を向けた。
「殺した後は、なんとしても身分を暴け。いいな? 奴の親族には、見せしめになってもら……」
轟音が響く。
床が割れ、あまりの勢いに、ひっくり返された。
同時に何人もの兵が、軽々しく宙へと舞う。
一瞬呆気に取られ、私兵達の動きが止まる。
だが、すぐに目前の脅威を取り除くべく、決死の覚悟で第二陣が飛び掛かる。
ランベールの大剣が、縦横無尽に振るわれる。
振られた大剣が床を斬りつけて抉り、鎧の装甲ごと私兵を斬り捨てる。
一振り一振りが、確実に命を奪う死神の一撃であった。
斬られた兵が後方へ弾き飛ばされ、血肉を舞わせ、息絶えていく。
第二陣が死に絶えた時、第三陣の私兵達は、動くことができなかった。
呆然と立ち尽くすオルドーン達の横を悠々と抜けて、ランベールは、館の奥へと進んでいく。
【活動報告】
ドラたま六巻の書籍情報と、アンデッドナイトの書籍情報を活動報告にて更新いたしました!
ラフ画等もありますのでぜひご確認ください!(2018.2.3)




