第十話 笑い道化①
「……まさか、この私が助けられるとはな。しかし、巣を少し突いただけで、行方不明の高位錬金術師様が出て来るとは思わなかった。この地は、私の想定を超えている。これが『笛吹き悪魔』か」
クロイツが気を失ったままの子供を抱いたまま、深く溜め息を吐いた。
目の先には、血溜まりに沈むジルドームの上半身があった
「ジルドーム・ジレイナス……なぜ、奴ほどの高位錬金術師が、反国家組織へ……。大勢の人間から認められ、金銭にも何一つ不自由のない暮らしをしていたはずだ」
「クロイツとやらよ。王国の兵団の一つだと名乗ったな」
ランベールが、クロイツの背へと声を掛ける。
「……貴様は、いったい何者なのだ。何が目的だ? ここまでの剣士の名を、私が知らないはずがない。そして、その鎧……ジルドームの魔術を、容易く弾いていたが、まさか……」
「俺のことは、今はどうでもいいはずだ。互いの目的が、そう遠いところにないことは、既にわかっているはずだ。それでよかろう。時間が惜しい。ラガール子爵は、攻めるか逃げるか、何らかのリアクションを取ってくるはずだ。それよりも情報を寄越せ。クロイツよ、この地で、何を調べていた?」
「……黙っておく、ほどのことではないか。身を明かしてしまった今となっては、今更の話だ」
クロイツが、自身の抱えている子供へと目線を落とす。
「ラガール子爵は不気味すぎる。元々は単に、『笛吹き悪魔』と関わった形跡がないのかの確認だったのだが……領主の指示により、子供の大規模な誘拐が行われているとわかった」
それはランベールも実際に目にしている。
少し貧民街を探ってみれば、すぐにわかる話だ。
「更に問題なことに……それだけ大規模な誘拐が行われているにも拘らず、領地の外まで連れ出した形跡がないことだ。長い距離を何十、何百もの子供を運ぶとなれば、生半可な準備ではない。当然、それに関わる形跡も残るはずだが、そういったものが一切見られない。かといって、この領内だけで奴隷商をするにも、買う相手が限られ過ぎる。外の領地から大勢の富豪がやってきた、という話もない。誘拐された子供がどこにいるのかがさっぱりわからないのだ」
「……なるほど、確かに不気味な話だ」
領主が子供を誘拐する理由は、現状では見当たらない。
ジルドームを筆頭に、既に領内に『笛吹き悪魔』の人間が、かなり入り込んでいることには、間違いがない。
子供を欲しがってるのは『笛吹き悪魔』であり、ラガール子爵は『笛吹き悪魔』に命じられたままに動いているだけ、という線が濃厚だ。
(子供を集める、反国家魔術組織か……。あまり、いい想像はできんな)
ランベールの頭を過ぎるのは、八国統一戦争時代のレギオス王国の錬金術師、賢者ドーミリオネである。
彼女は、死体を用いたゴーレムの製造のために、村を幾つも潰したことがあった。
「とにかく……私は部下を連れて、一度王都へと引き返し、他団への協力を要請する。貴様……ただものではないのだろううが、あまり無茶をするではないぞ。この地に何が潜んでいてもおかしくはない……」
「待っていれば、敵を逃がすだけだ。むしろ、貴様が何故、そうまで悠長なのかがわからぬ。奴らを放置しておけば、確実に民へと被害を出し続けるのだぞ。敵も馬鹿ではない。俺はこの地に、『笛吹き悪魔』の頭、八賢者が潜んでいると睨んでいる。奴らを叩ける機会は、今だけだ」
「は、八賢者だと? 奴らは、個人でどうこうできるような相手ではない! 生きる災厄だ! 都市バライラの事件を知らないわけではあるまい。都市一つが壊滅寸前まで追い込まれたあの事件は、八賢者の一人『屍の醜老』ことマンジーと、その少数の部下によって引き起こされたのだ! 監査部隊一つで、どうにかなる相手ではない!」
もっともそのマンジーを単独で討伐したのはランベールなのだが、そのことをクロイツが知っているはずもなかった。
都市バライラの中では首なし馬に跨るアンデッドナイトの英雄譚が紡がれているが、外の人間はそんなものを信じてはいなかった。
領主の私兵と冒険者達が力を合わせ、多くの犠牲を払ってマンジーを討ったのだとして広まっていた。
「少しは骨のある奴だと思ったのだが、残念だ」
ランベールの言葉に、クロイツが悔し気に唇を噛み締める。
「勇気と蛮勇は違う。八賢者を下手に刺激すれば、何が起きるかがわからない。それよりも、確実にラガールから統治権を奪い、被害者の救済に当たることが大切だ。違うか?」
ランベールは答えず、クロイツに背を向けて歩き始めた。
既に彼に興味がないと、言わんがばかりの態度であった。
「ま、待て、これから、どこに向かうつもりだ!」
「情報収集だ。誘拐された子供の行き先と、この地に来た八賢者についての情報が欲しい」
「だが……私兵共は、大した事は知らない。『笛吹き悪魔』の連中は、下っ端なら別件で捕らえたこともあるが……奴らは、とにかく口が堅い。子供が消えた先については、私の部下達が今、調査に出ている。何か掴んでいるかもしれぬ。貴様にならば、何かわかったときに教えてやってもいいが……」
「そんな悠長なものは待っておれん。それに俺は、絶好の相手を見つけた。この領内での『笛吹き悪魔』の計画について詳しく知っており……同時に、酷く臆病で保身がちな、機密よりも自己を優先するであろう人間だ」
「そんな都合のいい相手がいるわけが……」
「ラガール子爵だ。館に乗り込み、直接話を聞かせてもらう」
しばし、クロイツが黙った。
ランベールが冗談を口にしたのか、本気なのか、判断しかねたのである。
クロイツはランベールの全体をしばし見回し、それから『どうやらこれは本気らしい』と悟った。
「いや、いやいやいや! 無理だ、それはいくらなんでも無謀すぎる! 敵の本拠地だぞ!? 『笛吹き悪魔』の人間がいてもおかしくない……いや、それどころか、八賢者と鉢合わせするリスクもある! さっきも言っただろう? 八賢者は、ほとんど単独で都市を壊滅させられるんだ!」
クロイツの叫びを背に、ランベールは歩みを再開する。
「い、一般人に任せて、この『不死鳥の瞳』のクロイツが引き下がれるものか! な、ならば、私も行くぞ!」
クロイツが子供を抱えるのとは逆の手でレイピアを抜き……次の瞬間、手落とした。
指先が、痙攣している。
ランベールとの戦いで、技の反動により、腕に急激な負荷が掛かったことが原因であった。
通常、『倍連穿』だけでもあまり腕にはよくない技であった。
『三倍連穿』の時点で腕には激痛が走っていた。
ただ、止めれば敵に斬り殺されると考えていたクロイツは、途中で止めることもできず、ついに『四倍連穿』、『五倍連穿』と続け、果てには『七倍連穿』にまで及んだのだ。
「ぶ、部下の白魔術師と合流すれば、この程度の腕へのダメージは、抑えてくれる。だから、それまで少し待っては……!」
「それよりお前には、そっちの子供を家族の許へと届けてやってほしい」
「え?」
困惑するクロイツと、気を失ったままの子供を残して、ランベールは速足で去っていった。
クロイツは王国監査兵団『不死鳥の瞳』の第二部隊長であり、まさかそんな自分が成り行きとはいえ、子守りを任される日が来るとは持ってもみなかった。




