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元将軍のアンデッドナイト  作者: 猫子
第三章 小型都市テトムブルクの狂気
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第七話 熱球の魔術師①

 都市クラーンの貧民街の一角にて。

 ラガール子爵の私兵達が、血塗れの死体となって薙ぎ倒されていた。

 その数に及ぶ。


「ふむ、これで後は一人だな」


 ランベールは、狭い路地の奥へと目を向ける。


「馬鹿な、馬鹿な……あり得ぬ……これだけ数の利があって、なぜ勝負にもならぬ……?」


 ランベールの睨む先には、私兵達を仕切っていた部隊長の男が、人質の少年を腕に抱きながら震えていた。


 アルティーとその父を助けたランベールは、彼らと別れて情報収集を続けている間に泣きじゃくる少年を連れている私兵達と遭遇し、助けに入ったのだ。

 

「く、来るな、来るな! 来れば、このガキの命はないぞ!」


 私兵の男が、震える手で、少年の首元に剣を掛ける。

 手が震え、刃が少年の首元を掠めた。

 首から血が垂れる。


「いかんな」


 ランベールが地を蹴って一直線に疾走し、男と交差して一閃。

 無骨な大剣の軌道は、微細なコントロールにより、少年を避けて男の腕と首だけを綺麗に落とした。

 驚愕の表情を浮かべる男の首と、彼の剣が地へと落ちた。

 同時に、私兵の身体が崩れ落ちるのに押され、少年もその場へ倒れそうになったが、その身体をランベールが支えた。


「……また一人も捕まえられんかったか。調子が悪いのか、運がないのか」


 ランベールがちらりと、自身の斬った私兵を睨む。

 今度こそラガール子爵の手先を見つければ、ラガール子爵や『笛吹き悪魔』の情報を話させるつもりであった。

 しかし、私兵の手許が狂って人質の首を斬りかねなかったため、最後の一人を速攻で斬らねばならない羽目に陥ってしまった。


 やや意気消沈しながらも、ランベールは助けた少年へと問いかける。


「怪我はないか?」


「あ、あ、あ……」


 少年は呆然とランベールを見つめ、ぱくぱくと口を動かした後、恐怖で失神した。

 元より、誘拐されていたストレスにより、極限まで精神が疲弊させられていたのだ。

 血に濡れる全身鎧の剣士に詰め寄られた恐怖が、最後の一押しとなった。


「瘴気は押さえたつもりだったが……それとも単に、俺がそんなに怖いのか……」


 ランベールはやや落ち込んだように言い、大剣を鞘へと戻す。


「子供は苦手なのだがな……」


 ランベールは生前より、子供の相手をするのが苦手であった。

 怖がって逃げられまともに意思疎通を図るのが不可能になるか、妙に好かれてランベールが対応に困って逃げるかの両極端が常だった。

 できれば避けたい事態だったが、ここへ放っておくわけにもいかない。

 少年を軽々と担いで貧民街を歩く。


(眼を覚ます前に、どこかで預かってもらえるといいのだが……)


 ランベールがそう考えながら歩いていたところ、自身の背後より、何者かが地を蹴って接近してくる音を知覚した。

 即座にランベールは身を翻し、大剣を抜いて防いだ。

 大剣の腹へと、襲撃者のレイピアが衝突した。


「……死角からの、我が一撃を、片手で防ぐか。なるほど、先程の雑魚とは違うらしいな」


 襲撃者が地を蹴り、ランベールから距離を取る。

 襲撃者は、魔銀ミスリルの薄い防具と、赤いマントに身を包む、細身の男だった。

 顔の上半分は魔銀ミスリルの兜に隠れており、鼻から下が露になっている。

 下部との隙間からは銀髪が揺れる。


 左手にはレイピアを、右手には短剣が握られていた。


「なんだお前は?」


 ランベールが尋ねる。

 男は鼻で笑い、再びレイピアを構える。


「悪いが、悪党に返してやる名はない」


「悪党だと?」


「惚ける気か? 貴様らが、世迷言を宣い、立場の弱い貧民達の子供を攫っていることは、既にこの私にはお見通しだ」


「何を言って……」


 ランベールは自身の恰好を思い出す。

 血濡れで、気を失った子供を背負っている。

 これでは確かに、ラガール子爵の子供狩りと間違えられても、文句は言えない。


「待て、落ち着け。そうではないのだ」


「卑劣な悪漢めが!」


 男が背を屈め、ランベールへと突進する。


「待て! 違う!」


 ランベールは必死に口にする。

 状況は最悪だが、信じてもらうより他に手はない。


 男の言動より察するに、恐らくラガール子爵側の人間ではない。

 恐らく、ランベールと同じか、もしくは彼に近い目的を抱いている。

 無意味に争うことは得策ではなく、また気持ちとしてもなるべくは避けたいところであった。


 男は、ランベールの大剣の間合い内に入る手前で、勢いよく左手のレイピアを突き出しながら肩を突き出し、身体を捻じりながら前に跳ぶ。

 首の鎧の関節部を狙った一撃だった。


 ランベールはその刺突技に対し、大剣を下ろして前に出ることで対処した。


「なっ……」


 寸前で危機感を覚えた男が、咄嗟にレイピアを横に逃がした。


 ランベールの体当たりが、襲撃者を襲う。

 全体重を乗せた突き技を放つつもりが、魔金オルガンの壁へと身体を投げ出す結果になった。

 男は全身に衝撃を感じ、軽々と後方へと弾き飛ばされた。


「ぐほぉっ!」


「違うと言っているであろうが」


 ランベールが呆れた様に言う。


 男は前屈みになりながら、呼吸を整える。

 兜から覗く口許には憔悴があった。


「こ、この私が、こうもあっさりとあしらわれるなど……」


 今の衝突も、ランベールからもう少し体重をかけていれば、男の骨を数か所へし折って戦闘不能に陥らせることは容易であった。

 当然、手を抜いたのである。


「き、貴様……ラガール子爵の私兵では、ないな……。田舎領主の私兵に、ここまでの凄腕がいるはずがない……」


「最初からそうだと言っているであろ……」


「そうか、貴様は、『笛吹き悪魔』の者か。やはり、奴らが中枢に入り込んでいるという噂は、真であったか。ならば、尚更、あっさりと負けてやるわけにはいかぬ。貴様らは、差し違えても止める!」


 やはりわかっていないかった。


「……しつこい」


「悪党に舐められたままでは死ねぬのでな!」


 男が、右手の短剣をランベールへと投擲する。

 そして自身の投げた短剣の軌道を追う様に疾走し、ランベールへの距離を詰める。


「よかったのか、武器を捨てて?」


「右の短剣は、元より敵の剣を受け流すための盾代わり……守りを捨てた今の私には、不要なものだ! 我が不退の覚悟を思い知るがいい!


 叫び声と共に、男が連続の刺突を放つ。

 ランベールは片方の肩に子供を乗せたまま、残った右手だけで軽々と男のレイピアを塞ぐ。


「ぐっ、なぜ、なぜ届かぬ……」


 男の剣技はランベールに完封されていた。

 全ての技を、確実な形で往なされている。

 決死の猛攻を仕掛けようが、体勢を崩す足掛かりさえ見つけることができない。


「遅い、そして膂力が足りん。その上に動きが直線的すぎる。膂力は一夜でつくものではないが、お前の剣には剣技を究めようとする姿勢が足りぬ。まずは意識の問題だ」


 男の独り言に呼応して、ランベールが男の剣技を批評する。

 男の剣技を防いでいる内に、生前の部下を指導しているときの懐かしさを感じ、つい口を突いて出た言葉であった。

 しかし男の独り言はつい出てきてしまっただけのものであり、断じてランベールに評価を求めたわけではない。

 

「貴様ァ! よりによって、この私に剣の扱いの基礎を語るなど、愚弄するつもりか!」


 男が間合いの外からレイピアを構え、ランベールを狙いながら、間合いの円状を滑る様に歩む。


(だが、舐めているのならば好都合……この男、あまりに底が見えない。冷静になれ、この私に唯一足りぬものは、すぐ熱くなることだと、死んだ父上もよく仰られていた。相手の油断を逆手に取り、我が家流剣術の秘技、刺突剣の絶技、『倍連穿』で仕留める……!)


 『倍連穿』は、レイピアの絶技である。

 刺突を繰り出して防がれた際に、レイピアの受けた反動のベクトルを完全に制御して力の向きを自在に扱い、次の刺突を繰り出すためにレイピアを引く力と突き出す力へと転用する。

 その性質上、レイピアは真っ直ぐ引いて真っ直ぐ放つのではなく、円を描く様に振るうこととなる。

 相手の防御に呼応して炸裂する能動的な返し技といえる。


「私が遅いと言うのであれば、受けてみよ、我が秘剣!」


 男がレイピアを突き出す。

 ランベールが難なくそれを弾いたその刹那、男が高速で円を描きながらレイピアを引き、同じ速度で円を描きながらランベールへとレイピアを突き出す。


「ただの連撃か」


 呆気なく、ランベールは大剣を少し横に逸らしただけで対処する。

 だが、絶技を防がれたというのに、男の顔には笑み。


「確かに貴様は強かった。だが、それは、失敗だったな」


 男のレイピアが、彼の腕の限界を超えた速度で引き戻される。


 『倍連穿』の恐ろしいところは、仮に二回続けて防がれた場合には、前の二度分の力がレイピアへと加算されることである。

 打ち破るには、防ぐのではなく、避けるしかない。


「『三倍連穿』! これでもまだ遅いと言えるか!」


 男の腕が悲鳴を上げていた。

 だが、この場は命のやり取り。

 多少の負傷で強敵を倒せるのならば、悔いはない


「ふむ」


 ランベールが大剣を横に逸らして対処した。

 豪速のレイピアの突きを受けて、腕がブレることも一切ない。


 男はこのとき既に、胸中に嫌な予感を抱いていた。

 だがその意味を考え、判断を下すための時間は、或いは余裕は、この戦いの中にはなかった。

 次こそが、次こそが、本当に最大にして、最後の好機かもしれないのだから。


「『四倍連穿』!」


 攻めに入らないランベールがひたすら防ぐ中、『連円穿』により、レイピアの速度が底なしに引き上げられていく。

 『七倍連穿』に入ったところで、最早繰り出している男にも、次にレイピアがどこへ刺突を放つのか、思考が一切追いつかなくなってきた。

 ただ、ただ、神速の連撃を続けることだけに全ての意識を集中させる。

 腕の激痛は既に麻痺して何も感じない。


(行ける、次なら、これなら行ける!)


 男が確信する。

 間違いなく自分は今、剣の神域へと近づいている。

 そんことを感じていた。


「足の踏ん張りが弱い、そしてまだ遅い。動きが単調を超えて、雑になっている。さっきも言ったが、まずは戦いへの姿勢、精神面から鍛えるべきだな」


 男の儚い確信を、ランベールの押し出した大剣が叩き潰した。

 腹を向いて押された大剣に殺傷能力はなかったが、男の連撃を中断させ、また心を折るには十分すぎる一撃だった。


「それ見よ、踏ん張りが弱いため、少し押されただけでその様になるのだ」


「こんな、馬鹿な……私の剣が、一切通じないなど……」


 男はよろめき、その場でレイピアを落とし、後を追う様にその場に崩れ、膝を突いた。

 ランベールは、ちらりと、肩に背負う少年を確認し、彼がすやすやと眠っていることを知って、仄かに安堵を覚えた。

「元将軍のアンデッドナイト」第一巻、2018年2月20日に発売が決定いたしました!

表紙等はまた近い内に公開できる予定となっておりますので、お楽しみに!

(2018年1月25日)

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