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元将軍のアンデッドナイト  作者: 猫子
第三章 小型都市テトムブルクの狂気
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第五話 人攫い事件④

「見逃して下さい! お願いいたします! 娘を取られては、私に生きる意味がありません!」


 アルティーの父親が、地に頭を付けて魔術師へと懇願する。

 アルティーには状況がよくわかっていないようだったが、目前の私兵達から感じる敵意に怯え、父親に身体をくっ付けて震えている。


「ラガール子爵様も、意地悪でこんなお触れを出したわけではないのです。これは貴方方を救うための規則なのです。現状、ラガール子爵領の指定八区に住まう領民達には、子供を十分に育てられる環境がありません。指定八区では、子供の八割が、十五歳を迎える前に命を落としている。指定八区の領民でも、特別税を納めている方は、子供を守る余裕のある家庭であると見做して免除しておりますが……貴方は、払っていないでしょう? 無為に我が儘を通してその子を死なせるか、ラガール子爵様へと預けて、保証された人生を歩ませてあげるか……」


 魔術師はつらつらと語る。


「そんなものは信じられません! 具体的に、アルティーは、どこで何をさせられるんですか!」


「ええ、ええ、わかっています。私も鬼ではありません。力で押さえつける気などないのです。納得がいかないのであれば、説得をさせていただくまでです。一人一人に、きっちりと納得していただくようにとの、ラガール子爵からの御命令でありますので」


 魔術師が、わざとらしく思慮深げにこくこくと頷く。


「対価袋を」


「はっ、フォルベイン様!」


 魔術師が、背後に立つ私兵へ声を掛ける。

 私兵は、魔術師をフォルベインと呼び、麻袋を彼へと渡す。


(麻袋の中に入っているのは、銀貨、か……)


 袋の口からは銀の輝きが窺える。


 彼にだけ渡しているものではないだろう。

 元々、対価袋とやらと子を強引に交換する制度であったらしい。


「どういうつもりですか? 話を、聞かせていただけると……」


 アルティーの父親が困惑する。

 当然である。納得する話を聞かせてやる、と言われて、急に貨幣の入った袋を持ち出されても、まるで意味が分からない。


 フォルベインが大きく頷き、腕を前に突き出して彼の言葉を遮る。

 自身のローブを弄って三枚の金貨を摘んで取り出し、麻袋へと入れた。


「な……え、は?」


 アルティーの父の顔には困惑が浮かぶ。


「これで満足でしょう? 貴方が睡眠や自分の身体を削って働いた、何日分になりますかね?」


 フォルベインが面の奥で、カカカと笑う。

 後ろで、私兵達も笑っている。


「ほら、ほら、欲しいでしょう? お金が! ほうら!」


 袋を振るい、見せつける様に左右へと揺らす。

 その後、逆さに盛って振り乱し、辺りに銀貨と金貨を舞わせる。

 頭を地に伏せたままだった男の背、頭部へと、容赦なく貨幣が降り注ぐ。


「拾え、さぁ、拾いなさい! カカカカカ! 貴方達乞食は、どれだけ格好つけたところで、これが欲しくてたまらないんだろう? カカカ、カカカカカ! あぁ、いつも、これを見るのが愉快なのです!」


 アルティーの父親はしばらく固まっていたが、やがて、地に落ちる貨幣を掻き集め始めた。

 その様子を見て、魔術師と私兵の男達が笑う。


「では、そちらの娘をいただいていきますよ。また貴方が味を占めて、元気なお子さんを、ラガール子爵様へと献上していただけることを祈っております」


 フォルベインが慇懃に言い、かくんと腰を曲げて頭を下げる。

 そのフォルベインへと、腕いっぱいに貨幣を集めたアルティーの父親が、腕を差し出した。


「娘のために使えないのならば、お金などあっても意味がありません……どうか、どうか……見逃してください。それだけが、私の願いです。私にはとても……貴方方に預けて、アルティーが幸せになれるとは思えないのです……」


「はぁ? 頭悪いのかお前」


 フォルベインは口調を崩して下げた頭部の首を追曲げ、アルティーの父親の顔をのぞき込み、至近距離から白面越しに睨みつける。


「こっちはこれ以上、余計な噂を広げられない様に最大限譲歩してやってんのに、調子づきやがって! 足手まといのガキが金貨になるんだ? 最高だろうが。もういいです、男を殺して娘を連れて行きましょう」


 フォルベインの宣告と共に、背後の三人の私兵が動き出す。


「最初からそうすればいいんですよ。金が勿体ないですよ、こんな奴に」

「そうですそうです。なんなら、ルルック様に黙って、金と換えたことにして、着服してしまいましょう」


 アルティーの父親がその場で狼狽える。

 アルティーは父親の手を握りながら、懇願する様にランベールを見る。


「事情を知りたかったため、しばし静観させてもらった。が、それはひとまず、ここまでで充分だな」


 ランベールが大剣を抜いた。


「いくら言葉で取り繕おうが、貴様らはただの薄汚い奴隷商だ。斬らせてもらう」


 私兵の一人がランベールの言葉を鼻で笑い、剣先を彼へと向けた。


「運がなかったな、時代錯誤のゲキダサ鎧男。最近上が、余計な情報が漏れるのを恐れててな。ついでに死んでくれや」


 次の瞬間、私兵の男の鎧に縦の一閃が入る。

 身体はそのまま血を噴き出しながら後方へと飛んでいった。

 壁に背を打ち付けた衝撃で、斬撃の隙間から臓物が垂れる。


「訂正せよ。レギオス王国の守護剣士が証、伝統のある魔将の鎧、レギオニクス・オルガジェラ・アーマーだ。断じて時代錯誤のゲキダサ鎧ではない」


 訂正したくとも、もうできるはずがない。

 私兵の目は虚ろに宙へと向けられており、口からも血が溢れていく。

 彼が即死したことは明らかであった。


 残った二人の私兵が目を見張る。

 大鎧の男が、大剣を振るって斬り飛ばしたことはわかる。

 だが、その剣技がまるで見えなかったのだ。

 武器は、ひと目見て尋常ではない重量を誇るとわかる、大剣であるにも拘らず、である。


「三人同時に来い、相手をしてやる」


 ランベールがフォルベインへと言い放つ。

 フォルベインは白面をしているため顔はわからないが、肩が震えていた。

 ランベールの剣技を目にし、動揺していることは明らかであった。

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